第8話

マイが、初めてダンジョンに潜ってから、早数か月の月日が経ったある日のことである。

その日もやはりマイはダンジョンに潜っていた。

タンジョンの内部構造を調べるため、ダンジョン内の敵を倒すため、そして何より《お金》を稼ぐためにである。



「ううむです。」


「……bi」



今彼女はダンジョンの内の曲がり角にいた。

丁度彼女がいる場所は、道が直角になっており、左右二手に分かれていた。

ゆえに、彼女は先の様子を確認するため体を壁にひっつけながら、左右の道を確認することに決めたのだ。

そこで彼女の眼がとらえたのは、左の道には今まで見たことのない魔物が。

右の道には今まで彼女が何度か見たことがある、丸い斑の魔物の《カイス》が存在した。



「とりあえず、見たことがない魔物がいますねえ……。

一応ですが、どんなのか確認するです。」



彼女がそう呟くと、彼女は自身の眼に魔力を貯め、その魔物の名前を確認する。

それに伴い、彼女の眼にダンジョンという暗闇の条件にもかかわらず、まるであたりに明かりがついたかのように、はっきりとその魔物の姿が目に映った。

が。



「……うひゃあ!」



彼女はその魔物を視認した瞬間、『名前』を確認もせずにすぐにそれから視線を外す。

マイは悲鳴を上げながらも、その声があまり大きくないのは一応ここが魔物の棲家というの覚えていたからであろう。

マイは自分の眼に映った物が見間違いであることを願いつつ、もう一度左の通路の先を確認する。

が、やはりそれは自分の見間違いではなかったようだ。



「うええ、芋虫ですか……。」



彼女の視線の先にいたのは、緑色の体に寸胴胴長の体。

大きさは大型犬ほどもあり、今は眠っているのか体を丸めている。

しかし、そこに小動物的なかわいさは感じられず、一種の生理的嫌悪感のみがわいてきた。

そう、それは巨大芋虫の魔物、それは今まで彼女が見たことのない魔物であった。



「また、『虫』型の魔物です………。」



マイは、そう呟きながら息を整える。

最近ダンジョンに出てくる魔物の傾向も少しずつ変わってきた。

数か月前に出てきた《魔物》の多くは《イノシシ》や《蝙蝠》といった動物をもとにしたのが多かったが、最近では『虫』をもとにした《魔物》が多くなってきた。



「まあ、ある意味ではやり易くなったんですけどね……。」



マイはそう言うと、《呪文》を唱え、それに合わせて、彼女の両手に光がともる。

その灯りに気が付いたのか、《いも虫》の魔物は、目をさまし、その身を起こし、マイの方へと向ける。

一方反対の通路にいた《カイス》は体から生える無数の蔦を器用に動かしつつ、こちらの方へ、ずるりずるりとその丸い身をマイの方へと向ける。



「遅いです!!」



マイがそう言い放つと、マイの手に宿っていた《光》が《矢》となり、左右にいる魔物太たちへと一直線に飛んでいく。

その矢は、魔物たちが躱す暇もないほどのスピードで《魔物》にぶつかった。

それにより、魔物の身ははじけ、飛び散る破片は《黒い霧状》へと変換され、そのまま全身浄化されたのであった。



「イノシシの魔物に比べて、《虫》の魔物は魔法が効きやすいのがいいです。」



マイはそう息を整えながら、一人そう呟く。

一番初めにこのダンジョンに潜ったときによくでた《獣》系の魔物に比べ、《虫》系の魔物は、体格はでかいくてグロテスクな物が多いが、存外外骨格が固い以外は《獣》の魔物に劣る物が多めであった。

特に魔法に関しては、こうしてほとんど魔力を込めてない《呪文》であってもこうしてあっさりとやられてくれるのだ。

そして、彼女は視線を完全に《浄化》され仕切った魔物たちの方へと視線を向ける。

が、その表情はあまりよろしいものではなかった。



「………また、《スイカ》とやらですか。

これで三つ目ですぅ……。」



マイはそう言うと、元々カイスがいた場所へと向かい、《スイカ》を拾い上げる。



「これがどんなものかは知らないですが、《価値》がある物だといいんですが……」



彼女はそう言いつつ《スイカ》に向かって詠唱をはじめ《保護》の魔法をかける。

以前彼女が《スイカ》を拾った時、結局彼女はこの『スイカ』とやらが一体なんなのかが分からなかったのだ。

町に持っていき、村長などの人物にこれがどんなものかを尋ねてみたが、誰もこれがなんなのかはわからなかった。

あえて言うなら、この村の若者の一人が《これに似た瓜》を見たことがあるような無いような……といった不確定なもの。

とりあえず、処理に困ったマイは村長に相談してとりあえず《保護》の魔法をかけて村で保管することに決めたのだ。

簡単に言えば、わからないことは後回しというやつである。

せめて今度村に来る《行商人》が知っていればいいのだが………。


現在のマイの表情は、魔物を二体倒した後だというのに、あまり明るくない。

むしろ若干暗く、何か悩みを抱えているのは明白といえよう。



「せめて何か手がかりを見つけられるか、『石像の部屋』の向こうに行ければいいのですが……」



彼女はそう言うと深い溜息を吐きつつ、背中にある鞄に《スイカ》を詰める。

彼女の重い表情を察してか、横にいる《クラアサ》が心配し、気遣うものの、結局マイの表情が明るくなることはなかった。





●異世界迷宮経営物

『教会編2』




これは今のマイがダンジョンに入る数日前の出来事である。

その日マイは、ダンジョンから帰ってきて、村長の家で村長や村の重役にダンジョン内で起きたことや、変化について話し終わったときにおこったのだ。



「な、何でそうなるんですぅ!!」



マイは思わず、椅子から立ち上がり、そう声高らかに叫んだ。

その様子はひどく慌てており、その感情の揺れを表すかのように、その両手を思わず強く机に打ち立てた。

そかし、そんな彼女の様子を見ても村長は慌てる様子はなく、寧ろ冷静な声で彼女の気の高ぶりを押さえるためか、静かな声で諭すように言った。



「マイ、いくらなんでもこれがリミットだ。

ダンジョンは以前よりも大きくなり、危険性が増したのは確かなんだ。

これ以上、この村にとどまり続けるのは危険だ。」



村長はそう、マイに向かっていった。

マイは村長の言葉にたいして、一瞬たじろぐものの、直ぐに気をとり直して反論した。



「た、確かに以前よりもダンジョンが大きくなったのは間違いないです!!

けど、それはダンジョンに出てくる一部の魔物とダンジョンの構造が変化しただけです。

だからそこまで問題は…。」


「マイ嬢ちゃん、嬢ちゃんも本気でそう思っているわけではないだろう?

ダンジョンの構造が変わった。この事の恐ろしさは君が一番よくわかっているはずだ。」


「うう…」



マイは村長や村の重役の言葉にたいして、なにも反論することができなかった。

今回マイがその日に公表したのは、先日ダンジョンに潜った際は、以前はいったときに比べて【ダンジョンの構造】が大きく変化していたという事である。

それに対して、村長や村の重役たちは、もう一刻も早くこの村から脱出するべきだと言う結論を下したのであった。


彼女自身、気がついてはいるのだ。

ダンジョンの恐ろしさは表層部の変化ではなく、奥に潜む深層部の変化、そう、「知的な魔物類」の存在だと言うことに。

もし今回のダンジョンの構造の変化でダンジョンの深層に「ゴブリン」等の「そこそこの知能」を有する魔物が現れた場合、いつこの村に襲ってくるかわからないのだ。


もちろん表層でそれらの魔物が発見された場合、すでに遅いといってよいだろう。

それらの魔物は、獣と違い、《徒党》を組んで集団で町や村を襲ってくる知能を持つのだ。

一対一ならダンジョンの入り口で見張りをしている《クラアサ》で撃退できるが、《集団》の魔物を一斉に制御できるほどの強さは有していない。

いままで、この村に住んでいたこと自体がかなり危うい行為なのだ。

もし仮にいまこの村に《十分な》資金があったとしたら、一目散にみんなこの村から逃げ出していただろう。



「………マイちゃんが罪悪感を負う必要はない。

いや、マイちゃんのおかげでこうして、ある程度の人数を《脱出できるようにする資金》を稼ぐ時間ができた。

それに今回マイちゃんがこうして【ダンジョンの構造が変化した】ことを教えてくれなければ、《いつ脱出していいかもわからなかった。》

マイちゃんは大いに役立ってくれたよ。」


「でも……でも……。」



マイはその年齢にしては賢く、頭もまわるので、彼らの言わんとしていることも分かるし、自分の考えがアマちゃんだという事も知っていた。


しかし、マイにとってこの村は切り捨てられないものであるのだ。

孤児であった自分を拾ってくれたこの村の老人を含めた全ての人々。

今は亡き先代の司祭との思いでの教会。

そして、その意志ともいえる今の自分の司祭という立場。

いずれも彼女にとって、《命をかけていい》ほど大切な物であり、そう簡単に手放せないのだ。

せめて、少しでも可能性を残すため、彼女はそう思い、説得し続ける。



「……ならせめて、あと数日待ってください。」


「………、マイ。言いたいことはわかるが「せめて!」」



マイは村長の言葉を遮るかのように大声で話を割り込ませた。



「………初めの約束道理、『石像の部屋』に入ることはしないです。

………けど、せめて『石像の部屋』より前で【ダンジョンを封印するための道具】か【ダンジョンの変異の原因】を探しあてたら、この村の脱出をいったんストップしてほしいです。」



マイはそう静かに呟くかのような声で、言葉を繋げた。

その様子は、目に涙を浮かべ、手は真っ赤に握りしめて、必至というのが眼に見えてわかるさまであった。

マイのその言葉に対して、町の重役の一人が静止の声を上げる。



「マイ、君はもう十分に働いた。せめて、今はゆっくり……」


「いいだろう。」



その重役の声を遮ったのは、以外にも村長の言葉であった。

発言を止められた重役は、まさか村長が許可するとはと驚き、マイもパッと顔を上げ、うれしいような、驚いたような不思議な表情をしていた。



「どの道、資金を稼ぐために、我々は次の行商が来るまではこの村の脱出をする気はなかった。

この情報を開示して、望む者だけは先に資金を持たせて移動させるものの、それまでは《半強制的》な脱出に移ることはしない。そう約束しよう。

そして、もし仮にマイが【ダンジョンを封印するための道具】か【ダンジョンの変異の原因】などを探し当てたら、改めて、会議を開く、それでいいな。」



村長は低いながらも大きな声で、部屋全体に聞こえるような声で言った。

幾人かの住人は何か言いたげな雰囲気であったが、結局は何も言いだせずに終わった。



「あ、ありがとうです!!」



マイはそう嬉しそうに発言し、今すぐにでもダンジョンへと向かいそうな様子であったが、それを窘めるかのように村長は言った。



「ただし!これはあくまでもマイが無理をしないという条件のもとの約束だ!

決して無断で『石像の部屋』に入ったり、深入りすることはしないように!」


「はいです!」



この日から、マイの1日おきのダンジョンと教会の行き来生活が始まったのであった。




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「はあ、あんなに大口叩いたわりに何も見つからないですぅ………」



マイはそう言うと、すでに何度見飽きたかのような通路に再び訪れ、辺りに何かないかを確かめていたのであった。

そして、それはマイが『石像の部屋』の近くの壁を何とはなしに見つめているときにおこった。



「これは……?」



マイがそれを見つけたのは全く偶然であった。


彼女自身、それが何を意味をするか分からなかったし、彼女がそこを凝視したのは、ただの運、気まぐれに過ぎなかった。


彼女の目は、《暗視》のほかに、《名前確認》や純粋な《視力の強化》といった機能を持つが、それとは別に、《魔力の流れ》を視認するといった力も持つ。

しかし、この力は、そこまで有為な力ではない。

正直魔導師ならば、修行しだいで誰だって感覚的に魔力を感じることができるし、見えたところでなにか変わるわけではないのだ。


あえて言うならば、ここダンジョンでは《視覚的》な方が違和感を感じやすいと言うものだが、それだって注意深く感じとれば、感覚的にでも、魔力の流れを察知できるだろう。

とにかく、今回言いたいことは彼女がそれに気づいたのは偶然の産物だということだ。



「……これは……、壁から別種の魔力が漏れてるのですか?」



彼女が壁を凝視すると、壁からはダンジョン内に漂っている、黒色状の靄のように見える《魔素》とは別の種類の、うっすら《銀色》の魔力がダンジョンの壁の一部から漏れていた。


そして、その流れをよく見ると、その《銀色》の魔力は壁の別の部分からも漏れており、その漏れている場所は、よくよく観察すると、壁に縦長の長方形をかたどっていた。



「これはもしや…、この壁の向こうの何かある……

いや、隠し部屋があるってことですか!?」



マイはその事実に気がつくと跳び跳ねるようにその壁から距離をとり、思わず身構えていた。


彼女の内心は複雑であった

この事実は彼女にとって(好意的にとるなら)幸運であった。

彼女自身、ダンジョンの変化の原因は《石像のへや》の向こうにあるとばかり思っていたのだ。

ダンジョンの変化を察知しながら、手も足も出ずに村を捨てることになる。

こらが彼女にとっての最悪であるからだ。


しかし、いざ目の前に《ダンジョンの変化のヒント》になるかもしれないものが目の前に現れると、そう簡単に喜べるほど彼女もバカではない。


おそらくこの壁の向こうにあるのは自分が体験したこともないような《困難》があることが予想されるし、逆にこの壁の向こうには何もないかもしれない。


未知の魔物、それこそ自分では手も足も出ないような魔物がいるかもしれない。

一撃で自分達が死んでしまうような罠が仕掛けてあるかもしれない。

何より、それを乗り越えたとしても、自分達はなにも得ることがないかもしれない。



「けど、……!」



だからといって、彼女はむざむざ、目の前の《異変》を見逃すほど甘ちゃんではなかった。

何より彼女は、いや、村の状況はここでこの《異変》を見逃せるほどの余裕はないのだ。


今危険をおかさないでどうする!!

一歩目前へ踏み出すんだ!!



「……ん!、では早速、《クラアサ》、ちょっとそこの壁を叩いてみて下さいです!」



マイはクラアサに向かってそう言い、クラアサはその壁をノックするかのように叩く。


一瞬なにか来るかと身構えるが、予想に反してなにも反応はない。



「ちょっと、攻撃してみるです!!」



そう言って、彼女はクラアサに命じて、壁を攻撃させるがやはり変化がない。

それはマイの《魔法》も同様であった。



「かといって、辺りに取っ手やスイッチはないし…。」



マイはその後、辺りにこの部屋にはいるためのスイッチのようなものがあるのではと予想したが、それすら見つからない。

彼女は途方にくれてしまった。



「せめて、手がかりだけでも…。」



彼女はそういうと、おそらく、この隠し部屋の《扉》に当たりそうな部分に耳をあて、せめて、少しでも情報を得ようと、耳をそばたてる。



「ん!…なにか音は…。」



彼女は少しの音も聞き逃すまいと全身を壁に引っ付けるようにした。


が!その時、その変化は起きた!!



「……なにか音が……


…………え!」



彼女が全身を壁に持たれかけたためか、長い時間壁の前にいたからか、突然、彼女がもたれ掛かっていた壁が動き出した!!


その動きはかなりのスピードで、クラアサがマイをかばうより早く、壁の一部が回転し、マイを壁の中へと誘う。



「しまっ……!」



彼女は意図せずも、効果不幸か《ダンジョン一階隠し部屋》、後に《天界の残骸》と呼ばれる部屋に入ることとなったのだ。





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