第一章29 『意識の奥底から――』


 ――あれは、数日前の出来事。

 今のようにコウたちが授業を受けていると、突然何者かがこのクラスに入り込んできた。此処に入り込んできた者たちは赤い服で身を包んでいて、アンタレス家の者だと名乗る。


 アンタレス家とはヘスティアの実家のことで、この王国で有名な貴族家の名前だった。

 彼らは、抵抗の声すら上げられないヘスティアをその場で拘束し、連れ去ろうとする。

 ミラ先生は止めようとしてくれたが、彼らに一度睨まれた後、何を発さずになった。


 ……そんな……。ど、どうすれば――。


 コウはどうするべきなのかを悩み、悩んだ末で硬直する。

 自分が何をすれば良いのか、のだ。


 心臓は、張り裂けてしまいそうなくらいに動き出す。脳に酸素を送って思考の回転を早めるために、肺が多くの酸素を求めてくる。


 はぁ、はぁ、はぁ……。


 しかし、コウは決断を下すことが出来なくて……。


「……ぁ」


 瞬間――クラスルームから連れ出される寸前のヘスティアと目が合う。

 乱暴に右腕の手首を掴まれ、真紅の髪を振り乱しながら連れてかれるヘスティア。彼女の瞳は、――哀しそうに揺らめいていた。


「…………」


 助けを求めているような、そんな瞳を見てしまったコウは、沈黙し続ける。そして、ただひたすらに自己嫌悪した。


 ガタン!!


 ドアは雑に閉められ、大きい音を立てる。それは酷く耳障りな音だった。


 *


 ……俺は、どうすれば良かったんだ?


 偶にコウは、自分自身が何をしたいのか分からなくなるときがある。

 《時の狭間》で鍛えた剣術。それは、コウにとって誰かを守れる力になった筈だった。


 しかし、今のコウはどうだろう。家族を魔物から救い出すことが出来たが、それだけだ。


 ……剣を振る意味を失った俺は、強くなんかなれるのか……?


 やはり、剣術を極めることにおいて、想い――気持ちの力は必要になってくる。

 人の心はそのまま剣の筋に表れて、時には実力が低かった者が強い者に打ち勝つことだってあるのだ。

 試合の結果は、単純なステイタスでは変わらない。《時の狭間》での日々で、俺が悟ったことの一つである。


 だから、


 ……だから、俺は彼女の剣術を見て、強くなって欲しいと思った。もっと戦いたいと願った。

 ……そして、



 ――


 * *


(――何から?)


 意識の奥底から、誰かがコウに問いかけてくる。


 ……彼女の実家での詳しい事情なんて知らない。それでも、彼女を取り巻く足枷があるのなら、その境遇から救ってあげたい。


(――どうして?)


 ……それは、助けたいと思ったからだ。彼女の剣術を見て、俺は心底惚れていた。


(――なら、何をするべきなのかは、分かるよな?)


 ……あぁ、俺は彼女の――ヘスティアの所に行く!


 意識の奥底から、コウは抜け出した。


 * *


「おい、コウ。何を惚けている!?」


「……っ! す、すみません‼︎」


 授業中だというのに惚けていたコウに、ミラ先生がお叱りの言葉をかける。コウはびくんと跳ね、すかさずミラ先生に謝った。


 ミラ先生は「全く……」と言いながらも、コウが惚けていた理由を大体察する。無論、ヘスティアのことでだ。


 しかし、そんな空気を察してくれているミラ先生に向かって、コウは思い切って宣言する。椅子から立ち上がり、机に両手を突きながら叫んだ。


「俺、ヘスティアのところに行ってきます!だから、アンタレス家の場所を俺に教えて下さい‼︎」


「あぁ、良いぞ……って、え? はっ?」


「ありがとうございます!!」


「お、おい‼︎ 正気か……!?」


 慌ててミラ先生は問いただしてくる。だが、コウの答えは変わらない。


「正気もなにも、俺は本気です。ヘスティアのところに行きます!」


「――――そうか」


 ……あぁ、これで良いんだ。俺はずっと、ヘスティアを救いたかったのだから。


 コウは、窓から見える青空を見つめた。天頂に向かうほど青色が濃くなっていく青空は、今日も綺麗だ。


(――やっと、覚悟を決めやがったか)


 意識の奥底から聞こえてきた声に、コウはそっと頷く。


 ……ヘスティアはアストレア剣術学院ここにいない。でも、俺が必ず此処に連れ戻してみせる!


 爽やかな青空に、コウは誓いを立てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る