第31話 転移の罠の先

 俺たちはサッカー場ほどの大きさがある、広間のようなところに転移させられていた。

 直前までいた地下五階に比べるとだいぶ明るいが、窓もなくダンジョンの中にいるのは間違いなさそうだ。


「クソが、いったいどうなってやがる。ここの地下五階に罠があるなんて聞いたことねえぞ!」

 ブラッドリーが声を上げた。


「そうね。きっと貸し切りなのを知ってて、誰かがわざと……」


 セシリアの言葉に、俺はホブゴブリン戦のことを思い出した。

 あの時も、誰かが何かしらの罠を仕掛けて、俺たち勇者クラスを嵌めたのだと思っている。

 そうなると今回も――――。


 バタン!


 突然、扉が閉まるような音が鳴った。

 すぐに音のした方を見ると、大きな扉が見えた。今のはそれが閉まった音だろう。


「まずいな……」

 いつも無表情なアレックスから、焦りの表情が見えた。


「この部屋は危険ですー」

 エメラインからも笑顔が消えている。


 四人は今までにない緊張感を見せている。アレックス達は俺たちがどこに転移させられたのか、気づいているようだ。


「お、おい。ここはどこなんだ?」

 俺だけが分かっていないことに苛立った。


「来るわ。テツヤ君、種族とレベルの確認をお願い」

 セシリアは、こちらを見もせずに言った。


 なんだ、この空気は。

 いつも余裕のあるアレックス達から、今はまったくそれを感じられない。


 俺は四人の視線の先を追うと、部屋の中央にモンスターが現れるのを確認した。

 そこにいるのは、ゲームやアニメで見たことがある出で立ち。

 牛のような顔を持ち、大きな斧を持った巨体の怪物。


「あれはミノタウロス。レベルは……17だ」


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 名前 ミノタウロスA

 レベル 17

 種族 ミノタウロス

 HP 787/787

 MP 168/168

 攻撃力 99

 防御力 57

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「やっぱりね。私たちは……地下八階のボス部屋に転移させられたみたい」


「ボス部屋だって!?」


 俺はセシリアの発した単語に驚いた。

 ボス部屋。つまり目の前に現れたミノタウロスはボスモンスターということだ。


 一度だけ授業で出た言葉だが、たしかボスモンスターは通常、3つのパーティを組んで挑むって話だった。

 1つのパーティで勝てるような相手ではないうえに、倒さないと部屋から出ることができない。


「ちょ、ちょっと待て。どうすりゃいいんだ? まさかあんな怪物と戦うのか? 助けを呼ぶことはできないのか?」


 俺は恐怖で身体が震えていた。

 この世界に来てから、冒険者学園の生徒の俺は異世界らしくモンスターと戦ってきた。

 ジャイアントスパイダーなんかは、元の世界には絶対存在しないような大きさで恐ろしかったが、それでも熊やライオンの方が強そうだった。


 だが、今回現れたミノタウロスは格が違った。

 もし熊やライオンと戦っても相手にならないだろう。動物や獣の域ではなく、あれはまさにモンスターだ。

 これだけ離れていてもその脅威を感じ、俺は足がすくんでいた。

 勝てるような相手ではないのだ。


「テツヤ君、準備して! ボス部屋は出られないって言ったでしょ。倒すか全滅するかの二択だって」


「おい! なんだよ、そ……」


 俺はセシリアに言い返そうとしたが、彼女の小さな身体が震えているのに気づいた。よく見れば、他の三人も顔がひきつっている。


 そうなんだ。彼女たちだって、勝てるような相手ではないことは分かっている。

 戦わないで済むならそうしたい。助けを呼べるなら呼びたいのだ。

 でもそれは叶わず、セシリアの言う通り俺たちの選択肢は、相手を倒すか全滅するかしかないのだ。


「くそ、やるしかないのか!」

 俺は実戦で初めて使う鉄の棍棒を握りしめた。


「テツヤ、巻き込んで悪かったな」

 アレックスが近づいて言ってきた。


 やはり、これは勇者クラスを狙った学園の仕業だと思っているのだろう。

 なぜ学園側はここまでするのか理由を聞いてみたいが、今はそれどころではない。


「巻き込まれたなんて思っちゃいねえよ。俺だって勇者クラスの一人だ」

 俺は精いっぱい強がりを言った。


「そうか……分かった。よし、生き残るぞ!!」

 アレックスが大声を上げ、剣を抜いた。


 寡黙なアレックスが大きな声を出したのは、初めて聞いた気がする。

 とても心地よく、安心感のある声だった。


「いいか、ボンクラ。てめえはなるべく背後に回って攻撃しやがれ。武器が変わったからって、強くなった気になるんじゃねえぞ」

 二本の短剣を構えたブラッドリーが言った。


「ああ、分かった。ありがとう」

 今までと違って、彼らでも太刀打ちできないような相手だが、それでも自分たちで引き受ける、俺にはそう聞こえた。


「けっ」

 ブラッドリーが少し照れたような気がした。


 正直、あんなモンスターと戦うのは怖い。もしかしたら死ぬんじゃないかと感じている。

 それでも俺は、なんとか戦う気になっていた。


 アレックス達は俺よりレベルが高いが、まだ十代の子供だ。

 かっこよく言えば、前途ある若者の未来を、こんなところで終わらせるわけにはいかない。

 こんな俺でも、なぜかそう思っていた。


「準備はいいか?」

 アレックスが皆を見回した。


「オレ様はいつでもいいぜ」

「いつでもいけるわ」

「エメラインは大丈夫ですー」

 三人が答えた。


「ああ……俺も行ける!」


 俺が答えると、アレックスは大きく息を吸って、

「行くぞぉぉぉっ!!」


 その合図で、ケンタウロスとの戦闘が始まった。


「エアシュート!」

 まずは遠距離からセシリアが魔法を撃ちこむ。


 俺はアレックスとブラッドリーの近接戦が始める前に、『ブロック』と『グランドパワー』を唱えた。

 消費MPを考えると、三回ずつまでしか使えない。


「これが『グランドパワー』か。やるじゃねえか!」

 攻撃力アップを実感したのか。ブラッドリーが俺の背中を叩く。


「長期戦は不利だ! 早めに決めるぞ!」

 アレックスが叫び、間を詰める。


 ガキン!!


 ミノタウロスの大斧をアレックスが剣で受けた。


「ぐっ……」

 アレックスが力負けし、後ろを下がった。


「おらあぁぁっ!」

 すぐにブラッドリーが攻撃を仕掛ける。


 ミノタウロスの防御力が高いせいで、ダメージがあまり出ていない。

 攻撃力アップの補助魔法を使ってこれだ。もし俺が違う魔法を習得していたらと思うと、寒気がする。


 俺も後ろに回り、ミノタウロスへ攻撃を試みた。


「こんのぉぉぉっ!」


 与えたダメージは一桁。

 とてもじゃないが、こんな打撃系の攻撃で倒せるような気がしない。

 それでも、これを繰り返してダメージを蓄積させていくしか手がないのだ。


「みんな! 離れて!!」


 セシリアの声と同時に、ミノタウロスが大斧を大きく横に薙ぎ払った。

 その攻撃範囲は広く、後ろに回っていた俺まで届いた。


「ぐぁっ」


 俺はセシリアの声のおかげで直撃は防げたが、受けたダメージは40。

 俺のHPは110なので、3発で死ぬ計算だ。


「テツヤぁ! てめえは攻撃をしたらすぐ距離を取れぇ!」

 ブラッドリーが叫んだ。


 ああ、それが良さそうだ。

 まともに喰らったら、どれだけのダメージになるか……。


 俺はブラッドリーに素直に従った。


「アイスアロー!」

 セシリアが水属性の魔法を唱えた。


 彼女が実戦で風属性以外を使うのは珍しい。

 魔法にはインターバルというのがあって、一度使った魔法は一定時間経過しないと使うことができない。

 セシリアが風属性以外を使うときは、魔法援護が必要な時に『エアシュート』がまだインターバル中だった場合だ。

 それだけ休みなく攻撃が必要な相手と判断したのだ。


「テツヤ君の補助魔法が切れたら終わりよ! みんな、頑張って!」


「セシリアの言う通りだ! 制限時間はテツヤの魔法が効いてる間だ!」

 アレックスはそう叫ぶと、ダメージを受けるのも気にせず攻撃を続ける。


 セシリアやアレックスの言っている通り、この戦いは『ブロック』と『グランドパワー』が切れるまでが勝負だ。

 ミノタウロスとのレベル差を考えると、補助魔法なしではあまり持たないだろう。


 俺は、自分のMPの少なさに嘆いていた。

 俺が補助魔法を使えるのは、あと二回ずつ。あまりにも心もとなかった。

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