出発

「大変です! ついにデュアノス帝国軍三万がネクスタ王都を出発し、我が国に向かって進んでおります!」


 数日後、息をきらして駆けてきた兵士により、ついに王宮にその知らせが入ります。

 覚悟していたとはいえ、それを聞いたハリス殿下の表情がさっと強張りました。


「何だと? 帝国軍は災害に苦しんでいるのではなかったのか」

「もしかすると王国内にいれば災害を避けられない以上、我が国に攻め込もうという算段かもしれません」

「何ということだ……諦めて自国で大人しくしているという選択肢はないのか」


 殿下は呆然と呟きます。そもそも帝国が災難に遭っているのは行き過ぎた領地拡大欲のせいだというのに。


「シンシア、王国貴族たちの反応はどうだ?」

「帝国の動きが急すぎてまだあまり返事が来ておりません」


 手紙を送るにも距離があるというのが第一の理由ですが、王国貴族たちも判断を決めかねているのでしょう。帝国に従いたくないとはいえ、もし反抗的な態度をとれば攻め滅ぼされるかもしれません。わずかに返事が返ってきている貴族たちも玉虫色の返答ばかりでした。

 おそらく戦況を見て有利な方に味方するつもりなのでしょう。


 すでに帝国軍が王都付近の神殿に火を放ったという事実が広まっており、王国貴族たちは動揺している様子です。

 私の言葉を聞いて殿下は唇を噛みしめました。


「そうか……。とはいえ、我らも集まった軍勢のみを率いて出陣するしかない。悪いがしばらくの間、留守を頼むぞ」

「いえ、私も行かせてください」

「何だと?」


 私の言葉に殿下は驚きました。


 ですがこればかりは譲れることではありません。殿下が王国の、そして殿下自身の運命を決める戦いに赴くというのになぜ私が王宮でじっとしていなければならないのでしょうか。

 私は毅然として殿下を見つめ返します。

 しかし、殿下はそれでも譲るつもりはなさそうでした。


「だめだ。戦争に行けば死ぬ可能性もある。我らが負けなかったとしても、流れ弾が飛んできて当たるかもしれない。そんな危険なところに連れていける訳がない。そもそも竜の巫女が戦いの場に出てくるなんて聞いたことがない!」


 そこで私はふと、この前の会議で殿下が本当は私を個人的な理由で帝国に渡したくなかったが、貴族たちを説得するのにそれらしい理由を考えたということを思い出します。

 ただついていきたい、とだけ言っても絶対に許されることはないでしょう。

 私も今は殿下を説得するためにきちんとした理由を考える必要があります。


「危険と言えばガルドたちの元に赴いた時も危険でした」

「だが、あれは竜の巫女の仕事と言えなくはないが、今回は違う。戦争は王族や貴族、そして軍の役目だ」

「ですが今回の戦いには竜の方々も来てくださいます。それなのに竜の巫女がその場に赴かないというのは不誠実ではないでしょうか?」


 私の言葉は正しかったのでしょう、殿下はそれを聞いて渋い表情になりました。

 そしてどうにか私を王宮に残す理由を考えているようです。


 が、やがて諦めたようにため息をつきました。


「ああ、確かにそうかもしれない。だがいくら竜が味方してくれるとはいえ、我が国が不利なのは変わらない事実だ。そもそも竜が人と戦うなど前代未聞だし、どのくらいの戦力になるかは見当もつかない。そんな危険なところへシンシアを連れ出したくない。これが僕の本心だ!」

「殿下……ありがとうございます。その言葉、とても嬉しいです」


 ようやく殿下が私に本心を言ってくださいました。これまで殿下は私を竜の巫女として感謝や好意を口にしてくれても、私個人への思いを口にしてくださることはなかなかありませんでした。そこには王子という立場もあるのでしょう。

 ですから殿下の言葉には素直に嬉しくなってしまいます。


「そうか、だったら大人しく王宮で留守を守っていてくれ」


 とはいえ、だからこそそんな殿下を一人で行かせることなど出来ません。


「ですが考えてみてください。もしも私たちが逆の立場だった場合、殿下は私を一人で送り出すでしょうか?」

「そ、それは……」


 私の言葉に殿下は言葉を詰まらせます。殿下であれば必ずこういう反応になると思っていました。

 あと一押しでしょうか。


「殿下だって私が竜の元に赴く時、必ずついてきてくださったじゃないですか。それなら私も殿下についていきます」


 私が断言すると、もう反論できないと悟ったのか、殿下は黙り込んでしまいました。


 そしてしばらくの間沈黙した末、ようやく重い口を開きます。


「……分かった分かった。そこまで言うなら一緒に来てくれ」

「はい、喜んで!」


 喜ぶ私に殿下は苦笑します。


「しかしそなたは思いのほか強情な人物なのだな」

「いえ、私もここまで強情に何かを主張したのは初めてです」

「そうか。嬉しいのは嬉しいが、やはり僕としては安全なところにいて欲しかったな」


 殿下の気持ちは痛いほど分かりますが、こればかりは譲ることが出来ません。

 こうして私たちはともに帝国軍を迎え撃つために王都を出発することになったのです。

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