第3話 だれかと

「あぁ……」


 やってしまった。

 魔力の音のうるささで、目が覚めると同時にそう思った。


 昨日は結局鎮静剤を使ってしまった。

 でも、やっぱり、私あれがないと……けれど……


 朝なのに暗い部屋の中で携帯食料を食べる。

 明るいところも苦手になってしまった。なんだか明るさがうるさくて。相変わらず魔力もうるさい。


 頭が割れそう。これに慣れる……? 本当にそんなことができるのかな……


「はぁ……」


 通信魔導機を眺める。

 画面には、生物駆除者への依頼が並んでいる。正確には私が勤めている場所への依頼だけれど。


 私が入った生物駆除業者は、ここら辺で1番大きいところだから依頼もたくさんくる。私達、駆除者はどれを選んでもいい。けれど、それで死んでしまっても私の責任で会社には何の責任もない。そんな仕組み。


 危険だからチームとかを組んで戦うものらしいけれど、私はずっと1人でやっている。食費と家賃……あとは鎮静剤のためのお金が稼げればいいと思ってるから、そこまで頑張る気もない。

 幸い身体強化の才能はあったから、それなりに強いものも倒せる。だから2週間に1回ぐらい依頼をこなせばいい。チームを組めばもっと高頻度でやらないといけないと思う。


 本当は今日仕事をする予定だったけれど、昨日のうちにこなしてしまったから暇……暇だけれど何かをする気も起きない。

 魔力が蠢いていらいらする。これをなんとかしたい。これがなんとかならないと、何もしたくない。


 ……戦ってる時は気にならない。魔力は身体強化魔法で消費されていくし、一歩間違えば死んでしまうような緊張感がそうさせているのかな……

 

 また依頼をこなそうかな。でも……昨日戦ったばかりだし……どうしよう。

 魔力は半分よりちょっと多いぐらいまで回復してるっぽい……けどこれだと少し怖い。私の魔力量は多いけれど、それと同じぐらい身体強化の消費魔力も多い。


 ……身体強化魔法は燃費が良い魔法なはずなのに。

 大抵の人は自分の体内で完結する魔法ぐらいならほとんどロスなしで発動できるんだとか。私にはそれも難しい。

 私の動いてばかりの魔法を押さえつけて、魔法に変換するだけでロスが結構生まれる。それに私の身体強化魔法は、強力な分魔力も多く消費する。


 それでも魔力量が足りるぐらいたくさんあるのはよかった……でもお医者さんが言うには、魔力が大きいのも魔力多動症の原因かもしれないんだとか。


 ……どっちの方がよかったかな。

 そんなの考えるまでもない。普通が良かった。魔力なんて勝手に動かないで欲しかった。


 ……けど、私に憧れる人もいるのかもしれない。傍目から見たら、ただ魔力が多いだけの人だもの。魔力がうるさいなんて、当人にしかわからない。身体に直接悪影響があるわけでもないし。


「やめよ……」


 考えるのをやめて外に出る。

 まだ昼で明るい。人通りは少ない。


 ここら辺は魔車の駅からも遠いし、周りの住民もこの時間は家でご飯を食べていたり、学び舎に行ってたりとかだと思う。


 太陽は眩しいし、魔力はうるさいけれど、ここら辺は静か。それに私の身体強化なら魔車に乗るより走ったほうが早い。魔力が足りなくなるような遠くまで行くことはあんまりないし。


 買い物のために外を歩いていく。

 携帯食料……水……あとは魔力鎮静剤。

 それと、何かあるかな……




 結局休日も家で何もせずごろごろしているだけで終わる。

 それで休憩できているならいいのかもしれないけれど、魔力がうるさすぎてリラックスなんてできない。昨日の魔力発散用魔導機の点検も満足にできない。


 やっぱり鎮静剤を使わないと……でも、どうしよう。

 頭を抱えてうずくまっている。どうしたいいかわからなくて。


 早くこんな日々が過ぎ去ってほしい。慣れることができるなら早く慣れてほしい。こんな苦しみから早く逃れたい。

 魔力鎮静剤を使うかどうかでこんなに悩みたくない。

 どうしよう……どうしたらいいのかな。


 魔力鎮静剤は使い過ぎれば死んでしまう。

 それに依存性も幻覚作用もいろいろデメリットがある。


 それはわかってる。わかってるけど……

 どうせ私が死んだってどうせ誰も気にしない。母親はもう何処かに行ってしまったし、父親もどこで何してるかわからない。いるのかすらわからない。

 それに友達だって……

 

「イニア? いる? 入るよ……?」

「メドリ……」


 そうだった。メドリがいた。

 メドリはずっと友達でいてくれた……


 鍵を開けてメドリが入ってくる音がする。

 床がギシギシという音を鳴らしている。


「イニア……大丈夫……じゃないよね」

「うん……」


 メドリが来ても私は動こうとは思えなかった。

 魔力がうるさくて押さえつけることだけに心血を注げている。けれど私の魔力操作じゃ一時的に押さえつけることしかできない。ずっとうるさいまま。


「その、これ……一緒に食べないかなと思って」

「ありがとう……じゃあ少し……」

「うん。今から準備する」


 メドリはよくこうやって私の家に来てくれる。

 昔からずっとそうだった。


 子供頃から私は家で1人だったから、よく一緒に遊んだ。特に何かをしたような記憶はないけれど、一緒にいろんなことをした。

 私は15歳で生物駆除者になってからも、家に来てご飯を一緒に食べたりしてくれた。そう……それがあったから私はこれまで生きてこれた。


 1人じゃなかったから。1人じゃ生きていけなかったと思う。

 メドリがいてくれたから。


 でも……今度は……


「はい……できたよ」

「うん……」


 一緒に暖かい麺を食べる。

 味は薄い。けれどこれぐらいがいい。

 ……多分わかってて買ってきてくれたんだと思う。


「あのさ……やっぱり魔力鎮静剤は使わないほうがいいのかな」


 食べながら話を切り出す。

 そういうと、メドリは少し考えるような感じになる。


「そうだね……うん。そうだけど、少し考えたんだ……使わないともっとひどいことになるかもしれないって」

「えっと……使わない方がいいんじゃないの?」

「そうなんだけどね……でも……今のイニアの顔見てるとさ」


 そこでメドリは話を切って、少し俯く。

 食事の音が止まる。


「なんか私が思ってるよりずっとしんどいのかなって。もし魔力鎮静剤で楽になるなら……」

「……うん」


 メドリの目が少し光る。

 

「でも……でもさ。私、イニアに死んで欲しくないよ……」

「……うん。どうしよう……私どうしよう」


 気づけば私の視界もぼやけていた。

 魔力の音とメドリのすすり泣く音だけがはっきり聞こえる。

 こんな時でも魔力はうるさい。


「メドリ……私……やっぱり魔力鎮静剤がないとダメみたい……だから……」

「イニア……うん……」

「でも……」


 メドリの方を向く。

 紫の長い髪が目元を隠しているけれど、目があったのがわかる。


「魔力鎮静剤を使いすぎそうだったら、メドリが止めてよ。私も……死にたくないしさ」

「うん……!」


 魔力鎮静剤は使い過ぎれば死んでしまう。

 使いすぎなければ大丈夫……だけれど依存性が激しくて。今も魔力鎮静剤を使いたくて仕方がない。


 けれどメドリがいてくれるなら……きっと使いすぎないようにできる……そんな気がする。

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