第9話 白いマスクの仏人 


宮古市長との面会を終えた寺田は、熊本医院長夫人を自宅まで送り、家に帰っていた。

部屋に入ると、ちゃぶ台の上にメモが置いてある。主人公が書いたものであろう。


( 寺田先生へ 

  ボクの話を聞きたいという人と会うことができそうなので、家を留守にしてます。

  白森神社というところにお世話になってます。

  神社の方たちは、みんないい人ばかりで、居心地は悪くないです。

  ボクが自分のことも、宮古に関する記憶も忘れてしまっていることを心配してくれて、

  市内を案内してくれたり、一緒に遊んでくれたり楽しいです。

  寺田先生に出会えたことも幸運なんだけど、白森神社の人たちも

  ボクの素性、わからなくても信じてくれるいい人たちだなと思います。

  

  白森神社 0193-〇✕―6447 )


見た目15歳だが、中身は成人男性。寺田がいなくても、それなりにやっていけることは不思議ではない。

トラブルに巻き込まれないか心配ではあるが、信用できる人たちのお世話になっているなら大丈夫なはずである。


2011年1月末 岩手県一関市 カリフォルニア大学岩手校 校内


数日前に、埋蔵文化財センターの米山氏から主人公の持っていたスズの分析が終わったとの知らせをうけた。

放射性炭素年代測定など、できることはほぼやって、そのうえでこんどはカリフォルニア大学岩手校の物理学部へ分析の依頼を出したのだという。

カリフォルニア大学岩手校は、北上山地のILCとほぼ同時にできたアメリカの有名大学の岩手校で、国内の研究者はもとより、

外国からの来県者がとても多い。岩手に惚れ込んで帰化してしまう外国人は後をたたない。


寺田は、スズの分析結果を知るために一関市にある大学の研究室を訪れた。

校内にはいり、廊下を歩いていたとき、それは突然、寺田の前に現れた。

文字通り突然に。歩いている目の前に、現れたのは、埋蔵文化財センター所長の米山氏だった。

驚く寺田。しかし、何か変だ。

寺田には、目の前の人物が誰なのかわからなかったのである。


寺田「!!!お~っビックリした~いきなり私の前にでてきたので危なくぶつかるところだった・・・」

米山「寺田さん、久々会って驚かせて申し訳なかったです。(微笑)いきなりついでで申し訳ないんですが、

寺田さん、私を誰か憶えてますか?」

寺田「あれ?誰でしたっけ?私は、米山さんに用事があって、ここに来たんですが・・・米山さんは、どこにいますかね?」

米山「やっぱり!あ~これは面白いものですね~!長年、発掘でオーパーツなどの不思議な物体をいろいろ見て来たんですが、

こんなものは初めてです。いや~実に面白い(微笑)」

寺田「何のことかわからないんだが、説明してもらえないかな?」

米山「私は、寺田さんがここに来る5分後の未来から過去に戻った米山です」

寺田「あなたが、米山さん?気付かなかった・・・あれ、何かおかしいな(微笑)」


以前あったときがある人物のように思ったのだが、誰かははっきり覚えていなかった、目の前の男は自分が米山だと名乗った。


米山「預かっていた【クマ除けのスズ】が可能にすることです。時間遡行する人物がこのスズに過去に戻りたいと願う。

そうすると現実に過去に戻れるんです。そして、時間遡行することで、その過去に戻った人物を憶えている人の記憶を消してしまう。

私も怖いので、最初は10秒とかで試したんですが、あまり変わりがありませんでした。次に30秒で一人、私を忘れている人物がでてきた。

今度は1分で試したんです。そうしたら、埋蔵文化センターの同僚が何名か私を忘れていました。おそらく、短い時間では、少ない記憶・記録で済むのでしょう。

ただ、これを1年とかやった場合、かなりの記憶や記録が無くなる。実際、このスズを持っていた少年に起こってしまいましたからね。

時間遡行は可能だけど、その代償として記憶や記録が無くなるモノなんだと思います」


突然目の前に現れた米山と名乗る男のあとをついていって、本校とは別の建物になっている研究棟に案内された寺田。

その間にこの男のことを考えていた。時間がたつと徐々にではあるが、米山との過去の出来事を思い出すことができた。


米山「2003年から7年かけてILCが建設されたのと同時に、ここカリフォルニア大学岩手校ができました。ほぼ、ILCのためにできた

大学と位置付けてもいい。特に素粒子物理学に特化した設備は、国内外のどこの大学にも引けを取りません。日本にいながらこういう設備で、

研究ができる昨今の大学生が正直うらやましいですよ(微笑)」

寺田「米山さん、さっきは失礼しました。何故、米山さんを忘れたのか、何故、思い出せたのか、自分のことなのにわかりません。

気持ち悪いです(苦笑)」

米山「人物の記憶と記録の回復は、あります。遡行した時間分経過すれば大体もとに戻るようです。5分前に戻って、5分後、つまり過去にさかのぼった起点になる時間に、

時間遡行をおこなった人物が戻れば、忘れ去られていた周囲の人の記憶、公に残っている記録、戸籍や立場的なモノも含めて回復するようになってますね」

寺田「ということは、2021年から2011年に10年時間遡行した少年の記憶も、また10年時間が経過すれば、すべてもとに戻ると?」

米山「いや、元に戻るかまでは言えないです。同じ歴史をたどればもとに戻るでしょうが、違う行動の選択をすれば関わる人間が違ってくるわけですから、

同じ2021年になるとはかぎらない」

寺田「つまり、少年が10年分の行動をもう一度同じようにしないと、まったく同じ未来には行き着かないということか・・・」


5分ならほとんど歴史の差異は生じない。しかし、1年、5年、10年ともなれば同じ歴史をたどるのはほとんど無理に近い。

少年が元の時代に、原発の無い2021年の宮古市に戻れない事実を伝えるべきか、正直迷う。


米山「寺田さん、スズの分析結果ですが、外観は鉄とアルミの合金、鋳物ですね。外側は、近世のものです。おそらく昭和10年から20年代頃の金属です。

しかし、鋳物のスズの中に別の金属、というかよくわからないものがあるんです。放射線を遮ることができる物質なので、鉛に近いものかもしれませんが、

これは、わかりませんでした。おそらく、地球上に存在しない物質の可能性が高いです。割って直(じか)に、調べられればいいのですが・・・」

寺田「あっ、それはマズいです。機能しなくなっては困る。もしかするとスズで未来に帰れるかもしれないので壊すのは無理です」

米山「そう言うと思いました。仕方ないです。あと、これは、私の仮説なんですが、多分、このスズ自体には、時間遡行させる機能はないのではないかと、

このスズは、時間遡行する対象の人物のいる年代と場所を特定するためのマーカーというか目印に過ぎないのではないかと思うんです。

このスズから年代と場所を違う別の場所にある時間遡行を発生させる装置に情報を転送するための端末の役割を果たしているものだということです」

寺田「違う場所、ですか?」

米山「ええ、同じ時間軸とは限らない。ただ、その空間は、可能性の分岐が起きない場所のはずです、物事は、常に可能性の分岐をいくつももっている。

右を選択した結果、左を選択した結果によって過去が変わるのが我々のいる普通の時間です、不可逆性なので一度選べば違う未来にはならない。

過去から未来に無限に分岐はするんです。おそらくその装置がある場所は、そういう分岐が起きない、常にどんな事象が起きても不変な空間と言えるものだと思います」

寺田「地震や津波はわかるんだけど、そちらのほうは難解ですね。私には理解しにくい話だ・・・」


寺田と米山が話をしている部屋は、応接室のような場所だが、他の部屋は実験装置や機械に囲まれて、各々の研究者が作業をする場所になっている。

間向えの部屋はガラス張りになっており、作業の様子が見れる。

その中にひと際、背の高い、黒い丸眼鏡に白いマスクをした外人のように見える人物がいた。

寺田の見ている人を米山も見て、


米山「あ~、フランスから来たILCの科学者です。大学が休みの時は、宮古の自宅に帰っているそうです。研究しているのは、

確か、【 放射能の減衰期を早める技術 】だったと思いましたが・・・。なんでも、お爺さんが中東戦争に義勇兵として国連軍に参加していたらしいのですが、

劣化ウラン弾を誤って浴びてしまったそうです。そのせいで、お爺さんが亡くなられたと聞きましたね・・・」

寺田「戦争は不幸しか生みませんよ。勝っても負けても良いものではない、必ず理不尽な思いをする人がでる」

米山「寺田さん、もう少しこのスズ預からせてはいただけませんか?」

寺田「ん~これしかないものなので、ちょっと難しいです。申し訳ない(苦笑)」


もうそろそろ帰ろうと寺田は、米山に挨拶しようと立ち上がったとき、応接室の入り口のドアが開く。

そこには、背の高い黒い丸眼鏡をかけ、白いマスクをしたフランス人科学者が立っていた。

フランス人科学者はおもむろに白いマスクを取って、


長身の黒眼鏡の男「はじめまして、寺田さん」


研究棟の応接室に入ってきたフランス人学者は、白いマスクを外し、寺田と米山を見て、


長身の黒眼鏡の男「【 放射性物質の半減期を早める研究 】をしているレオ=アズナブールです、よろしくです」

寺田「初めまして、地震学が専門の寺田辰巳(てらだたつみ)といいます。どうですか、宮古は?いい街ですよね」

レオ「海産物がオイシイね、特に毛ガニとウニが好き。宮古のひとは明るくて愛想がいい」

寺田「うんうん、確かに。ま~一部、気が強い喧嘩師みたいな人や日和見(ひよりみ)な人もいますが、宮古の人は概ねやさしいですよ」


レオ=アズナブールは背が高い、2メートルはあろうか。天井に当たらないように、いつも身をかがめているようだ。ネコ背にならなければいいが・・・。


寺田「レオさんは、放射線の研究をされてるようですが、やはり原発容認派ですか?」

レオ「とんでもない、放射性物質はまだ人が扱えていないと思います。平和利用にはなっている、けど、危険です。

地球上の自然界と生物とも共存できないものを無理やり人間の世界に持ち込んでしまった。

将来的には、人は外宇宙に出なければならなくなるから、遠い未来の人間には小さい設備で効率よくエネルギーを生み出すには放射性物質は必要でしょう。

しかし、現状の科学技術では原子力エネルギーは手に余るものです、まだ人には早い。そのための【 放射性物質の半減期を早める研究 】なのです」

寺田「北日本電力の重茂原発の里見さんは、放射能を無害化できる日がくることを信じて仕事を続けているとおっしゃってました。

レオさんの研究はその第一歩になるのでしょう。早く実現できるといいですね、応援させていただきます」

レオ「寺田さん、ありがとうございます(笑)」


寺田は、米山氏とレオに挨拶をしてその場を離れた。


2011年1月末 盛岡市 岩手県庁内


寺田は、一関から盛岡へ移動して、岩手県庁を訪れていた。午後から会う約束をしている人物は桝田知事。

県としての対応がどこまでできるかを説明してもらうためである。


桝田知事「県庁のほうから、寺田さんの研究成果について大学側に問い合わせたところ、

【 東日本沿岸で起こりえる地殻変動の推移観察 】について、データはあるそうです、また、地震の最有力予想地点として宮城県の北東、

三陸海岸の最南端に位置する牡鹿半島からさらに東南東約130㎞の海底付近が震源地になる可能性が高いとの回答を頂きました」

寺田「認めたんですか?やけにあっさりとしてますね(苦笑)」

桝田知事「ええ、国からも問い合わせがあったからだと思います。それとです。、国側の対応ですが、2月1日(いっぴ)に緊急災害宣言を発令すること、

東北地区の疎開対策の実施について、専門家会議をひらいて、早急に疎開に必要な法整備等を進めるとのことです。法律と疎開スケジュール、疎開に必要な援助物資の供給なども

閣議で決定しながら逐次同時並行で進めていくらしいです」

寺田「北日本電力の対応はどうなんでしょう?」

桝田知事「田老原発は運転を早期に停止するようですが、重茂原発は、最後まで稼働するらしいです。貴重な自然災害下での運用データが採取できるまたとない

機会らしいです。大きい災害に耐えるほどGAIAシステムの存在意味が示せるとか」

寺田「宮城・福島県知事との会合では、どのような結論が出されたのでしょう?」

桝田知事「F1(ふくいち)は、2月上旬に止めて、津波に対してなるべく設備が壊れないようにする補強工事に入ります。両県知事とも疎開スケジュールは概ね、

岩手県と同じになるわけですが、人口が多い地域に関しては、他県への疎開要請も視野に入れながら対応を協議していくことになります。

2月1日(いっぴ)の政府の発表ののち、三県も追随するように地震と津浪、疎開スケジュールに関する予定などについて会見をひらく予定にしております」

寺田「疎開の支援に自衛隊は出動するんですか?」

桝田知事「もちろんでます、地震予想日が3月10日です。その日までに、疎開が終われない可能性は残念ながらあります。

なので、間に合わない方たちに対応できるように、大型輸送ヘリによる緊急救助の準備や陸路での自衛隊車両による避難の準備もする予定にはなっています」


地震の規模が正確にはわからないが、起これば沿岸地域、特にリアス海岸は壊滅的な被害が生じる。

海のそばにいるということは、即、死ぬことと同じになる。国や行政の対応がどれくらい行き届くかは正直わからない。

経験したことがない災害に対する備えというものを予見することの難しさはこれからわかることなのかもしれない。


【 白いマスクの仏人:END 】

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