うみとわんこと青空先生

金沢美郷

わんわん公園に癒されに

 「え~、海未また帰っちゃうの~?」


 チャイムが鳴るなり颯爽と教室を出ようとした私をクラスメイトの舞が呼び止める。


 「今日こーたろー達とカラオケ行くよ~?」

 「ごめん、私今回はパス」


 「今回ってかいっつもじゃん~」と口説きつつもヒラヒラと見送ってくれる。いつもながら彼女のその絶妙なドライさは心地いい。

 舞は「今日ってかいっつも」と言うが、こちらからすればよくもまぁ週に何度もカラオケなんて行けるなという話で。娯楽のペース的にも金銭的にも。


 友達は大体皆バイトをしている。校則でバイトは禁止されているが知ったこっちゃないとコンビニだったりファストフードだったりで堂々勤しんでは遊んだりお洒落したりするお金を稼いでいる。

 にしても、あそこまで遊んでいると高校生のバイト収入程度で持つのかなぁ。見栄張った男子が奢ってくれるにも限度がある。親から小遣い?うちは年頃の乙女に持たせるには心許ない(主観)小遣いシステムなので羨ましい。はたまた、流行りの家の外にパパ?想像したくない。されたくもないだろうし、邪推はやめだ。

 

 かく言う私も週二で本屋にバイトに出てはいる。他所の懐事情はともかく、私はお洒落と遊びが本意でバイトをしている訳ではないので、最低限身だしなみには気を遣うが遊びで散財なんてしていられない。さして歌うのも好きではないし、大声を出して発散する習性もない。結局カラオケではその大半を素人が歌う興味のない曲を聴かされるだけだと思うと時間的にも浪費でしかない。単純に嫌だ。


 かと言ってお金を使わない娯楽には限界がある。

 学生の身分で余暇をどうしても娯楽に消費しなければいけないなんてことはないが、幸いにも両親の地頭の良さを受け継いだので、十分に余暇を満喫しても学業に困ったことは一度たりともない。

 であれば若い身空で、その唯一の取柄である若さを如何なく発揮して青春を謳歌せず何とするか。普通なら若さというか幼さ故に許されるその手のアグレッシブさに身を任せて無邪気に遊び回るところだろうが、気を使ったり興味のないものに付き添ったりするのは癪な性分のでどうしても腰が重い。


 そんな私は一人ふらふらと彷徨う内に図書館に辿り着いた。若くて頭が柔らかいうちに色んな情報に触れて色んな興味を触発して関心を広げていこうという安直な発想からだった。


 早々に飽きた。


 収穫はそれなりにあったが、浅く広く知識収集に勤しめば足りる範囲でしかハマるものはなかった。小説なんかも学校で授業中にさらっと読んでは次~と、生活の絶妙な無駄に押し込めたので、余暇で本の虫になることもなかった。


 で、最近はと言うと図書館にやってきて、さらっと本を探して借りては隣接する公園のベンチで読んだり読まなかったり、ぼんやりと時間を潰してほどほどに帰る。

 ついさっき「無駄は嫌い」と言ったばかりで何だが、私自身が「有意義」と定義した無駄は除く。

 「有意義な無駄」というのは……


 「あら~~マロンちゃん~~~今日も元気ねぇ~~~~~!」


 ベンチから見つめる先には、自分の連れのわんことわちゃわちゃはしゃぐ他所の連れチワワを愛でるおばさん。

 そう、図書館に隣接するこの公園、何と近所のわんこ連れたちの穴場お散歩スポットらしいのだ。

 ちょうど放課後ぷらっと図書館に寄るくらいの時間帯からがピークのようで、次から次へとわんこ連れが行き交いわんこ達が戯れ、もう視界がリアルアニマルビデオ状態なのだ。



 たっまらん~~~~~~~~~~~~~!!!!!



 許されるものなら「モフモフさせてください」とその楽園に足を踏み入れたいところだが、あまり訝しがられるようなことをしてこの聖地……もとい貴重なお散歩スポットからわんこ連れの皆様方を遠ざけてしまうのだけは避けたい。楽園を守るためにこうして遠間のベンチから眺めるに徹する。主役はわんこ。私は背景。市民A。

 たまに近くを歩いていた好奇心旺盛なわんこがこちらの視線に気付いて寄ってきてくれることがある。何となしな風にちょっとだけ撫でてあげると「良かったね~お姉さんに可愛がってもらえて、ありがとね~」と当たり障りないやり取りで怪しまれることなく愛でることができる。こちらこそ触らせてくれてありがとうございます。お姉さん、FREE NADEだからいつでも来てね。


 このようにお金は一切かからず、貧乏臭く水筒で持参したルイボスティーを嗜みながら、外の空気に触れ木々のせせらぎを聴き夕日を浴びつつわんこを観賞する「至高ののんびり」こそが今私の中で最上級激アツの娯楽なのだ。


 カラオケ?カラオケ好きには悪いが、この至高の前にどう太刀打ちできるというのか。


 と、のんびり寛ぎながらわんこを眺めていると、初めて見る二匹連れの男性が目に入った。

 犬種はブラックタンのミニチュアダックスと白のラブラドールレトリバー。アンバランス~~だけどどっちも可愛い!


 そんな可愛いわんちゃんたちが目の前を通る。目が合う。あっ!近寄って来る!


 「おいでおいで~」


 もはや条件反射のように口をついて出てしまった言葉に、二匹は心なしか目を輝かせると……



 「どわはっ」



 二匹とも豪快に飛びかかって来た。

 膝下にダックスちゃんと膝上にラブちゃんの豪華二段盛り突進。さすがに大型犬だけあってラブちゃんは重みが違い、思わずその場に尻餅をついた。


 「わっ……コラ、うみ!お姉さんの服が汚れるだろ!」


 「えっ?」


 不意に名前を呼ばれた気がしてお兄さんを見上げたが、向こうはこちらには見向きもせずに乗り上げたラブちゃんのリードを必死に引いていた。相当重いのか、お兄さんが非力なのか、とにかく全然引けていない。


 「……あの、もしかしてそのラブちゃん、うみちゃんって言うんですか?」


 「えっ!?あ、そうです。それより服っ……土が……すみません」


 お兄さんはわんちゃんの挙動にテンパったのかしきりに頭を下げている。


 「奇遇ですね。私も名前、海未うみって言うんです。一瞬自分が呼ばれたかと思っちゃいました」


 「えっ、アッ……すみません……」


 「あ、てか、服は全然大丈夫です。気にしないでください」


 物凄い勢いでこちらに寄ろうとするラブちゃん……もというみちゃんと、それを制止しようと必死でテンパるお兄さん、足元では尻尾をブンブン振り回しながら臭いを嗅ぎまわるダックスちゃん。

 うーん、カオス!しかしハッピーでヘルシー!!でもわんちゃんはこれくらいのびのびわちゃわちゃしていた方が可愛らしい!どんどん嗅ぎたまえ。突進したまえ。お姉さんが胸を貸そう。クッション性には優れているぞ。


 お兄さんは服に付いた土を気にしていたようだが、アニマルセラピー乞食をした分際で叩けば落ちるような汚れ程度に難癖付ける気は微塵も無く、気にしないよう強めに言いくるめ、ペコペコ頭を下げながらテカテカご機嫌顔の二匹を連れて行くお兄さんを我ながらだらしなく緩んだ顔で見送った。


 こうして秋の肌寒さが顔を覗かせる公園の一角で、私は青空先生と出会った。


 

 

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