第11話 疑惑

「あれ? 降りる階段あるけど」

 俺は階段を通り過ぎるパーティメンバーに声を掛けた。


「あ? 今回の目的はそっちじゃねえんだよ!」

 ブラッドリーが一瞬こちらに視線を向けたが、すぐに構わず進んでいった。


 目的はそっちじゃないって、地下二階の最深部に行くのが目的だよな?

 他に近道の階段があるってことだろうか。

 俺は不思議に思いながらも、ブラッドリー達について行った。


「うっし、この辺ってとこか」

 広めの部屋に抜けると、ブラッドリーが言った。


 どうやら行き止まりのようで、これ以上進むことは出来ない。他に何もないし、モンスターも見当たらないので、戻るしかなさそうだ。

 俺はそう思ったのだが、四人は何故かそのまま部屋に入って行った。


「ここなら誰も来ないし、逃げられそうにないわね」

 セシリアはそう言って杖を構えた。


 なんだ? セシリアが構えたのは初めて見たけど、何かいるのか?


「おいアレックス。てめえがリーダーだ、頼んだぜ!」

 ブラッドリーが短剣を抜いた。


「ああ、分かってる」

 アレックスも剣を抜く。


 やはり何か強い敵がいるのか。四人とも少し緊張して戦闘態勢に入っている。

 俺もしっかり棍棒を構え、辺りを見渡した。


「??」


 どうみても俺たち五人以外は何も見当たらない。

 しかも、四人はまるで俺に対して構えているように取り囲んでいる。


「テツヤ。お前は何が目的でここにいる?」

 アレックスが、いつもの無表情で俺に言った。


「え? なんだ急に? 目的?」


 何を言っているんだ?


「もう一度聞く。何が目的でこの学園に入り込んだ」

 アレックスは剣を向けてきた。


「ちょ、ちょっと待て。何を言ってるか全然わかんねえよ。冒険者学園なんだから、冒険者になるのが目的なんじゃないのか?」


「そういうことを聞いているんじゃない! お前、初めて俺に会ったとき、俺のレベルが13だと気付いたよな?」


「さっきも見えていないのにスライムって分かってましたー」

 エメラインが声を挟む。


「そ、それがどうかしたのか?」


「テツヤ、お前はエクストラスキル『慧眼けいがん』を持っているってことだな?」


 こいつら何が言いたいんだ?

 エクストラスキルの『慧眼』。

 たしかに持っているが……。


 --------------------------------------------

 慧眼

  スキル種別 エクストラ

  使用条件 とくになし

  効果

   モンスターや他人のステータスを見ることができる。

 --------------------------------------------


「『慧眼』を持っていると……、なんなんだ?」


「お前はのことをよく知らないだろうが、『慧眼』は後から習得することが不可能なエクストラスキルだ」


「そ、それは最初から持ってるってことだよな? 最初からエクストラスキルを持ってたら変なのか?」


「いや、ごく稀に生まれつきエクストラスキルを持ってる奴もいる。問題は『慧眼』だってことだ。いいか、テツヤ。この世界で『慧眼』のエクストラスキルを持っている奴は――――、『異世界人』だけだ!」


「い……異世界人?」


 まさか、俺が死んで異世界から来た転生者だとバレたってことか?


「キミ、この世界の人間にしては常識を知らな過ぎるんだよ。普通にこの世界で生きてきたなら、知ってて当然のはずのことをさ。それに、スキルレベルが突然上がったよね? しかも地属性は、どうみても一度に2以上は上がってた。それって『異世界人』しか考えられないんだよね」


 セシリアは厳しい表情のまま俺を見る。


 なんだよ、またそんな目で俺を見るのかよ!

 どいつもこいつも、ちょっとこの世界に慣れてないだけで、のけ者にしやがって!

 また俺は、入れてもらえなかったのか……。


「クソ……、なんだよそれ……」


「テツヤー。てめえの正体はバレてんだ。黙ってねえで白状しやがれ! てめえは18年前の生き残りなんだろ?」


「!?」


 18年前の生き残り?

 俺はこの世界に来て、まだ一か月半だ。

 たしかに俺は死んで転生してきたから、中身は異世界の人間と言えるが、こいつらの言っている『異世界人』とは、また違うんじゃないのか?


「ちょ、ちょっと待ってくれ。15歳の俺が18年前の生き残りのわけないだろ!」


「あ? 年齢を誤魔化してんじゃねえのかよ?」

 ブラッドリーが凄んでくる。


「誤魔化すって、俺を何歳だと思ってんだ」


「こ、子供の『異世界人』もいるって噂だ。…………『異世界人』って歳をとらねえんだっけ?」


「そんなことないわ。私たち普通の人間と変わらないはずよ」

 ブラッドリーが周りを見ると、セシリアが答えた。


「ほ、ほら! 18年前が10歳だとしたら、俺は28歳ってことだろ? いくらなんでも見えないよな?」


 0歳だったら18歳だ。それなら見えなくもないだろう。

 正直、『異世界人』が何のことか分からないが、勘違いなのは間違いない。こうなったら違うと押し通すしかない。


「た、たしかにそうだけどよ……。そういえば『慧眼』以外も何かなかったっけ?」


「『レーダー』と『アイテムボックス』だ」

 アレックスが反応した。


「だそうだ。てめえはそれもあるんだろ?」


「『レーダー』と『アイテムボックス』? それもエクストラスキルなのか? ならやっぱり俺は『異世界人』なんかじゃねえ! そんなエクストラスキルは持ってねえし!」


「嘘つくんじゃねえよ!」


「嘘じゃない! ホントだ! 俺の持っているエクストラスキルは、『慧眼』だけだ!」


「エクストラスキルは『慧眼』だけだと? おい、エメライン、どうだ?」


「嘘じゃないでーす」

 ブラッドリーの質問にエメラインが答えた。


「キミ、本当に『慧眼』だけしか持ってないの? 嘘を見抜くエクストラスキル持ちのエメラインが言うから、嘘じゃないのかもしれないけど……」


 セシリアの表情から警戒心が薄れたように見える。

 ここはこのまま押すしかない。


「『レーダー』と『アイテムボックス』なんて今初めて聞いたよ! 『異世界人』ってのも初めて聞いたし! 俺が常識ないのは確かだけど、だいたい『異世界人』だからって18年も前からいるなら、もう少し知ってるんじゃないのか?」


 俺の必死の訴えに、四人が顔を見合わせ迷っているようだ。


「言われてみれば確かにそうね……。今のところ嘘は一度もついてないようだし」

 セシリアがそう言うと、エメラインは頷いてみせた。


「おいおい、『異世界人』じゃなかったら、こいつは何なんだよ? 『慧眼』持ちなんて聞いたことねえぜ」

 ブラッドリーは短剣で俺を指す。


「もしかしたら、たまたま『慧眼』を持って生まれた、超田舎者ってだけかもしれないわね」


「はっ、そんな訳分かんねえことあるのか? アレックス、てめえはどう思う?」


「さあな、俺には難しいことは分からんが、エメラインが白と言った時点で、白なんじゃないのか?」

 アレックスは剣を鞘に納めた。


「テツヤさんは正直者ですよー」

 エメラインがニコニコしながら言う。


「もう、結論は出たようね」

 セシリアも構えを解いた。


「チッ、つまんねえな、おい」

 不服そうにブラッドリーは短剣をしまった。


 何とか誤解が溶けたようだ。危うくその『異世界人』というものにされるところだった。

 ある意味俺も『異世界人』と言えなくもないから、かなり焦りはしたが。


「な、なあ。その『異世界人』ってのは、そんなに悪い奴らなのか? 俺が『異世界人』だったらどうするつもりだったんだ?」


「うーん、私たちも『異世界人』に詳しいわけじゃないのよね。18年前に異世界から来た100人の訪問者ってぐらいしか。評判はたしかに悪いけど、生まれる前のことだから、何をしたかはよく知らないわ。ただ、大人はみんな嫌ってるわよ」


 なんだよそれ。

 武器まで向けて、あんな扱いしてきたくせに、そんな薄っぺらい理由かよ。


「ブラッドリー、お前はなんでそんなに恨みがあるんだ?」

 俺は一番敵意を向けてきたブラッドリーに聞いてみた。


「あ? 恨みなんてねえよ。『異世界人』なんてほとんど知らねえし。『異世界人』退治とか面白そうだったから乗っただけよ!」


 こいつだけは……。


「な、なあ、もう誤解も溶けたってことでいいんだよな?」


「ああ、テツヤ、すまなかったな」

 アレックスが握手を求め手を出してきた。


「あ、ああ、別にいいさ」

 俺はアレックスの手を握り返した。

 不愛想だが、こいつは意外にまともなのかもしれない。


「てめえら、帰るぞ。もう用はねえ」

 ブラッドリーが背伸びをしながら来た方向に戻っていった。


「そうね、戻りましょう」

 セシリアも同意した。


「お、おい、地下二階には行かないのか?」


「行くか、バカ。かったりいこと言ってんじゃねえ」


 四人は皆、俺に対してもダンジョンに対しても、まったく興味ないように帰り道を辿りだした。

 相変わらずこいつらは何がしたいか分からない。


 『異世界人』の誤解が溶けたものの、俺はこれからの学園生活に不安しか覚えることがなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る