第34話 契約

 この世界に来てから、裏切られたり蔑まれたりしてきたせいで、いつの間にか俺自身で壁を作っていたのかもしれない。

 自分から求めていたはずなのに、自分から突き放していたのかもしれない。


 それをアレックスの言葉が気づかせてくれた。

 アレックスがはっきりと「を信じなかったのはお前の方だ」と言ったのだ。

 俺はもう、受け入れられていたのだ。


「悪かった」

 俺は立ち上がって頭を下げた。

 生まれて初めて、心から謝罪の言葉が出た。


「あら、テツヤ君にしては殊勝な感じね」

 セシリアが悪戯っぽく笑う。


「そ、そうか?」

 いったい俺はどんな風に見えていたんだか。


「テツヤさんは捻くれさんですからー」

 エメラインはいつもと変わらない笑顔で言う。


 なんだか見透かされた気分だ。

 学園の生徒では、俺だけが大人だと、あとはみんな子供だと思い込んでいたが、俺は自分で思っているより大人じゃないし、みんなは俺が思っているより子供じゃなかった。


「言わなくて、悪かった」

 俺はもう一度謝罪の言葉を述べた。


 ブラッドリーはこちらを見もせず、黙っている。


 アレックスは

「大丈夫、何も言わないのは、許したってことだ」

 と俺の肩を軽く叩いた。


「アレックス。お前は俺を許すのか?」


「もちろんだ。こちらも隠していることはあるからな。お互い様だ」


「そ、そうだ!」

 そうだった。

 そういえば俺がこんなに仲間外れな感覚なのは、彼らが何かを隠して、四人だけでコソコソやってるからだった。

 なんで俺だけ加害者みたいになってるんだ。こうなったら聞いてやるしかない。


「お前らだって何か隠しているよな? なんでこんな目に合うんだ? なんで学園のせいだと思うんだ?」


 アレックス達は顔を見合わせて、少し沈黙が流れる。

 まさかここまで来ても黙ってるってことはないよな。


「アレックス、言ってやれ」

 ブラッドリーが顎で俺を指した。


「そうだな。今回は本当に死ぬような目に合ったんだ。テツヤにも知る権利がある」

 アレックスがまっすぐ俺を見る。


 俺は唾を飲み込み、次の言葉を待った。


「テツヤ、お前も知っての通り、俺たちは同世代の中では極めて優秀だ」


 おい、自分で言うのかよ。


「それは今になって始まったことではなく、初等学校時代からだった」


 ああ、聞いている。

 東のアレックス、西のブラッドリー、南のセシリア、だろ。


「ガキだった俺たちは、身分など気にせず、貴族であろうが平民であろうが、逆らう奴は叩き伏せてきた。子供同士だったとは言え、平民である俺たちが、貴族を何度も負かしてきたのだ」


 チェスターなんかは、当時の事を根に持っていたんだろうな。


「だが、この国では、そんなことは許されなかった。支配される側であるべき愚鈍な平民が、支配する側の優秀な貴族に勝つことは許されなかった」


 愚鈍な平民? 優秀な貴族?

 そういえば魔王クラスは貴族しか入れないと言っていたな。


「そんな俺たちの強さはどこかの貴族に疎ましく思われたようで、ここに入学する一年ほど前、冒険者学園が俺たちにある『契約』を提案してきた。それは、勇者クラスに入学して、強くならないという契約だ」


「強くならない?」


「ああ。勇者クラスは強くなれるような訓練はしないし、レベルアップの可能性のある模擬戦やダンジョン実戦は参加するなとのことだった。その代わり、家族に資金を援助してもらえる内容だった。貧しい俺たちは、それを承諾した」


 なるほど、それであんなやる気のない態度だったのか。

 学園としては、平民のくせに優秀なアレックス達を飼い殺しにしようとしていたってことだな。


 そうなると逆に気になることがある。

「じゃあ、なんで強制参加の合同模擬戦とかをやったんだ?」


「さあな。最初は晒し者にでもしたいのかと思ったが、事故に見せかけて怪我でもさせて、俺たちを辞めさせたかったのかもな」


 平等であるべき学園が、生徒をそこまで差別するなんて、貴族と平民の軋轢は根深いものがあるのかもしれない。

 こんな若者が階級社会の犠牲になるのは、平和の日本から来た俺には信じがたかったし、許せないと感じていた。


「それにしたって、今日のはやり過ぎなんじゃないか?」


「今日のは、チェスターと戦った罰だろう。学園内では貴族と争うことは契約で禁止されてたんだが、外でも駄目だったってことだ」


 くそ、なんだか無性に腹が立ってきた。

 それって結局、貴族どもがアレックス達に嫉妬しただけじゃないのか?


「だけど、それでも俺は納得いかねえな! 今日はもうすぐ死ぬところだったんだぜ? 腕を無くして辞めていったクラスメイトだっているんだぜ? こんなことが許されるかよ! もうこんなことがないように、学園長に直接文句言いにいこうぜ!」


 俺は急に仲間意識が芽生えたせいか、感情が溢れだしていた。


「おい、テツヤァ!」

 ブラッドリーは俺の名前を怒鳴ると、近づいてきた。

「悪くねえ。テツヤのくせに悪くねえ。いいね、学園長に乗り込もうぜ!!」


「ちょ、ちょっとブラッドリー、何言ってるの!?」

 セシリアが慌てた様子で言った。


「テツヤの言う通り、ここは学園長を直接脅すしかねえ! このままずっと狙われ続けたらラチが明かねえしな!」


「だからって……」


「いや、ブラッドリーの言う通りだ。脅すってのは別として、ここまでのことをされたんだ。放置ってわけにはいかないだろう」

 アレックスはエメラインをチラッと見た。


 俺は瀕死だったエメラインの姿を思い出した。

 皆も同じなのだろう。アレックスの言葉に皆が決断をした。


「よっし、じゃあ決まりだな! 脅すのはオレ様に任せな!」


「ブラッドリー、脅すのではなく、あくまで交渉だ。ここは俺に任せるんだ」


「チッ、わあったよ!」

 ブラッドリーはつまらなそうな返事をすると、ミノタウロスを倒した辺りに歩いて行き、何かを拾った。


「そんなことより見ろよ、これ! ボスを5人だけで倒しちまったからな、取り分がすげえことになるぜ!!」

 ブラッドリーはミノタウロスが落とした魔鉱石を拾ったようだ。


「赤い魔鉱石?」

 俺は、いつもの黒っぽい魔鉱石と色が違うことに気づいた。


「ああ、ボスモンスターだけあって、赤だぜ、赤! 普通は3パーティで挑むから1パーティ1個だが、なんせオレ様たちだけで倒しちまったからなぁ!」

 ブラッドリーは指の間に3個の魔鉱石を挟んで見せた。


「赤って高く売れるのか?」


「バーカ! 高価なんてもんじゃねえぜ! これ1個で金貨なら10枚、銀貨なら1000枚の価値があるはずだ!!」


「マジか……」

 いつもの黒っぽい魔鉱石は、だいたい銀貨2~3枚で売れていたので桁が違う。

 ゲームでもボス戦の戦利品は良い物が手に入ったりするが、ここでも同じのようだ。


「ま、金に換えるかは相談だけどな。この魔鉱石なら、魔法協会に持って行きゃあ金じゃ買えねえアイテムに交換できるだろうし。ほらよ」

 ブラッドリーは魔鉱石を俺に手渡してきた。


 回収した魔鉱石を持ち歩くのはいつも俺の役割だったが、これほど高価な物だと少し気が引けながら受け取った。


「よし、地上に戻るぞ。学園服に着替えてから、学園長室に向かおう」

 アレックスが皆に言った。


 ミノタウロス戦は、俺たちにとって長い長い戦いだったが、実際にはそれほどの時間が経ってはいない。

 これでは短時間で戻ってしまうことになるが、俺たちはそんなことはもう気にせず、学園長と話を付けることを優先し、地上へ戻った。

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