第17話 司令本部

 ネーレイスタワーを取り囲むように、それぞれの行政機関が設置されている五つの庁舎がある。

 一つは行政省本部。人工知能達の手足となってレイオールの行政を行う。

 一つは警察省本部。レムレスやゴレムではない、人間による犯罪に対応する。

 一つは電脳省本部。QUQを含む全ての機械や人工知能の管理・修繕・発展などを統括する。

 一つは生産省本部。レイオールにおける第一次産業と第二次産業を担当している。


 そして最後の一つが退魔省本部。省庁の名前とややこしいので、建物自体は退魔士司令本部とも呼ばれている。継ぎ目一つなく装飾も抑え目な、モダニズム建築に近しい建築思想を用いて計画された都市である第一主都において、この司令本部だけは全面黒特殊ガラスで覆われたツインタワーだった。誰もが目を奪われる黒い建物は非常に異質であった。

 レイオールには軍はないが、もしも他国との戦争になれば戦線に立つのは退魔士ではないかと噂されていた。その噂を後押ししている理由の一つに、この司令本部があまりにも『悪の総司令部』のような風体をしているからだ。


 内部は至って普通の建物である。まず入口でスキャンを受け怪我や病気の有無と危険物の持ち込みをチェックされる。次にロビーの中央付近でQUQを読み取られ、身分証明を済ませる。ここまでは歩いている間にほぼ自動で行われているため、知らぬ者からすると顔パスのようにも見える。

 知識としてはあるが、初めて本部に来たアミティエとエルデは余計な声を出さないようにしながらも、ストレスフリーに通過出来るこのシステムに驚いていた。

 全てクリアすると奥のゲートが開きエレベータールームに通される。それぞれのフロアには直通エレベーターがあり、許可されたフロア以外に行くことは出来ない。

 四人がエレベーターに乗ると、操作盤が自動で七階を選択し、扉が閉まる。


「はぁ、緊張した」

「私達の足音だけしか無いんですもの」

 二人が安心して息を吐き出した。

「中からは黒く見えないんですね」

「ってかなんでこんな黒いんですか?」

「……知ってる?」

「知っていると思うか?」

 すぐに七階に到着し、扉が開いた先には真っ白な廊下と左右にいくつか空きオフィスがあるガランとしたフロアがあった。あまり使われていない階のようで、人の気配もしない。

「ワンチャン狙ったんだけど。いや俺も若い頃に先輩らに聞いたけど、『知らん』『焦げたんちゃう?』『そう見えているだけで黒じゃない』とか適当なことばっか言われたから諦めちゃった。つまり、俺は知らない」

 眞紅の軽いおしゃべりだけが廊下に響いている。大きな声を出しているわけでもないのにやたら通る彼の声に、エルデは変な居心地の悪さを感じていた。

 QUQを壁に近づけると、辿るべきルートが壁に映し出された。緑色の派手すぎず濃すぎない光が点灯し、ある一室まで続いている。全員のルートが同じだった。

「やっぱ同じ部屋か」


 扉は開いている。ノックや挨拶は不要だという暗黙のサインに従い足を踏み入れると、そこは単なる会議室であった。前面には壁いっぱいのモニターとその前に演壇があり、会議というよりは講義のように一人の発言者の話を聞くための作りになっている。そこまで広くはない。

 モニターに向かうように設置された長机と椅子もごく普通のもので、複数名がすでに着席している。


「あの端のバディ、第三主都の防壁警備隊所属の……つい最近勲章を授与された二人ではないですか?」

 エルデは小声で最前列の右端に座る男女のことを眞紅に尋ねた。恰幅の良い中年男性と、中性的でけだるげな雰囲気の女性がそこにはいた。

「ラテントとローレル。超優秀なベテランだよ。一・二回だけ一緒に戦ったこともある。もしかして同じ任務行かされんのかな」


 眞紅も小声で返事をすると、中央に陣取っていた若い男女が、二人の話し声に反応して振り向いた。そしてこちらに大きく手を振った。男は短い黒髪に派手なヘッドホンをつけ、女は忍者のような喉から続く黒いマスクをして口元を隠している。

「教官お久しぶりです!」

「お、ビョンギとムルナもいるじゃん。生きてたかー」

 眞紅は二人に近づくと、嬉しそうにビョンギと呼ばれた男の肩を叩いた。教官という呼び名に先輩だとあたりをつけたアミティエとエルデは、緊張感がほどけ三人の隣へ移動し、ぺこ、と軽い会釈をした。ムルナもまた何も話さずに会釈だけを返した。

「お前らの二年先輩だ。俺は一年しか教えてないけど」

 

 その時、最後列左端で寝ていた褐色の女が顔を上げた。

「よぉ眞紅!よく生きてたな!」

 寝ぼけたり喉を枯らしたりもせず、目覚めてすぐに快活な声で話しかけてきた。

「ゴーファーもいるのか!こいつは俺の同期の口は悪いし性格も悪い女だ」

「うるせぇよ糞雑魚」とゴーファーは笑った。

「まぁ適当に座って責任者を待とうや」

 元教え子達の後ろにアミティエとエルデを座らせた眞紅は、それよりも早く適当に着席していたクレイドの隣にあえて座る。


「お隣失礼しまーす」

 ふとゴーファーは眞紅の隣のクレイドを見て、大げさに驚いた。

「げ、クレイド・ジェイルバードじゃん」

「知り合い?」

「アホか俺が一級執行官と知り合いなわけないだろ。死神っていう噂だけ聞いてる」

 あまりにもあっけらかんとした失礼な物言いに、最前列左端に座っていた男が、

「本人の前ですよ!?」と突っ込みをいれてきた。

 狭い室内である。聞こうとしてなくても会話が聞こえるのは仕方のないことだった。


「お前誰」

 ゴーファーの不躾な物言いに、彼は小さく咳払いしながら居住まいを正した。不作法は盗み聞きしたこちらもお互いさまと考えているようにも見える。彼はしっかりとメイクをしていたが、支給品ではない化粧品を使っている。電脳庁から派遣されたエリートか、と眞紅は見当をつけた。

「司令部第三機動課のオペレーター、パウルです。マクレランド主任の命で出席しています。もうすぐ主任がいらっしゃいます。歓談を取り止め着席すべきでは?」

「まだいねーからいいじゃねーか」

「制服もきちんと着るべきです。何ですかその品のない姿は」

 鎖骨が見えるほどシャツの前を開けたゴーファーの着こなしに、パウルは呆れている。胸が見えているわけではないからいいと眞紅は考えていたが、確かに防御面・衛生面から見ても前は閉じている方が好ましいのは確かだった。


「てめーの顔より品があるっての」

「なんですって?」

 だがこの女がそういった実用性やルールを順守するはずもない。訓練生時代のあれこれを思い出しながら、眞紅はとりあえず二人の仲介に入った。

「まぁまぁまぁパウル君、ここはこのなんか一方的に雑語りされて放置されたクレイドに免じて抑えてくれ、この馬鹿には俺が言っておくから」

 無言のクレイドをちらりと見たパウルは、「すみません」と小さく謝る。

 アミティエは、逆に居心地が悪くなったのでは?と思ったが口に出さない分別が働いて良かったと続けて考えた。


「教官マジ変わってなくて安心なんだけど」

 ビョンギが振り向いてアミティエにこっそりと話しかけてきた。そして返事を聞くよりも前に、おっと、と小さく声に出して慌てて前を向いた。廊下から二人分の足音が聞こえてくる。一つは堂々と迷いなく、もう一つはダルそうに靴底を引きずりながらだった。


 そして長机の横をそのままずかずかと歩いて、一人の男が演壇に立った。彫刻のごとく整った顔をした黒い髪の男がQUQをモニターにかざすと、彼の姓名と所属がモニターに表示される。


 レンシュオ・マクレランド主任監査官、という名に、パウルが先ほど言った男だと分かった。


 エルデは授業でやった監査官のことを思い出していた。

 退魔士が悪事を働いた時、彼らと同じ強力な力であるグレーダーとギフトを用いて取り締まる特別な退魔士。それこそが監査官。警察省に所属する執行官、と言うのが一番分かりやすいと教えられた。

 威圧感を与える黒い制服……いや、しいて言うならば“軍服”を初めて見たエルデは、これから彼がする話が一体なんなのか、と今更ながら緊張が増してきていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る