熱烈歓迎──4

海賊との戦闘を終えて合流したホムラはクリスに連れられて風呂に入っていた。



「凄い歓声だな」




船は既に港に停泊し、貴族の男が来ると聞いて港には大勢の見物人が集まりホムラが姿を見せるのをまだかまだかと待っていた。




「ホムラ様はまさに絵本から飛び出して来たようなお方ですからね」


「その期待に早く応えたいが、返り血を浴びたままでその上安全を確認するまではな」





王族の船から返り血まみれの美男子が現れたらパニックは免れない、ホムラの容姿を加味すれば一つの芸術として受け入れられそうではあったがあまりにも不衛生なので、血と汗を流す為に風呂を借りた。

本来であれば女性のクリスが男の裸を見ることは他の者からすれば有罪ではあるが、鍛えに鍛えた理性で耐える事が可能、それ以上に船内に海賊が出現してきた以上ホムラ一人で無防備になる入浴は危険だと考えたのだ。




「お前はどこにいた? 」


「私は一度甲板に出て海賊船を沈めた後は操舵室に、ロナ様は動力室に」


「────ふむ」




片目を閉じる姿の色気は見た者を狂わせるほど、クリスはキュっと唇を噛み耐える。




「なぁクリス」


「なんでしょうかホムラ様」


「────いや、なんでもない」



浴槽の中で立ち上がるとクリスは慌ててタオルをかける。




「どうしましたかホムラ様、そのような思い詰めた表情をして」


「自分の非力さを嘆いているのさ、母上なら今回の一件はすでに解決しているであろう……しかし私は解決にまでまた犠牲者を出してしまうかもしれない、不安しかないのだよ」




「──大丈夫です。何があってもこのクリスがホムラ様をお守りしますから」







船内の安全が確認され、支度の整ったホムラは船の外に出た。




(綺麗な港町だ────帝国とはまた違ったのどかで暖かい、明るい町だ)




予定よりやや遅れて昼手前の到着、船から降りて陸へと続く階段を降りているとワッと歓声があがった。




「凄い! 本当に男性だわ!! 」


「なんて美しいの!! 」


「あぁ、本物の王子様みたい……!! 」




ホムラは笑顔で手を振りその歓声に応える。




「アーガネット男爵、あまり民を興奮させないでくださいよ」


「そんな大袈裟なことを言うな、薄着をしているわけじゃあないんだから」


「アーガネット男爵、男性の前でこの様な低俗な話をするのは憚れますが、世の女性は皆裸の男が好きなわけではなく、アーガネット男爵のように麗しい美男子が高貴な服を着ているだけで滾る者もいるのです」



「意外だなロナ君、真面目そうに見えてソッチの話もいけるのだな」


「真面目だけでは、退屈ですから」


「────あちらをご覧くださいホムラ様」


「どうしたクリス、帝国で名を轟かせ国中を回ったお前が珍しがるものがあるか? 」


「ホムラ様のお姿を見た一つのグループの者が失神して倒れました」


「そんな馬鹿な……!! 」




ホムラは受け入れ難い光景を直視して自分の立ち振る舞い一つで国が一つ傾くのではないかと危機感を覚えたと同時に誰かが『あっ』と呟いた。




「私の帽子が!!」




ホムラの姿を一目見ようと来た少女達の集団、その一人の子の帽子が風に飛ばされたのだ。




「……アーガネット男爵は!? 」


「あれ!? 今ここにいただろ!? 」




「……まったくホムラ様は」



クリスが呆れた表情を浮かべてため息を吐きながら指差した方を見る。桟橋を駆け抜けてその途中から飛び出し、海に落ちそうになった帽子を手に取りって海の上を三歩走り少女達がいる道に着地したホムラの姿があった。




「は、はひっ……」




少女達は思わず一歩下がり、ホムラは少女の前で膝をついて帽子を少女に渡して笑顔を見せた。




「帽子は母上に買ってもらったのかい? 」


「は……はぃ」


「とても大切な物だね、もう落とさない様にちゃんと被っているんだよ」




「ぴぇ」


「ふぅん」


「あひぃ」





ホムラの周囲にいた護衛も、見物人の監視をしていた警備兵も動けずにその光景を見ている事しか出来なかった。




「可哀想に、生き遅れますよこんなの」




ホムラの甘美な毒を一度味わった者の末路を知るクリスは少女達に同情の視線を向けた。

何故ならクリスは帝国にいた頃の部隊の隊長や軍の上層部から同じ部隊の同僚が拗らせ、その末路を見て来たからである。


ホムラは立ち上がると見物人達から離れて堂々とした姿で階段まで戻ると再び歓声が上がった。




「……目立ちすぎたなぁ」


「そう思うなら大人しくしてください」



道を歩いていると握手して欲しさに手を伸ばす見物人達、ホムラは困った表情を浮かべながら手袋を外そうとしたがクリスに止められる。




「これ以上は事故が起きます」


「難しいな」


「手を振りかえすだけで充分です。怪我人を出したり警備の仕事を増やす事はホムラ様の望む所ではないでしょう? 」


「それもそうだな」


暫く歩いていると港町の奥にある駐屯地に到着し、海軍の護衛達と別れて中に入ると新たな護衛達がいた。



「スワロテリ連合国第二騎士団団長サリア及び以下二十名、アーガネット男爵の護衛へ馳参じました」


「ホムラ・アーガネットだ。よろしく頼む」




軽い挨拶を済ませ、首都アリアナまで行く道やスケジュールなどの確認をして翌日の朝に港町クレッサを出発することが決定、今日泊まる部屋に案内された。




「狭いかもしれませんが、生憎軍施設でして」


「いやいや、充分に広い」


「その……使用人の方と同じ部屋でよろしいのですか? 」


「あぁ、問題ないよ」


「…………アーガネット男爵は、女性との距離感が近いですね」


「確かに珍しいかもな、殆どの男がまず身内の女に怖じけて女と距離を置く様になるし、地位のある男だとそれが顕著で寄せ付けないとも聞く」


「はい、私の弟も……最近あまり口を聞いてくれないのです」


「弟君は何歳ですか? 」


「十一です……昔はお風呂に入ったり、一緒の布団で寝たりもしたんですが」


「最近同じ様な事をしようとしました? 」


「────はい」


「それですよ、俺も今は慣れて裸を見られても動じる気は無いですが、その頃から恥ずかしくなる生き物なんですよ、それに少しずつ大人になって行く内に貴女の本能を感じて怯えているのです」


「……う」


「俺の場合は帝都でいじめられ、何度も襲われそうになりましたが怯える事をやめ、堂々としてら仕返しをする様になって、必要以上に距離を取らなくなりました」


「なるほど……堂々と、ですか」


「ホムラ様は例外みたいなものですがね」


「ははは、クリスの言う通り俺は変わり者だからな」



外出の許可をもらい、クリスと数名の護衛を引き連れて港町へ向かった。




「アーガネット男爵! うちの店見てみませんか!? 」


「アーガネット男爵! オマケもつけちゃうからウチの魚料理食べませんか? 」



「アーガネット男爵」


「アーガネット男爵」



「「「「「アーガネット男爵!!」」」」」




「まさしく熱烈歓迎、だな」


「どうしますかホムラ様? 」


「パーティーまでまだ時間がある。腹が空いたから適当に串焼きでも見繕うか」


「お望みのままに」




ジリジリと近づいてくる町の人達に護衛は下がる様に声を掛ける。しかし某氏の一件でホムラに親しみを感じた人達はどんどん集まって来る。



「こら! アーガネット男爵は貴族なんだぞ! 無礼な真似をするな!! 」


「構わない」


「しかしアーガネット男爵」



ホムラは前に立ち、静止する様に手を向ける。




「私がここを出るのは明日だ。残り少ない時間で可能な限りこの町を見て回りたいから道を開けてくれ、それと私は腹が減っているから貝の串焼七本と魚の串焼き二本を用意してくれ」




ホムラの鶴の一声で町の人達は自分の店に戻ったり、ホムラの道を開けてニコニコと笑顔を浮かべながら見ていた。




「では行こうか、帝国の港とはまた違う海の幸を堪能させていただこう」




新鮮な魚料理に舌を打ち、その食いっぷりに惚れた町の食堂の主人達はこぞって海鮮料理を振る舞い、ホムラは残す事なく食べ切った。

町のならず者に絡まれた時は触れる事なく追払い、色んな店に顔を出してはお土産を買い、町の人達の生活を聞いて周りすっかり日が暮れてパーティーの時間が近づく




(アーガネット男爵、なんてパワフルなお方なんだ)



護衛達はホムラに恐れ慄いていた。自分達の知る男と言う生き物との違いにギャップが凄かった。



「ご満足いただけましたか? 」


「あぁ、何より解決せねばならないとより決意が湧いたよ」



ホムラは目を細めて町の人達を見つめる。




「やはり民の生活を守るのは私達貴族なのだよ、この笑顔、この暖かなモノを守ると剣に誓おう」


「ならホムラ様、あそこにいる困った民はどうなさいますか? 」




クリスが指をさす先には人混みで母親とはぐれた少女が泣いている。ホムラは無論と言い残して少女の元へ跳ねた。




「クリス様!? 」


「よく見ておいてください、これから貴女達が守る男の姿、守る事のその重さを」







「おかーさーん! どこー!!」




少女は泣きながらあっちへウロウロ、こっちえウロウロと歩いていた。大人達も困った表情で少女を見ていた。


既に警備兵には通報しているがまだ母親が見つかった連絡も無く、あまり遠くに離れない様にと何人かが少女を保護していた。




「この花を一輪いただこう」


「あっ──」




「うぇぇぇ……」



「えっ!? 」



「アーガネット──」


少女が肩を叩かれ振り向くと一輪の花を胸の前で掲げるホムラが立っていた。



「泣くのはもうおやめ」



ホムラは膝をついて少女の髪に花を差し、そのまま抱えて立ち上がる。




「お嬢さん、君のお名前は? 」


「ベラ、ベラ・スワーチュ」


「よろしい、ではベラよ、貴女は高い所は平気かな? 」


「……うん」


「よろしい、しっかり捕まっていなさい」




「うわっ!? 」


「す、凄い!! 」


「飛んだぁ!? 」




少女を抱え、身軽に屋根の上まで軽やかに飛び跳ねたホムラは少女に周りの景色を見せる。




「下にお母さんはいるかい? 」


「ううん」




「アーガネット男爵ー!! その子のお母さんは赤髪で小柄な若い人だよー!! 」


「少し目が悪いんだ!! 」




「すまない! 感謝する!!」




ホムラは少し考え込み、歌を歌い始めた。町の喧騒を擦り抜ける低く澄んだ声、演劇の様に大袈裟に演じながら一人の少女が迷子である事を伝える歌、その歌が町の人達に知れ渡ると母親を連れて警備兵達がやって来た。



「おかーさん!! 」


「あぁ……!! ごめんなさい、ベラ! お母さんがうっかりしていて」


「落ち着いて、今降ります」



少女はフワッと浮いた感覚に驚きホムラの胸元を握り、母親と再開できて安心したのかふと顔を見た。




(かっこいい……! )




低く優しい声でずっと語りかけてくれた主の穏やかであり、凛々しくもある表情に少女は見惚れ、心に淡く浮かんだ気持ちが何なのかを理解するのはもう少し大人になってからだった。

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