第7話 ほんわか

 痛い。全身が痛い。回復魔導機を使う魔力は残ってないし、早く帰らないと。

 特に左腕はまだ全然動かせない。

 けど……


「静か……」


 魔力が少なくなってる影響か、魔力がすごく静かになっている。戦ったあとはいつも少し楽になるけど、今はそれより静かになってる。


 やっぱりこれぐらい静かな方がいい。まだ魔力は動いてるけど、昔ぐらいの音しか鳴ってない。昔の、症状が悪化する前ぐらいしか。


 けれど、魔力はないしどうやって帰ろう。

 身体強化は多分もう使えない。捻り出せば一瞬だけなら使えるかもしれないけど。


「あんまりやりたくなったけど……」


 通信魔導機を起動して、会社の自動魔導車を借りる。それに座標を伝えて、迎えに来てもらうことにした。

 ほんとは高いからあんまり使いたくないけど、そんなことも言ってられない。


 もう動くのもしんどくなってきた。

 1番近くの支部から到着まで15分……


「はぁ……」


 動かなくていいと思うと、どうにも力が抜ける。

 思わず座り込んでしまう。ここら辺は別に安全圏ってわけじゃないから、警戒態勢は崩さない方がいいのかもだけど。


 疲れた……今日は、なんだか疲れた。

 いつもと同じですぐ倒せるかと思ってたのに、2体もいるのは聞いてない。一体って情報には書いてたのに。

 あとで上に報告しておこ。多分報酬が増えるはず。


 こういうことあるからもっと弱い相手を狙った方がいいのかな……でもそうなると、仕事の回数が増える。命の危険とかから考えたら、回数が増えてでも、もっと簡単な依頼をとった方がいいのかもだけど……


「それは……」


 メドリといれる時間が減ってしまう。

 今の私の楽しみはメドリと一緒にいれる時間だけなのに。

 今も早く帰りたい。メドリと一緒にいたい。


 一緒にいた方が楽しいし、安心する。

 だから1人でいると……怖い。


 いきなり魔力がうるさくなって、耐えきれなくなって、鎮静剤を求めるようになって、自分が自分じゃなくなっていくのが怖い。

 でもメドリがいてくれたら、なんだか大丈夫な気がする。


 無理な時もあるけれど、メドリに頭を撫でてもらって、抱きしめてもらえるだけで、魔力がうるさくても落ち着く。


 でも寝るときは鎮静剤がないと寝れない。きっといつかは、それもやめて、鎮静剤がなくても生活できるようにならないといけない……けど……


「あっ」


 遠くに魔導車が見える。

 思ったより早かった。


 魔導車は指定された座標で止まり、ドアが開く。


「よいしょ……えっと……」


 これどうやって操作するのかな……

 魔導車に乗ったことはないわけじゃないけれど、頻繁に乗るわけじゃない。


 これでいいのかな……?

 座標……これかな。


「発進します。お気をつけください」

「あ、うん」


 音声魔導機がそう告げると、魔導車が一気に加速する。

 魔導車には緊急用魔力があって、それを使って回復魔導機を起動する。


 左腕に少しづつ感覚が戻っていく。

 全身の痛みも少しづつ治っていく。


 少し左手を閉じたり開けたりしてみる。

 大丈夫そう……かな?


 けれどいつのまにか魔力のうるささが戻ってきてる。

 苦しい。けれど、まだ我慢できる。


 でも、早くメドリのとこに……鎮静剤を打ってもらわないと。今日の昼、駅で酷くなった時も鎮静剤は打たなかった。


 その反動が来てるのかも。

 早く着いて欲しい。


 そうしているうちに、身体の全身の魔力が動き出す。

 うるさい。気持ち悪い。苦しい。しんどい。


「到着です」

「っはぁ……!は、やく……」


 魔導車を飛び出して、泊まっている部屋に向かう。

 扉の呼び出しを鳴らす。


「おかえり……大丈夫!?」

「メドリ……!」


 くるしい。しんどい。うるさい。

 動けない。

 視界が前を向いてない。

 地面が近い。


 どうなってるかわからない。

 メドリ……どこ……?


「イニア……!これ魔力欠乏症……?」

「メドリ……鎮静剤……」

「うん……大丈夫だから……!イニア……大丈夫……!」


 身体が勝手に布団まで動く。

 メドリが私を運んでくれてる。


「打つよ……」

「はやく……!メドリ……!」


 鎮静剤が打ち込まれる。

 全身に鎮静剤が通っていく。


 けど視界はお花だらけにならない。

 そこは荒野だった。花なんて咲いてない。

 花がない。どこにいったの……?


 よくみると花弁が舞っている。

 黒い花弁が舞っている。


 それを見ると、無性に全身がむかむかする。

 黒い花弁をなんとかしたくて、黒い花弁を消したくて、腕を動かして、散らそうとする。


 けれど黒い花弁は全然消えてくれない。

 それが嫌で、必死に散らそうと腕を大きく振る。

 けど、何も変わらない。


 その時紫の花が咲く。

 紫の花が当たり一面を埋め尽くす。


 紫の花はとても暖かくて、心地良くて、頭でも撫でられてるみたい。一気に不快感が消えていく。気持ちいい。


 もう黒い花弁はどこにもなかった。

 紫の花だけが視界を占めていた。

 安心だけが心を占めていた。




「おはよ……」

「おはよ!」


 なんだか久しぶりに目覚めの良い朝がきた。

 魔力は相変わらずうるさいけれど、それで起きたんじゃない気がする。自然と起きれた……のかも。


「イニア……もう大丈夫?」

「え……? うん……怪我は治ってるし……」


 一応怪我したところを見ても、魔導車で回復魔法を使ったおかげか、すっかり元どおり。


「そうじゃなくて……もしかして覚えてないの?」

「何を?」

「昨日の夜のことなんだけど……」」


 何かあったっけ。えっとたしか……魔導車で帰ってきて……

 なんだっけ。鎮静剤を打ってもらったような気もするけれど。


「私……なんかしちゃった?」


 少し不安になってメドリに問いかける。

 するとメドリの顔が少しいじわるな表情になる。


「大変だったよー。鎮静剤打ったら、暴れ出すし」

「ご、ごめん……」

「でも大丈夫だったよ。頭を撫でたらすぐ寝ちゃったし」

「そっか……よかった」


 メドリはそんなことになっても、私に笑いかけてくれる。

 嬉しい。メドリがいればきっと大丈夫な気がする。


「けど、イニア……今日はゆっくりしといた方がいいよ。昨日は魔力欠乏症も起きてたよ?」

「そうなんだ……じゃあ甘えさせてもらおうかな……」

「うん。帰るのは夜でもいいし」

「わかった」


 ゆっくり……ゆっくりしておくと言っても、何をすればいいのかな。何もしたいこともないし、魔力はいつもより安定しているけど、すぐ眠れるほど静かでもない。


 あ、報酬はどうなったかな。

 通信魔導機を起動する。


「え……?」


 報酬が2.5倍になってる。

 これで当分は仕事しなくてもいいかも。


 魔導車の分で結構取られるけど、それでもたくさん残ってる。使う先もないけど……


「メドリ……」

「ん?どうしたの?」

「……その、今日はどうするの?」

「んー……イニアがここにいるなら、私もここにいようかなって思ってるけど」


 どこかに行くわけじゃない。

 なら……


 少し勇気を出す。


「……じゃあ、もっと近くに来て欲しい」


 恥ずかしい。

 メドリの顔も赤くなってる。

 多分私も。すごく熱い。


「……うん。いいよ」

「ありがとう……えへへ」


 メドリが寝転ぶ私の側に座ってくれる。

 メドリの膝に私の頭を乗せてくれる。頭を撫でてくれる。

 心地いい。


「イニアってこんなに甘えんぼだっけ?」


 メドリが少し笑いながら言う。


「メドリがこうしたんだよ……?」

「そっか……なら甘やかしてあげないとね」


 メドリの体温をすごく感じる。

 暖かい。


 こうしてると、いろんなことを忘れられる。

 今は、今だけは魔力の動きを気にしてない。


 ただ心地良くて、安心できる。

 頭を撫でられ続けて、気持ちいい。

 

 ずっとこうして欲しい。

 ずっと……いつまでも。

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