生け贄少女が命を落とす、しかし転生した魔女が体を使い、第二の人生をわっちTueeeするそうです。

リゥル(毛玉)

本編

第1話 目覚め

 これは私の人生最後の日。まだ、お日様が顔を出す前の事だ。

 真っ白でヒラヒラしたドレスに身を包み、村の北にある洞窟、その前に私は食料と共に立たされていた。


 物語では、良くある話だ。

 村に住まう家系、その中から交代で選ばれる生け贄。

 今回は、私の家に白羽の矢が立った。

 沢山の人を助けるために、魔物に子供を差し出す。

 私は偶然、その一人に選ばれた。ただそれだけ──。


「──すまない【ねここ】父さんが不甲斐ないばかりに、こんな……」

 

「ねここ、行かないで。お願い、ねここ!!」


 お父さんとお母さんが、私に近づかないように村人達に押さえつけられている。

 涙しながらも、必死で振りほどこうとする二人……。

 その姿を見て、胸が締め付けられる気持ちだ。自分が愛されていたのだと実感する。


「お父さん……お母さん……。大丈夫、大丈夫だから!!」


 本当は大丈夫なんかじゃない。

 でも、二人に何かあったら私がここに立っている意味がない。

 だからお願い……無理しないで、そんなに抵抗しないで、怪我しちゃう!


 両親をなだめるために、私は平然を装い「大丈夫」っと、嘘を重ねる。


 そんな様子を見かねてなのか、村の村長が私達の間に割って入った。

 そして、私の前で頭を下げる。


「私からも謝らせてくれ、すまないねここちゃん。こんな役を任せることになって」


 黙って首を横に振った。

 気にするなとも、許さないとも取れる、ただ一つの抵抗だ。

 

 そんな私に、村長が何かを差し出してきた。


「良かったらこの飴を中で食べなさい。気持ちを落ち着かせる成分が含まれておる。ゆっくりと舐めて溶かすと良い」


 私はそれを受け取った。

 こんなものでも、無いよりはましかもしれないと思ったのだ。


「はい……。お母さん達をよろしくお願いします」


 洞窟を塞ぐ大岩が、村の男達によってどかされ入り口が開く。

 その後、馬と共に牽引された食料が洞窟の入り口に運ばれた。

 

 準備は整い、後は生け贄が中に入るだけ。

 村人から火のついた蝋燭を、一本手渡されると、私は洞窟へと歩き出した──。


「「ねここ!!」」


 両親が私を呼ぶ声に振り向く。

 涙を押し留め、精一杯の強がりで笑顔を見せた。


「ばいばい、お母さん、お父さん。弟によろしくね?」っと、別れの言葉を口にして。


 震える足を引きずりながらも中に入ると、入り口の大岩がゆっくりと閉められる。

 隙間から、お母さんが泣きながら私に近づこうとするのを、同じく涙しながら必死で止めようとすお父さんの姿が見えた。


「今までありがとう……ばいばい」


 そして巨大な石は、無情にも私の退路を断ったのだった。


 外へ抜け出る隙間などは無い。手で押しても当然、重くて動きはしない。


「うぐっ……グスン」


 私は声を押し殺しながらも、泣き崩れた。


 ヒンヤリした、薄暗い洞窟の空気が恐怖を煽る。

 手元には一本の短い蝋燭の明かりだけ。

 

 確かこのまま、食料を魔物の元へ運ぶのが私の役目。

 自分から食べられに向かう……笑えない話ね。


 絶望に立ち尽くしていると、突然蝋燭の火が揺らぎ消えそうになる。


「火が揺れて……風が通ってる?」


 蝋燭を、塞がれた大岩に向けるが、火が揺れる気配はない。

 つまり風は、入り口からじゃなく洞窟の奥から流れて来ていると言うこと。


「もしかしたら、他に出口があるかもしれないわ……」


 絶望の中に垣間かいま見えた、わずかな希望だった。


 こんな洞窟、誰も足を踏み入れたがらない。

 ってことは、逃げ出しても誰にも気付かれる事はないよね……。


「おいで、行くわよ」


 私は蝋燭の明かりを頼りに、馬の手綱を引き、風の吹く方へと足を進ませた。


 洞窟から出る事が出来ても、外には別の魔物がいる。

 でも今は、馬もいる。運が良ければ別の村へ逃げおおせるかもしれない。

 食べるものも沢山ある、きっと大丈夫。


 私は心の片隅で、そんな希望を願わずにはいられなかった。

 しかしそれは、一瞬の出来事で恐怖へと染め上げられる。


「グルゥゥゥ──」


「キャアッ!!」


 驚きのあまり声をあげてしまい、慌てて口をつぐむ。


 今のは……魔物の声?


 聞き耳を立てると、時折聞こえる唸り声がこちらに近づいているのが分かる。

 

 私が居るのに気付いたんだわ……。

 音がするのは右の通路の方から? 急がないと、何れぐらい離れてるか、全然分からない。

 怖くて手足が震えて……でも、なんとしても逃げなきゃ。

 そうだ。村長さんに渡された、心を落ち着かせる飴があったはず。

 

 私は村長に渡された葉の包みを開き、中の飴玉を口にした。

 気の持ちようなんだとは思う。しかし少しの間だけ、手足の震えが止まった。


 そう、少しの間だけ──。


「やだ……来ないで!」

 

 魔物が居ると思われた闇の中、赤白く光る二つの光が、すぐ近くまで来ていた。

 

 今、目が合って……。


 そう思った瞬間だった、馬が悲鳴を上げ突如暴れだす。

 魔物の爪は、私との間に居た馬を一掴みしていた。そして、首からは血飛沫が上がっている。


「──っ!!」


 私は声にならない声を上げ、一目散に逃げた。

 馬が襲われて居る間に、風の吹いている方へ遠く……遠く。

 魔物はきっと、すぐに追ってくる。急いで外に出ないと──外に!!


「見えた、明かりが見えた!」


 明かりの中に駆けた私は、一際大きい空間で、足を止めた。

 

「……嘘、こんなことって」


 そして、地面に膝をつくようにその場に崩れ落ちる。

 目の前の見えた明かりは希望なんかじゃなかった。

 その事実に、私の心はまたもや絶望に染められたのだ。


「天井に穴が開いてる……風はあそこから? あんなの、出れるはずがない」


 出入り口は確かに存在した、しかし手を伸ばしても、壁をよじ登っても届きそうにない。

 そう、空でも飛ばない限りは……。


「どうして、私が何をしたって言うのよ! こんなの、あんまりじゃ──ゴホッゴホッ!!」


 突然の事だ、喉が焼けるように熱く息が出来なくなった。

 胸は、溶かされているかのような痛みが走り、私は座ることさえ出来なくなる。


「なに……ゴホッゴホッ!! こ……れ」


 口を押さえていた手を見ると、赤く染まっていた。

 指先が震え、徐々に力が入らなくなってくる。


 指ひとつ動かせなくなった私の目の前には、鷹の上半身とライオンのような下半身を持つ、馬より一回りは大きな化け物が暗闇の中から姿を表した。

 血のついたくちばしを、舌舐りをしながら近づいてくる。


「やだよ……。死に……ない」


 倒れ、横になった私の口からは、おびただしい量の血が吐かれていた。

 意識が薄れ、目は閉じて行く。


 私の最後に見た光景は、駆け寄ってくる魔物の姿だった……。


 死を覚悟した、そんな時だ『ねここよ、その体譲り受けるぞ』っと、何処からともなく声が聞こえた気がした……。




「──まったく、とんだ目覚めじゃな」


 ネココわっちは起き上がり、口元の血を拭う。

 

 襲いかかってきたはずの魔物は、四方から突如飛び出してきた草木の蔓に、雁字搦がんじがらめに合い、身動きが取れなくなった。


「あの飴玉のお陰で、偶然出てこれたわ。それにしても、今世でも毒を盛られるとは笑えないの。まぁ、化け物に食われるよりは、楽に死ねたかもしれんが」 


 懐かしの自由に動かせる肉体…… 。

 ふむ、調子は良好じゃ。


 前世で死ぬ間際に施した、輪廻転生の枠組みから外れ、魂を新たな命に宿す。そのおかげで、なんとか生きながらえる事に成功したようじゃが。


 元の主が生きておると、精神が共存出来なかったのは誤算じゃったが……。まぁ、結果良しとするかの。


 わっちは胸に手を当て、回復魔術をかけながら黙祷もくとうをした。


 助けてやることが出来なかったのはすまぬ、許せねここ。この体、わっちが大切に使わせてもらうからの……。

 

「──グルゥゥゥ!!」


 目の前の化け物が、わっちを威嚇しておる。

 ふむ、魔物の正体はグリフォンじゃったか、村人達では手に終えぬ訳じゃ。


「それにしても、人が浸っておる最中に無粋な奴じゃな……。まぁ良い、今は些細を片付けておこうかの」


 わっちが呟き指をならすと、地表から鋭い土の槍がいくつも飛び出す。

 それは蔓に絡まれ動けなくなって居たグリフォンを貫き、わっちの純白のドレスに、血の化粧を施した。


「すまぬが、食われてやれぬ事情があるのじゃ」


 串刺しのグリフォンは、もがき苦しみながらも暴れまわっていた。

 しかし程なくして、グリフォンの目から生気が失われていく。


「ぬしもわっちを殺そうとした、殺されても文句はあるまい……」


 わっちが放ったは、意図も容易くグリフォンの命を絶つ事となる。

 そして死んだのを確認後、わっちは死体を背に歩き始めたのじゃった。

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