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 美桜の様子がおかしいのに、凌はなんとなく気付いていた。

 そしてその原因が、自分にあることも。

 表と裏で二重の生活を始めるようになり、色々と融通の利かないことが出てきたことに、凌自身、苛立ちを感じることがあった。

 表に居るときはこれまでと変わらぬ生活を続けられているが、裏ではまるでゼンの言いなりだ。ゼンというのは、裏で身体を共有している竜。表で力を使い果たしてしまうからだろうが、最近はゼンがほぼ前面に出ていて、凌の意識はなりを潜めていることが多くなった。

 今日も美桜はやって来て、レグル神として鎮座する自分の前でため息を吐いていた。

 抱きしめてやれば良いのに、ゼンはそうさせなかった。まるでレグル神としての威厳を守るかのように、ただ手を差し伸べるだけ。

 そんなのは、自分の意思じゃない。自分の優しさじゃない。

 思っていながらも、その先に進むことができない。

 わかっている。

 自分の立場も、ゼンと美桜の関係も。

 

「……で、どうしたら良いかわからなくなって、ボクに相談するわけか」


 哲弥が面白くなさそうにため息を吐いた。


「スマン! 芝山。俺、他に友達とか居なくて」


 自宅に招き入れ、狭い部屋で土下座する凌に、哲弥はもう一度ため息を吐いた。


「裏でジークやノエルに相談すれば良いじゃないか。モニカやローラだって力になってくれるだろうし」


「いや! そういうわけにはいかない」


 ガバッと凌はかぶりを上げ、


「裏で俺が神様扱いされてるの、知ってるだろ。そんな状況でどうやって悩み相談すれば良いんだよ。それに、俺だけの意思で動かせる身体じゃない。表に居る間なら、自由気ままに動けるんだ。となると、もう頼れるのはお前しかいない。頼む! 親友を助けると思って!」


「……情けない顔だな」


 哲弥の口から、思わず本音が出た。

 裏の世界で何度か会ったレグル神は、全てを悟ったようなオーラを全身から放っていた。全ての罪を許し、全てを受け止める度量があり、慈悲深く、全てを包み込む力を持っていた。元があの凌なのかと思うほど神々しく、近寄りがたかった。死線を共にくぐり抜けた仲間として、レグル神は温かく自分を受け入れてくれるが、とてもじゃないが恐れ多くて頭を下げずには居られない。

 ところが、表へ戻ると彼はいつもの凌だ。疑い深く、自分の殻に閉じこもる根暗な男子高校生。自信の欠片もない彼は、美桜という彼女が居ながらも、その関係をまともに続けることすらできない体たらくなのだ。


「好きなら好きで、もう少しくっついてあげるとか、抱きしめてやるとか。悪いけど、裏じゃボクだって何もしてやれない。あんまりにも君は立場が上過ぎる。彼女との関係を深めるなら、やっぱりこっちの世界じゃないとダメだろうね。あんまり気は進まないけど、須川さんにも協力して貰おうか。美桜の気持ちを聞き出して、真っ当な恋人同士に戻れれば良いんだろ」


 哲弥がそう言うと、凌は耳まで赤くした。

 互いに好き同士なのに、一度は思いを伝え合ったはずなのに。

 全てを丸く収めるために、凌が一番辛い選択をしたことを、哲弥は知っていた。だからこそ、どうにかしてやりたいという気持ちはある。

 しかし。

 考えも及ばなかった。最高の選択肢が最悪な状態を生む可能性を秘めていることなど。


「それから。君も、ゼンに言えばいい。『美桜にあまり他人行儀な接し方をするな』って。君たちは、揃いも揃って不器用すぎる」


 哲弥が眼鏡を直しながらそう言うと、凌は長いため息を吐き、


「わかってるよ……」と力なく答えた。


「無謀な選択肢だったのはよくわかってる。けれど、あのときはアレしか解決方法が見つからなかったし、それを後悔してるわけじゃない。ただ、美桜があんなに悲しそうな顔をしているのを見ていると、胸が苦しくなるんだ。とにかく、俺だけの力じゃもう……。頼むぜ、芝山。本当に、本当にだ」

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