第13話 葬炎と夢

 クレイドが笑った。

 なんとなく動けずに、シェルターの近くから二人の会話を聞き続けていたアミティエとエルデも、それを見て驚いていた。

 なんだかまだ自分達は見てはいけなかったような気がしていた。

 ただエルデはクレイドも笑うことがあるんだ、と思って驚いたのに対しアミティエは、眞紅の言うことに確かになぁ、と驚いて納得していた。


「ってかあんま詳しくはないんだけど、そもそも死神って人を殺す神様じゃなくて死んだ人を導いてやる神様じゃなかったっけ。

 じゃあ死神ってのもあながち間違いじゃないのかも」

「知らん」

「あとセントエルモっていう導きの明かり?も火だったと思うし」

「先史時代の伝承に随分詳しいな」

「すぐ先史時代ってわかるお前も大概だろ。そういう講習プログラムあるかもしれないな、一緒にどう?」

「……暇なら」


 アミティエは「あっという間に仲良くなったっぽい」と小声で話しかけた。

「そういうとこあるわね本当」と苦笑いしつつ、エルデはどこか満足げだった。

「でもまだあたし達の教官なのに」

「……とられて寂しいの?」

「そういうんじゃないですけどー!?」

 悪戯っぽく笑うエルデに、アミティエは思わず吠えた。

 ちょうどシェルターの入り口が開き、アフマドが出てくる。ゲイランの声が聞こえる前に入り口を閉め、眞紅に声をかけた。猶予はもう残されていないといった顔だった。

「教官!もうそろそろ治療再開してもいい!?ゲイランすげー怖いんですよ!」

「あ?もう俺平気だよ。傷もすっかり治って」

 眞紅の言葉を遮るように、クレイドが彼の前髪をすっとかき分け、額に人差し指を置いた。

「?なんだよ」とわりと大き目な黒い瞳がクレイドを向いた。


 無言で力を入れると、「う」と小さいうめき声をあげて眞紅の膝が崩れる。クレイドはすかさず片手で彼を受け止め、そのままいとも簡単に持ち上げた。何か言われる前にシェルターに戻っていく。

「ほらー!立ってるのもやっとだったじゃないですか!」

 アフマドはシェルターの入り口を開けて招き入れる。だがそんなクレイドの前に、行く手を阻むようにアミティエが立ちふさがった。そして、


「か、返して!あたし達の教官です!」と必死に訴えた。


 発言してから恥ずかしくなったのか、アミティエは頬を赤らめはしたが、渡してほしい気持ちは揺らがないというように、両手を出して催促している。

 アミティエには、眞紅をとられたくないなどといった気持ちはない。どちらかというと自分の役割や立ち位置をとられる方が面白くない。今はまだ訓練生で、作戦中だ。だったら教官を助けるのは自分達であるべきである。

 そんな子供みたいな意地が突然彼女の中に出てきたのだ。


 クレイドはとくにリアクションもせず、アミティエに眞紅を渡した。しかし教官を受け取ったアミティエがホッとしているのを見て、笑うのを我慢するように目を逸らした。その動きはアミティエにもエルデにも伝わった。

 二人の視線が自分に向いていると分かったのか、クレイドはまた背を向けて周囲の警戒をし始めた。


 眞紅を診察台に届けてから、エルデはたしなめるように言った。

「……今の、凄く子供っぽかったわよ。何よいきなり」

「だってだってー!なんか、なんか!今はまだあたし達の教官だもん!

 ぽっと出の男に持たせたくないもん!こじゃれた感じに持っちゃってさ!」

「子供の可愛い独占欲、じゃなくて手荷物への美学の話だったのかしら」

 呆れたようにゲイランは笑っている。

「私がまだ気を抜けないってのにそんな面白い話をしてるわけ?」

 リャンがモニターから目を離さずに文句を言い、それを聞いてアフマドも笑った。


「……生きててよかった」

 そんな空気の中、フォリーだけが重い空気を肺から出したように呟いた。訓練生達には聞こえなかったが、口を挟めないほどに疲れていた深紅の耳には届いた。

 何も自分だけの話ではない。子供というには大きく大人というには幼い彼女らを、彼女らの願いに届かせるには何より生きていなければいけないのだ。


 今日遭遇した何体ものレムレスと、彼らを突き動かす願いについて眞紅は考えていた。

 例えばアミティエがレムレスになったらどうなるのか。

 あんなにも、友人を守りたい、死にたくない、楽しいことが好き、食べるのが大好きという多面性を持った子が、借り物の願い事を一つだけ選んでぼんやりと動くだけの何かになるのは耐えられない。

 それはいつも彼が心の底から恐れていることであった。


 だが、今日は少し安心出来る。自分が力及ばず誰かを失っても、自分自身が死んでしまったとしても、あの炎が悲しみを消してくれると感じられたからだった。

 彼の悲しみを消してあげられる人はいるのだろうか、とふと思った。


 目が覚めたら、お互いに生きているうちに、彼の夢を聞いてみよう。


 眞紅はそう考えながら、体力の限界を迎えて静かに目を閉じた。

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