第7話 遭遇・1


 今回は人数が多く、また内部で待機する必要もあることから、大きなドームシェルターの設営をすることとなった。フォリー班が持っていたドームシェルターをキットから出し、さくさくと準備する彼らを見て、地図を眺める大人達は感慨深いといった表情を浮かべる。

「例年より出来がいいな」とブレイズが褒めた。

 フォリーは気を良くして、設営の指示をする眞紅を指した。

「彼の……眞紅のおかげかな。やはり現場を知る執行官が指導教官になってくれると違うね。今回の六十四期生は二年間みっちり眞紅がついていたから更に。とはいえ、そろそろ彼も現場に戻りそうだから甘えてはられないけれど」

「あぁ、どっかで見たと思ったら不死身のエクレールか!同じ任務やったことあったな!ほら、四年前の!避難民の救出作戦もやったやつ!」

 リッヂの呑気な声に、ブレイズは思考を巡らせ、該当する記憶を見つけた。QUQが使えたら検索するまでもなく記録が出てくるが、今はそうもいかない。

「リーダーが避難民を見捨てると判断したのをひっくり返したあれか?そうか、あのやたら死にかけた、頭と口が回る奴か!……いや、マジで死にかけまくってたな」

「もう死にかけたから今日は大丈夫だろう」

 クレイドの発言に、三人は渋い顔をした。同僚のフォリーのみならず二人までもがそのような顔をしている。

「あの時は作戦行動の前と最中と後の三回血だるまになってたぞ」

 ブレイズの発言に、今度はクレイドの顔が渋くなった。


「アンテナ設置完了!半径一キロメートルのゼヌシージ粒子反応、全て映します」

「周囲の地形と家屋および遮蔽物、更新します」

 テント内にひときわ大きい画面が表示された。そこには繭の位置とゴレムの配置が映っていた。ゴレムを表す青い光が、赤い大きな光の周囲に点在し、非常に遅くではあるが動いている。同じ情報が全員のQUQにも転送された。

 ゴレムの数はそれほど多くなく、繭を表す赤い点は微動だにしていない。それを確認したブレイズは、視線でリッヂとフォリーに気になることはあるか、と問うが、二人は小さく首をふる。

 次にクレイドを見たが、彼は一切ブレイズを見ていないために意思の疎通は出来なかった。


「フォリーと救医官二名は、分析官二人の警護と主都本部との通信でシェルターに残れ。執行官のうち前衛二名はエクレールとスリーマンセルでゴレム退治。狙撃手二人は後方からテントと三人を狙撃で援護しろ。俺、リッヂ、ジェイルバードはそれぞれ別方向から繭を目指す」

「あの、マウジー?さんは?」とアミティエが尋ねる。ブレイズはそれを素直に聞き届けた。

「おっと忘れてた。もう一人の執行官の場所は分かるか?」

「テントの近くにいますね。あれ?すぐ外です。帰ってきたのかも」

 リャンの素早く過不足ない返答に満足したリッヂは、シェルターの入り口に立つ。

「よーし行くぞ。クレイド、お前マウジーにちゃんと」

と話しながら外に数歩踏み出したそのとき、彼目がけて何かが降ってきた。


 リッヂは投擲物にぶち当たりシェルターの外に弾き飛ばされ、内部からそれを見ていた全員の視界から消えた。

 呆気にとられて動けない訓練生達を尻目に、大人達は入り口へ走る。

 彼は吹き飛んだ先の地面が運悪く崖ごと崩れ、数メートル下に落ちてしまっている。息はあるが、脳震盪を起こしたのか反応は芳しくない。足も折れていて自力で上がるのは不可能だ、と眞紅は判断した。

「エルデ、アミティエ!俺と一緒にリッヂの回収だ!」

「シンリンとスタウファーは狙撃ポイントへ急げ!」

 眞紅とフォリーの指示に名前を呼ばれた四人はグレーダーを持ってシェルターの外に出た。狙撃組が駆け出した後、

「……マウジー!?」とブレイズの声が聞こえてきた。

 眞紅は一旦二人を止め、フォリーとともにブレイズの元へ近づいた。


 リッヂにぶち当てられたものは、マウジーの身体であった。

 眞紅は彼の顔を知らないが、三人の驚いた顔を見るにマウジー本人であることに疑いの余地は無い。彼はすでに事切れている。

「……俺達が村で襲われた時、ゴレムが投げつけられたな。同じレムレスか?」

「繭とは別にいるのか?おいジェイルバード、お前は」


 クレイドはマウジーの身体に火をつけた。

 グレーダーの起動もなくギフトを使ったために、発動を予期出来なかった眞紅達は短い悲鳴を上げながら距離をとる。


「……すぐ焼かねーといけないのはわかるけど、な……」


 ブレイズは不愉快さを隠さない。フォリーはシェルターの扉を閉め、「繭の状態を調べて」とリャンに指示し、訓練生達の気を反らした。だがシェルター内はどよめき恐怖を感じている。

 この場で人が焼けるさまを配慮なく見せられたエルデとアミティエは固まってしまっている。フォリーは彼女らの肩を掴み、くるりと反転させてシェルターの方を向かせた。それでも焼ける音と臭気は誤魔化せない。QUQが二人の心拍数や呼吸の乱れに反応し、音と匂いを遮断し落ち着かせるためのミストを噴射した。


 眞紅は、葬炎のクレイド、という二つ名を思い返した。この世界では死体が蘇る。だからレイオールでは様々な方法で速やかに遺体を処理し、器を破壊することで新たに化け物が満ちることを阻止している。

 頭部の切断と並び最も効果的と言われているのは焼却だ。レイオール人が死ぬと何より先に焼却場に運ばれるため、葬儀や親族への連絡は灰になった後である。

 死を知らなければ蘇りを願われない。

 それがレイオールの、人工知能ネーレイスが下した結論だった。


 眞紅はそのシステムを合理的だと判断している。今目の前で真っ先に遺体を焼いたクレイドの判断も正しいと感じている。

 だが当の本人の、クレイドがその判断を否としているようにしか見えなかった。自分は間違っていると思っているようだった。

 なんと声をかけていいか悩む眞紅を待たず、マウジーの遺体は綺麗に灰になった。焼け焦げた土の上に積もる灰は、砂になったレムレスを想起させた。

「……レムレスは一体だ」

「へぇ?一級執行官様の見解だ、聞こうじゃないか。俺まで焼かれたくないんでね」

 ブレイズは厭味ったらしく、侮蔑の意を隠さずに返事をする。クレイドはそれには全く反応しない。

「飛び散らしているだけだ」


 クレイドの目線を追うと、丁度繭周辺の黒いもやが飛び散り、高台へと飛んできた。空中で液体となったもやの中から手が見え始めたところで、炎が飛んでそれを焼き尽くして落とした。この場に落ちてきたのは火の粉だけであった。

 予想外の事態に目を丸くするブレイズとフォリーとは違い、眞紅は冷静だった。それは訓練生を守ることを第一に考えていい、ある意味気楽な立場にいたからである。

「投擲じゃなくて射出なのね。マウジー執行官もあれに巻き込まれた可能性があるのか……。石丸、次にゴレムが発生する兆しが見えたら、角度から軌道の計算をしてくれ。それを狙撃組に送信しろ。二人は空中で撃ち抜いてくれ」

 シェルターの中から『了解』と短く返事が聞こえる。

 狙撃地点に到着し、狙撃銃型のグレーダーを構えたスタウファーは、『空中……!?り、了解!』と戸惑いながら返事をし、シンリンは『任せてください』と答えた。


「リッヂの回収に行くぞ。二人とももう大丈夫か?」

 アミティエとエルデは眞紅の呼びかけに振り向き、一瞬お互いを見た。そして改めて彼に向き合い、言葉はないが力強く頷いた。少し怯えたようにクレイドの隣を通り越して眞紅の近くにやってくる。

「フォリー、ここは任せるぞ。ブレイズとクレイドは繭を頼む。で、いいよな?」

「あぁ、うん。すまん、ボケっとして。三人とも幸運を」とフォリーはシェルターに戻る。


 ブレイズも機嫌の悪さをいつまでも垂れ流す男ではなかったらしく、さっさと切り替えて鉈の形をしたグレーダーを手に眼下の繭に相対した。

「リッヂを頼んだ。見ての通りデブだから重いと思うが」

「あたしはギフトで列車の一両くらいなら余裕ですよ」

「よし、羽のように軽いな!」と冗談を飛ばした眞紅の尻を、ブレイズは軽く蹴った。


「判断が遅くてすまんが、行動開始だ、頼むぞ!」


 リーダーの号令で、その場の全員が自らの役目に取り掛かった。

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