第13話 それぞれの休日

「あれは?」


 昼頃になり、一度寮に戻ろうとしたとき、見覚えのある姿が目に入った。

 学園の制服じゃなかったため一瞬分からなかったが、あれはアレックスだ。


 ちなみに俺も今日は私服だ。

 休日は勇者クラスの象徴である黒い学園服を着なくて済むので、歩き回るにしても気持ちが楽だ。


「あいつ、何やってるんだ?」


 どうやらアレックスは誰かと一緒にいるようだった。

 服装だけじゃなく、何かいつもと雰囲気が違う。俺は気になって近づいてみることにした。


「ホントにアレックスか?」


 距離が近くなると、アレックスが優しく笑っているのが分かった。普段の愛想がないアレックスにはありえない表情に、違和感を抱いていたのだ。

 隣を歩いているのは老婆のようだが、彼の祖母だろうか。


「お兄さん、若いのに偉いねえ」


 思い切って、声が聞こえるぐらいまで近づいてみた。


「いえ、困っているお年寄りを助けるのは当然です」


「そうかい。ありがとねえ」


 二人の話を聞いていると、アレックスが道に迷っていた老婆の荷物を持ち、道案内をしているようだ。


 一般人には優しい不良とか、たしかにそういうのもあるが……。


 珍しいものを見せてもらった。

 このままついて行っても仕方ないので、俺は学園では見せることがないアレックスの表情を見ながら、学園への道へ戻っていった。



「ハハハハハ」

 戻る途中、聞いたことのある笑い声が聞こえた。


「何やってるんだ、あいつら?」

 声の主を探してみると、セシリアとエメラインが小さな子供たちと遊んでいるのが見えた。


 何かの施設の庭のような場所だ。

 保育士かなにかのバイトでもやっているのだろうか。

 それにしても楽しそうに子供たちと戯れている。子供たちもセシリア達と遊べて喜んでいるようだ。


「あなた、二人のお知り合い?」


 突然、誰かから声を掛けられた。

 驚いて振り向くと、教会にいるシスターのような恰好をした女性が立っていた。


「あ、いえ……、はい。クラスメイトです……」

 上手い言い逃れが思いつかず、思わず本当のことを言った。


「そう、あの二人と同じ冒険者学園の生徒ってことですね」

 女性から警戒心がなくなったように見えた。


「ええ、まあ……」


「フフ。二人とも、本当に子供が好きなようね」


「あ、あの、セシリア達は何をやってるんですか?」

 あまり立ち入るのも何だが、少し気になり聞いてみた。


「ここは孤児院なの。セシリアさんたちは、休日になるとやってきて、子供たちの世話を手伝ってくれたり、掃除や買い物までしてくれるの。ほんと、優しい二人だわ」


「それって、バイトですか?」


「バイト? そうね、私たちもちゃんとお礼をしたいとは思っているけど、孤児院の経営は厳しくてね。彼女たちは無償で手伝ってくれているわ」


 マジか。つまりボランティアってことか。


「結構前から来てるんですか?」


「んー、まだ一か月半かな。だから学園に入学してからすぐってことかしら」


「そうですか……」


 なんだよ。東のアレックスとか南のセシリアって言われいてたわりに、意外と良い奴じゃん。

 レベルが高く強いうえに、実は優しいとか、思ったより優等生だな。


 俺は少し疎外感を感じていた。


「あ、二人には内緒にしてくださいって言われてるんだった。ごめん、私が言ったって言わないでね!」

 女性はそう言うと、孤児院へ戻っていった。


 言わねえよ。そんな会話、セシリア達とするとは思えないし。


 なんだか二人の裏垢の書き込みでも見つけた気分だ。

 俺は二人の笑い声を聞きながら、もう一度学園を目指した。



「てめえら、調子こいてると殺すぞ!」

 学園に向かっていると、路地裏から怒鳴り声が聞こえた。


「今の…………ブラッドリーだよな……」


 まさか、さっきの三人みたいにブラッドリーも実は良い奴なんてことないよな?

 いや、それはないな。どう考えても喧嘩でもしているんだろう。ブラッドリーらしい。


「おめえこそ、ガキが一人で俺たちに勝てるとでも思ってるのか! 殺すぞ、コラァ!!」


「はっ、笑わせるな! チンピラ風情がオレ様に勝てるわけねんだろうがぁ!!」


 喧嘩が始まった。

 昼間っから本当に殴り合いを始めるなんて、やはりあいつは信じられん。

 一人で何人も相手にしているようだけど、手助けする気にはなれないな。


 俺は意地悪く様子を窺ってみた。

 なんならボコボコにされたブラッドリーの姿でも見られたら、なんて期待をしながら。


「くそぉ、おめえ、覚えてろよ!」


 路地裏から男たちが三人現れた。

 腫れた顔を見ればわかる、ブラッドリーに負けたのだ。


「チッ、逃げやがったか。だらしねえ奴らだ」


 ブラッドリーも現れると、俺は慌てて物陰に隠れた。

 さっきの奴らは三人ともレベル12。ブラッドリーも同じなのにこいつは無傷のようだ。

 強さってのはレベルだけじゃ測れないのかもしれないな。さすが西のブラッドリーってところか。


 俺は少し感心しながら、ブラッドリーが見えなくなるのを待った。


「ねえ、お兄ちゃんは?」


 同じ路地裏から、小さな男の子が現れた。


「お兄ちゃん?」


「うん、顔の怖いお兄ちゃん」


 よく見ると、この子、顔に痣がある。

 まさかブラッドリーに殴られたのか?


「黒髪で偉そうなお兄ちゃんのこと?」


「うん、そう!」


「もう行っちゃったよ。まさかそのお兄ちゃんに何かされた?」


「三人のおじさんに絡まれてたら、お兄ちゃんが助けてくれたの!」


 え!? ブラッドリーが人助け??


「黒髪のお兄ちゃんに苛められてたんじゃなくて?」


「違うよ! 助けてくれたんだよ!」

 男の子は、そう言って去っていった。


 どうなってんだ、まさかブラッドリーも人助けしてるなんて。


「いや、さすがに助けたのは偶然だろ……。喧嘩売った相手が、たまたま子供に絡んでただけとかで……」


 せっかく休日の異世界散策だったのだが、なんだか気分がスッキリしない感じになってしまった。

 俺はまったく気分転換にならないまま、寮に戻ることになった。




 次の日、授業に現れた四人は、いつも通りだった。


 アレックスは愛想もなく黙っているし、セシリアとエメラインはつまらなそうにしている。

 ブラッドリーは、ある意味、昨日見かけたときもいつも通りなのだが、今日も偉そうにしている。


 彼らがどんな奴らなのか、俺には関係ないと言えば関係ないのだが、昨日の彼らを見てから、俺はさらにメンバーとの距離を感じるようになっていた。


「皆さん、おはようございます。まず初めに、今日は皆さんにお知らせがあります」

 担任が教室に入って来るなり、いきなりそう声をあげた。


「今週の模擬戦ですが、全員強制参加にすると学園長より指示がありました」


「ああ? ふざけんな! なんで強制されなきゃいけねえんだよ!」

 ブラッドリーがすぐに反応した。


「これは学園長の指示です! たとえブラッドリー君と言えども、口答えは許しません!」


「チッ……」


 学園長の指示だけあってか、担任がいつもより強気だ。

 それに、ブラッドリーも珍しく引き下がっているように見える。


「ただし!」

 担任はさらに声を張り上げ、話を続けた。


「今週の模擬戦は、全クラス合同とします!!」

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