妖狐仙人の好物

 確かに、空腹を満たす行為は、妖狐には無効かもしれなかった。ならば……。


「テルル、ちょっと趣向を変える」

「うん」

「よし。さてと、こいつはオレがいただくかな?」


 シチサブローは、ドラゴン肉を自分で食べてしまう。


『あっと! せっかくおいしく焼いていたドラゴンの肉を、シチサブロー監督官自らが食べていまいました! これは試合終了か?』


 召喚士が、シチサブローの食事をうらやましそうに眺めていた。


「うん、我ながら見事な焼き具合だ。これを食わせられないのは惜しいな」


 一方、食事を済ませたシチサブローは、自分の料理を自画自賛する。


「フォフォフォ、勝てぬと判断してヤケ食いとは。審査員殿もたいしたことないのう」

「やっぱり西洋人は無能ネ」


 勝ち誇ったように、妖狐と東洋娘がフンと鼻を鳴らす。


「とんでもない。これから始まるんだよ。大逆転劇がよぉ!」

 額に汗を浮かべながら、シチサブローが吠えた。

「言いよるわ。ならば試すがよい。その逆転劇とやらを」

「おいテルル、頼む」

「OK」


 テルルはシチサブローに背を向けた。


「ちょい、くすぐったいぞ」

「平気。脱皮も近いから、少しくらい深く削っても大丈夫」


 シチサブローは、テルルのシッポに少しだけ刃を入れる。シッポの皮を、薄く剥いていく。削ぎ落としたシッポ皮を、炭火の中へ。


『あーっと! シチサブロー監督官、ドラゴンの皮を炙る! 監督官は、ドラゴンの皮だけで再勝負するつもりです!』


 付け合わせのマイタケや香り付け用の干物クラーケンなど、炙り出す。


「どれも酒に合いそうじゃ。考えたのう。じゃが、所詮は若造の浅知恵。徳を得た妖狐のノドを震わせるには至らん」


 妖狐は、負けていった者たちに視線を向ける。


「見よ。お主が倒していった敗北者たちを。彼らは来期もこの勝負に挑むつもりじゃ。どれだけの者が力を付けて、再チャレンジするかのう? それとも、心が折れてしまうか?」

「ヤツらが弱いってのか?」

「左様。彼らは所詮、金だけで入学した体たらく。ロクな修行も積んでおらんじゃろう。何度挑んでも、結果は同じことじゃ。おおかた、称号も金を積んで手に入れたモノじゃて」


 会場の誰も、言い返さない。


 たしかに。彼らは召喚獣の強さを、自らの実力と勘違いしていた。召喚獣と信頼関係を結ぶのは、己の慢心にも打ち勝つ必要がある。


「召喚獣とサモナーの間に必要なのは、絆である。それを学んでない者に、この難関は突破できるとはとても」


 情けないモノを見るような表情で、妖狐は『あるもの』に手を付けた。


「いいたいことはそれだけか、少年ジジイ?」


 さっきから、シチサブローはおかしくてたまらない。


「何が言いたいのじゃ?」


 話の腰を折られたからか、妖狐が不満を漏らす。


「その手に持っているのはなんだよ?」

「なんと……むく!」


 妖狐は、無意識のうちに酒を開け、ドラゴンの皮にしゃぶりついていた。


「待てっ! 待つでござるよぉ!」


 召喚士少女の顔が、蒼白になる。 


『あーっと、妖狐選手、炙ったドラゴンの皮を肴に酒を飲んでいる。これはアウトです!』


 無情にも、ゴングが鳴った。試合は終わりである。


「やっぱりだ! 酒好きにコイツは利くんだよ!」


 秘策はこれだ。おそらく妖狐はジジイすぎて、こってりした肉に興味が持てないだけ。ならば、酒のつまみとして上等な皮料理を振る舞うのみ。

 

 先ほどからの態度から、妖狐は酒飲みとシチサブローは考えた。そこで作戦を変え、『酒のツマミとなりそうな』ドラゴンの皮を炙ったのである。


「炭火で炙ったドラゴンの皮は、シャケ皮をも凌駕する!」

「ぬう、こやつ、やりおる!」


 今度は、シチサブローが狐を嘲る番だった。


「オレがやりおるんじゃねえよ。テメエの心が弱いだけだ」


 他の召喚士を煽るような大口を叩いておきながら、実際はこの体たらくである。


「召喚獣の性格付けには、召喚士の性格が反映してしまう」

「そういうこった」


 テルルの意見に、シチサブローも同意した。


「つまり、召喚士が相手を舐め腐っていたら、召喚獣にもその性質が伝染しちまう。そのガキがあんたを扱うには、まだ早すぎたようだな!」


 自分を律するべきは、思い上がった召喚士の方である。召喚獣の方は徳を積んでいたのに、まなじ後継者がいないばかりに功を焦ったらしい。


「召喚士が腹の中で増長すれば、必ず召喚獣にも性格が出てしまう。お前さんがベテランとつるんでいたら、あんな説教はせんかっただろうぜ」

「ぬう。見事なり!」


 床に杯を置いて、妖狐は炙った皮をテルルに返す。


「幼き龍よ、これはワシには早すぎたわい。修行をやり直した後、いただくとしよう」

「今食べる」


 テルルは、仙人からの調理品を突き返した。


「なんと、施しを受けよというか。豪胆な」

「違う。冷めないうちに食べて欲しい」


 妖狐仙人は笑う。いつもの不敵な笑みではなく、口を大きく開けて。


「お主には、敵わぬ。まことの悟りを開いているのは、お主のようじゃのう」


 ガハハ……と笑いながら、妖狐は召喚士と並んで、会場を去った。

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