詰め放題【第二倉庫】

ちえ。

ないものねだり(4/2 花金参加作品)

「あーもう、私は本当についてない」

 彼女はいつも、そう言って落ち込んだように肩を下ろす。


 昼休みの教室。おおむねみんな食事を終えた雑然ざつぜんとしている中、これ見よがしのポーズはいつも通り話を聞いて欲しいのだろう。

 放っていたものの、案の定俺の様子なんて気にする様子なく、彼女の口は止まる事を知らないかのように言葉を紡ぎ出した。


「もうね、今日も髪の毛が跳ねっぱなし。一回もいうこときいたことないの。りさちゃんはあんなにサラサラでいいよね」


 俺は文庫本を読みながら、不服そうな彼女を目の端だけで認識する。

 毎度のことに塩対応だが、最早それにも慣れた彼女はしゃべり続ける。


「棚に手が届かなくて、図書課題もかずさに後ろからひょいって取られちゃったんだよ。背が低くて悔しい」


 彼女は不満気な唇を突きだして、目前の机に頬杖をつく。本を読むのを邪魔する気はそこそこあるらしい。だが、こちらもそんな攻防には慣れたもので、机の上に置いていた本と手を膝の上に避難させた。


「まりえの財布、また違うブランドに変わってたんだよ。私なんてブランドもの持った事ないのに」


 下げた視線の先で、彼女の足がプラプラと揺れているが気にしたら負けだ。


「ああ、そういえば!この前のテスト!あんた上位だったじゃない。もう、私すっごく頑張ったのに、あんたの足元にも及んだことない」


 目が合わなくても睨まれているのがわかる。


「それに、それに……」


 俺は思い切り溜息をついた。

 今日こそは、全部言ってやろう。



 顔を上げて目が合うと、彼女は驚いたように目を見開いた。相手にされない事が前提だったのか。もう一度溜息が零れた。


「あのな」

「ハイ」


 ギクシャクした動きで此方を見つめる彼女へ、渾身で言い返す。



「そのゆるふわな髪は可愛いし、身長はベストサイズで可愛い。可愛らしいメルヘングッズはよく似合ってるし、そのアホなとこも可愛いけど」



 いい加減、気づいたらいいのに。ないものねだりしてないで。

 欲しいものは全部、目の前にあるだろ。

 お前の愚痴に付き合ってる稀有で優しい、お前の事好きな男だって。

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