第10話 遭遇・4

 シェルター前に待機していたフォリーに渡し、応急処置が終わったリッヂの代わりに今度はブレイズの治療が始まる。

「麻酔はなくていい。分析官、こっちに外の状況見せてくれ」

「両方許可出来ません。治療中は階級に関わらずわたくし達が最強なので……」

 ゲイランは一切躊躇せず、ブレイズに屋外緊急治療用麻酔を噴霧した。象をも一瞬で眠らせるという謳い文句に違わぬ効き目であった。昏睡という表現が相応しいくらいに瞬時に気を失ったブレイズを見て、アフマドはあまり話したことのないこの同期にも逆らわないでおこうと決めた。


「あ、足以外に大きな傷はないですね」

「それは良かった。アフマドとゲイランは治療に専念してくれ。石丸とリャンは分析を続けながら、撤退ルートの検索も頼む」

 大きなため息とともに、フォリーがその場の訓練生達に指示をする。

「シェルターの放棄も視野に?」

 エルデの問いに、彼は頷いた。

「お前達も準備しなさい。シンリンとスタウファーも」

『なんか出てきたー!』

 離れた狙撃地点から、スタウファーが叫んだ。思わず全員がモニターやシェルターの外に出て、零烙れいらくがこぼれる穴を見る。


 宙に浮いた穴から次々と真っ白な腕が伸びてくる。そしてその手は、指が腕になっていて、指先には木の節のように手のひらがあり、指の代わりに手が生えて……の繰り返しで、木やサンゴのようにいくつも枝分かれをしている。

「こりゃまた気持ち悪いの出てきたな」

 崖下で待機したままの眞紅がぼやいた。


 クレイドは有無を言わさず、剣を振りかぶってその穴に炎を叩き込んだ。ガソリンのように零烙れいらくに火がつき、燃え広がっていく。

 ギフトはグレーダーによって調整・最適化されているため、ネーレイスから割り当てられたコードを音声認証して発動することが一番安定して力を扱える。機械や人工知能のバックアップもなしでこの威力のギフトを操るには、どれだけ鍛錬してもそれだけではこえられない壁がある。

 眞紅は、自分の師に「暗算で電卓どころかコンピューターに速度と正解率が勝てる者だけが、グレーダーに頼らない本物のギフトを扱える」と聞かされたことがあった。

 元々はレムレスからとれたコア由来の力だ、人間の手には余るのだろう。その力をギフトと呼ぶのは皮肉に聞こえる。そこに才能が介在するのならば尚更だ。


『眞紅教官。超空洞は繭の発生地点を中心に、真円に広がると教わりました。ですが……歪んでいるように見えます。どういうことでしょうか』

 シンリンからの質問に、眞紅はうだうだと考えるのをやめて頭を切り替える。

 彼女の発言通り、超空洞は水風船に穴をあけた時そちら側から水が飛び出すように、一方向に飛び散ったように拡散している。しかも先ほどまでと違い、明らかに広がるスピードが落ちている。

「……多分ブレイズの攻撃で羽化を速めてしまって、意図せぬ事態になったんだ。

 分析官!もしかしてだけど、零烙れいらくが凝固してないか?」

『えー……。はい、全体の約76%の零烙れいらくが拡散も形成もゴレムの発生も行えない状態にあります。今もなおパーセンテージは緩やかに上昇中。羽化に失敗したと言ってもいいのでは』

 眞紅の疑問をいち早く石丸が答えた。するとリャンが大きな声で叫んだ。

一番零烙れいらくが薄く、かつ凝固が進んでる箇所ありました!』

「全員に回せ!それからクレイドの援護だ!」


 各員のQUQが更新され、超空洞とヴォイドの鮮明なデータが共有される。狙撃手の二人はスコープに映された情報に従い再び戦場に目を向ける。

 クレイドは指示された場所に回りこみ、一気にレムレスに近づいた。それをシェルターから見ていたアミティエは、早い!と感心した。身体能力強化のギフトを持った自分に匹敵する程のスピードだと感じていた。

 手術室に変形した場所中から手が生えてクレイドに襲い掛かるが、彼はそれを一瞬で切り捨てる。

 だがすぐにさらに大量の腕が生えてきて、彼の頭上に集まってきている。分厚い雲のように渦巻くそれの攻撃をグレーダーで受け止めると、左右から生えた腕が移動の邪魔してきている。攻撃を受け流して横に避けることを封じられた。

『上のやつには威力が足りません。俺らじゃ無理っす!』

 狙いは正確だが、二人の弾丸は幾重にも重なった腕には効果が薄い。彼らはフォリーの指示で左右の腕に狙いを切り替える。

 押さえつけられてクレイドの足元がめり込み始める。いくら足元に零烙れいらくがないとはいえ、もし活性化されて零烙の侵攻が始まると彼も巻き込まれてしまう。


 腕が生えてきている空洞が鳴った気がした。アミティエは、ヴォイドも会話が出来るレムレスであることを思い出した。彼もしくは彼女が発した声なのかもしれない、と聞き耳を立てる。

「はいはいこっち!神の手持った大先生!!!」

 突然聞こえた眞紅の呼びかけに、レムレス・ヴォイドは異様なほど反応を示した。全ての指にあたる腕を振るわせ、その表面に何度も波紋を浮かび上がらせる。

「え?」とエルデは素っ頓狂な声を出す。

「いやぁ、手術室に腕が生えてるからそういう方向性かなぁって。あってたっぽい。やっべ」

 手と意識が眞紅の方を向いているのは、眞紅以外にも分かった。無数の腕が生えては殴ろうとしたりはらおうとする動きを、眞紅は喚きながらなんとかかわしている。

 彼がうるさくすればするほどクレイドの上から手が減って、眞紅めがけて動き始める。


「エルデ」


 アミティエは隣の戦友に話しかける。言外の「お前は出れるのか」を汲み取ったエルデは、それには答えずただ剣を抜いた。

 お互いに笑うと、再び崖を飛び降りて眞紅の元へ走る。


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