陸橋~上京ガールとローカルガール~ +花より団子なラップバトルを添えて

ふるなる

「陸橋」

 私は一体どうすればいいのだろうか?


 都会になれない町の中で一人ポツンと呟いた。

 白い吐息が宙を舞う。

 見慣れた陸橋の柵にもたれかかり空を見上げた。空には見慣れたような白い雲が広がっていた。


 大学を卒業することになった。

 就職先はここ地元である。

 けど、本当は上京したいと思う気持ちもある。

 何をしたいのか私にも分からない。心の中に溜まっていく表現できない異物が私の心を苛ませる。最近ため息ばかりだ。


「「はぁ、またため息が出た」」


 声が重なった。しかし、別の誰かの声ではない。紛れもなく私の声だ。全く同じ二つがエコーのように重なっていた。

 ふと隣を見ると紛れもなく「私」がいた。


「「えっ、どういうこと!?」」


 嘘か誠か私は分裂していた。

 目の前にいるのは紛れもなく「私」であり、自分自身のこの体も紛れもなく「私」である。どういう訳か「私」は二つに分裂していた。

 誰にも相談できない意味不明な出来事。

 二人─もしかしたら一人と数えるかもしれない─の秘密。私達は家に引きこもり現状を確認した。


 瓜二つの私らは同じような意識を持つが必ず同じ行動を取るとは限らない。どちらかが模倣コピーなのかは全く分からない。

 何故二つに分裂したのかも分からない。

 ただ、この分裂が都合が良いことは明白だった。


「私、上京してみたい。あなたは?」

「うーん、私は……ここでいいかな」


 もう一人の私はここに居残り今まで通りの路線を進む。そして、この私は念願の一人暮らしのため上京という線路を切り開く。

 鏡の前で思わず頬が弛みにやけてしまっていた。


「ついに上京かー。ほんと夢にも思わなかった」


 私は家の中でも自分をさらけ出せていない。親にバレるからだ。家の中では比較的自由だけど嘘を隠し続けている。けど一人ならそんな嘘を隠す必要はない。

 魅惑的な悪魔が家に住まう。本当に楽だ。楽だけど自分を制限しながら生きていかなければならない。

 ようやく本物の自由に出会える。

 胸が膨らんで破裂するかと思うほど楽しみで仕方ない。



──

───

────



「まだ見つかってないんだ」

「うん、全然就職先がなくてさ……。ほんと東京で正社員になるのって難しいね」


 東京にいる友達の家で居候させて貰っている。アルバイトで何とか食いつないでいるものの、早く正社員にならなければと思う。


 何とかして私は正社員となった。

 そして私だけのアパートを借りた。


「おいおいおい。仕事がおせぇよ!」

「女なんだからさぁ、もっとさぁ」

「残業……するよな、当然」


 会社ではストレスが重くのしかかってくる。

 クタクタと体で家にたどり着き、そこで倒れ込む。

 どんなに会社が辛くても辞めることはできない。もうこれ以上友達の家にお邪魔する訳にはいかない。

 夜中に目を覚まし、ふとLINEを開いた。


『ねぇ、明後日の日曜日、遊びにいかない?』


 東京でできた友達。

 新たな体験や故郷に篭っては味わうことのない楽しい時間。その時間が唯一の楽しみだった。


「ねぇ、怖いよ……」


 雨ではないのに空には重い雲がのしりかかっている。東京の夜空はどこか濁っている。

 遊び倒し夜となる。友達とともに合コンに参加した。ただ、相対する男共が怖くて二人喫煙所へと逃げ出した。

 初めて吸う煙草の味はとても苦かった。

 肩にゴワゴワした手がのる。


「おう。八時になっちまったから追い出されちまったよ。ったく、コロナなんてなる訳ねぇのにな」


 私は取り繕り笑顔を浮かべる。


「そうだホテル行こうぜ」

「流石にこんな大勢でホテルは無理だろ」

「じゃあ、ジャンケンでさ、二人ペアになってホテルに泊まろうぜ」


 何やかんやで今日あったばかりの男とホテルへと泊まることになった。そこに私の意志はなく、私も自分の意志を示そうとする勇気もなかった。そこから先は夜の営み。しかし、そこで私は自分勝手な男を目の当たりした。


 あまりいい思い出ではなかった。

 その日から友達と会うのも億劫になってしまった。

 唯一の楽しみを失った。

 故郷に戻ることはできない。そこにはもう一人の「私」がいて、二人の「私」を見られると事件となってしまうだろう。


 会社で働いて、家に帰って寝る。起きて会社へと行く。けれども、一向に叱られてばっかり。休みの日はスマホを一日中触ってダラダラと過ごす。


 もう何もかもが無気力だ。


「これじゃ駄目だ。腐っちゃうわ」


 久しぶりにその友達に連絡した。

 そうやって楽しい時間を増やした。

 前は合コンを紹介していたが今度はホストクラブを紹介された。

 そこで会った顔が好みの男性。その人は私のことを受け入れて優しく受け入れてくれた。こんな無能─特に会社など─な私を受け入れてくれている。

 それが恋とは気づかない。

 それが叶わぬ恋とは気づかない。


 私は彼と会うことが唯一の楽しみに成り代わっていた。友達よりもその人と会う方が断然楽しい。

 私の稼ぎを見てやりくりしながらそこへと通う。けど、日に日に回数が増えていき、お金がキツキツとなった。

 それからは堕ちてく一方だった。

 漫画で見たことがある。ホストに恋をしてソープ嬢とか売春とかしていき最後は何もかも失うものを。けど、今この時はそんな漫画は忘れた存在であって、その物語の轍を踏んでいるなんて夢にも思っていなかった。

 私は会社を辞めてもっと儲かる道に舵をきった。

 それからはもう堕ちるべく所まで堕ちてしまった。ホストは金で接客する業務で恋愛なんてもの存在しないことを、何もかも失ってから気づく愚かな私がいた。


「私にはもう何も残ってないや」



──

───

────



 それは誕生日の日。

 故郷の空は東京と変わらない濁った空が広がっていた。

 懐かしい陸橋の上、下では車が走っている。

 私は今から──


 その時、一人の「私」がやってきた。


「何してるの? もしかして「私」も同じように死ぬ気?」

「あなたも死ぬ気なの?」

「まさかね。本当にお互いこの誕生日の日に死のうとするなんてね」

「私はさ、上京して……何もかも失ったから」


 慣れた空気としか思ってなかったけど、この町はどんよりと濁った空気だ。小さくため息が漏れそうになる。


「そうなんだ。「私」はさ、ずっと家にいる訳。結婚しろしろ、とうるさかった親がさ、娘の育て方について間違えたっておかしくなっちゃって」


 もう一人の彼女は笑っているけど、どこか真逆のオーラを放っていた。


「家に居場所がなくなってさ。会社も辛くなって耐えきれなくなって辞めちゃってさ。もうどこにも居場所がなくなっちゃって……」


 陸橋の上はどこか静かだ。


「私はさ、空っぽだから何もないんだ。そこの「私」みたいに上京できるような力はない。空っぽな私にはもう死ぬしか選択肢がなくって」


 故郷ここに居残るか上京するか。

 結局、私の運命さだめは決まっていたみたいだ。


「どうせ、一緒に死ぬなら……」


 二人の「私」は手を繋ぐ。

 柵の先へと。

 そこで私達の時は止まった。

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