青春は異世界でもう一度 ~冒険者学園だって学園生活には変わりない~

埜上 純

第1話 青春よ もう一度

 横断歩道で信号待ちをしていると、向かいに学生服を着た男女四人組が見える。

 楽しそうに笑っている。


 もう19時近くになるので、彼らは部活帰りなのだろうか。それともどこかで遊んできたのだろうか。

 彼らの事なんてどうでもいいのだが、彼らの事が妬ましかった。


 俺は高校生活を失敗していた。

 当時、クラスで浮いた存在というわけではなかったが、仲の良い友達を作れずに溶け込めてもいなかった。

 彼女でもいれば違ったのかもしれないが、友達も作れない俺が、彼女を作ることはできなかった。


 大人になってからは、それなりに交友関係を広げ、一緒に遊ぶ知り合いもできたし、彼女がいた時期もあった。

 だけど、やっぱり学生の頃と大人になってからでは、ちょっと違う気がする。


 俺には親友と呼べる相手もいないし、初恋がどれだったかも分からない。

 たぶんそれは、青春時代に手に入れるものであって、大人になってからはもう手に入らないものなんじゃないかと思う。


 だから俺は、俺に出来なかったことをやっている、俺には手に入らなかったものを持っている、あんな学生どもが嫌いだった。


「ったく、こんな時間にガキが歩いてんじゃねえよ!」

 俺は横断歩道の反対にいる四人に向かって悪態をついた。


 すると、隣で誰かが横断歩道を渡ろうとした気がした。

 俺以外、周りには誰もいないはずだったが、いつのまにか信号待ちをしていた人がいたようだ。


 俺は誰かに独り言を聞かれたかもと思うと、急に恥ずかしくなった。

 後で考えると、そのとき本当に誰かが隣にいたのか分からないが、俺は色々なことに意識を持っていかれ、無意識に横断歩道を渡りだした。



 キイイィィィィィーーーーー!!



 大きなブレーキ音と共に、強い衝撃と痛みが全身を襲った。



「おい、サラリーマンがトラックに飛び込みやがったぞ!」

「マジかよ、こんなとこで自殺しやがって」

「やだ、すごい血……」


 周りの声が微かに聞こえる。

 どうやら俺は、トラックにはねられたらしい。


 トラックの運転手らしき男が、慌てて電話しているのが見える。

 さきほどの学生たちが、スマホで撮影しながら、汚いものでも見るかのように俺を見下ろしている。


 なんだよ貴様ら、見るんじゃねえよ!

 俺は見せもんじゃねえ!


 痛みを感じなくなり、だんだんと寒気が増してきた。

 俺はこのまま死ぬのだろう。そう直感した。


 やべえ、死にたくねえ……

 父さん、母さん、たすけてよ……


 俺は死が近づくにつれて、怒りと悔しさが強くなっていった。


 なんだよ、俺ばっかりこんな目にあって……

 何にも良いことない人生じゃん……


 もっと楽しく生きたかった……

 もっと青春したかった……


 くそ……くそ……

 くそ……


 くそ……



 …………



 ……



 ……











「くっそおぉぉぉーー!」

 俺は急に腹の底から大声を上げた。


「クスクス、なにあれ」

 若い女の声が聞こえる。

 さっきの学生か?


 辺りを見回すと、いつの間にか昼間になっており、俺は知らない場所に立っていた。


 あれ? どこだ、ここ?


 大声を出したせいか、皆が俺に視線を送りながら歩いていくが、どいつこいつも日本人ではないように見える。


 なんでこんなところにいるんだ?


 たしか会社帰りに、横断歩道で学生を見かけたぐらいまでは覚えている。

 それで……、そうだ、トラックにはねられて……、あれ? 死ななかったのか?


 俺はまだ血が付いているのかと両手を見ると、血は見当たらず、見慣れない服装をしているのに気が付いた。

 スーツを着ていたはずなんだが、普段着ている私服とも違う。周りの奴らと同じ青っぽい学生服のような恰好をしているようだ。


 夢でも見ているのか? それともあの世?


 俺は改めて周囲を観察してみた。

 どこかの町中にいるようだが、日本の町というよりヨーロッパに近いだろうか。いや、もっとテーマパークのような雰囲気だ。

 中世ヨーロッパを再現したような街並みで、俺の知っている町とは違うのは確かだった。


「冒険者学園入学式?」


 目の前の大きな敷地の入口に、そう書かれた立て看板があり、俺は思わず読み上げた。

 俺と同じ服装をした若者たちが、みんなその敷地内に入って行くのが見える。


「冒険者学園……。異世界ファンタジーで出てきそうな名前だけど、あれも学校なんか?」


「きみきみ、そんなところに突っ立ってないで、さっさと受付しなさい!」

 白人の男が俺に声を掛けてきた。

 かなり流暢な日本語で、まったく訛りを感じさせない。


「あ、いや、俺は……」

 俺は慌ててその場を去ろうとすると、


「何してるんだ、その制服は新入生だろ。まずは受付でクラス確認を済ませないと!」

 と俺の腕を掴んで、受付と思われる場所を指差した。


 何言ってるんだこいつは。

 俺が新入生のわけないだろう。


 俺はもう一度白人を見ると、半透明の画面のようなものが突然映し出された。

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 名前 アンディ

 年齢 31歳

 レベル 8

 種族 人間

 職業 町民

 HP  72/72

 MP  34/34

 攻撃力 4

 防御力 28

 武器 -

 防具 布の服


 基礎パラメータ

  筋力 :95

  生命力:95

  知力 :84

  精神力:84

  敏捷性:82

  器用さ:93

 --------------------------------------------


 ??? なんだこれ?


 俺は訳が分からなくなってきた。


「ほら、いいから行きなさい!」

 俺が呆然としていると、白人の男はさらに促してくる。


 俺はうまく思考が働かず、流されるまま受付に行ってみた。


「ようこそ、王都セントグレスリー校へ! 今日から君も当学園の生徒だ、よろしくな!」

 口ひげを生やし、アラブ系のような容姿の男が、今度も流暢な日本語で話しかけてきた。


 王都セントグレスリー?

 また聞き慣れない単語が出てきた。

 受付の男も、さっきの白人と同じように意識をすると、スタータス画面のようなものが映った。


「じゃあ、ここに手を置いてみて」

 受付の男は、台の上にある模様を指した。


 話がどんどん進んでいく。

 夢にいるような変な状況だが、夢ではなく現実感がはっきりしている。

 俺はこの状況が何なのか、一つの可能性を思い浮かべていた。


「こう?」

 俺は言われるがまま手を置くと、模様が光り出した。


「Cクラスか。君はちょうど真ん中ぐらいみたいだね。ま、これで正式に学園生になれたはずだ。ちょっとステータスを見てごらん」


「何だって? なにを……」

 俺は意味が分からなかったのだが、目の前にまたステータス画面が映し出された。

 --------------------------------------------

 名前 テツヤ

 年齢 15歳

 レベル 10

 種族 人間

 職業 冒険者見習い

 HP  96/96

 MP  66/66

 攻撃力 5

 防御力 30

 武器 -

 防具 学園服


 基礎パラメータ

  筋力 :102(+2)

  生命力:102(+2)

  知力 :102(+2)

  精神力:102(+2)

  敏捷性:102(+2)

  器用さ:102(+2)

 --------------------------------------------


 テツヤって、俺の名前だけど……。

 まさかこれは俺のステータス?


「どうだい? 職業が変化して、職業補正で基礎パラメータが全て2ずつ上がっただろ?」


「やっぱりそうか!」


「ん? 何だって?」


 最初は夢か何かかと思ったが、夢とは違う現実の感覚がある。

 ガラスに映った自分の姿は、二十年ぐらい前の、若かったころの俺の姿。ステータスにある通りきっと15歳。

 手を見ると、何年か前に付けた傷がなくなり、腕のホクロやシミが減っている。


「間違いない!」


 可能性はずっと感じていた。

 日本ではない、地球でもない、まったく違うどこかにいるようだった。

 ここは、俺の住んでいた場所とは違う世界。


「異世界転生キタァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

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