第27話 ゴブリンの集落(二)
ゴブリンの集落は、大陸からほぼ直角につき出した半島の、中央付近にある小山の麓にあり、海に面した側が高い木々で囲まれていた。そのため大陸側から探しても集落が見つからない仕組みになっている。
家は木を斜めに組んで、その上から大きな葉っぱを重ねただけのものだ。
連れてこられたニャウたちは、そんな家々に囲まれた広場に引きだされた。
彼女たちの周囲では、槍を持ったゴブリンの戦士たちが、いつでもそれを突きだせるよう構えていた。
そんな戦士の後ろに、家々から出てきたゴブリンたちが集まってくる。
ニャウたちは、戦士とゴブリンの住民から、二重にとり囲まれてしまった。
逃げるにしても、これではどうしようもない。
「族長が通るよ、族長が通るよ」
人ごみを割って出てきたのは、小さなドラを鳴らしながら歌い踊る、ゴブリンの子どもたちだった。
その後ろから姿を見せたのは、ゴブリン族としても、ことさら小さな老人だった。
白い骨のようなものを繋げたネックレスを首にかけ、褐色の袖なしを羽織っている。彼の背に余る長い白杖を手にしていた。
ニャウたちに槍を突きつけている戦士たちを除いて、ゴブリンたちみんなが両膝をつき頭を垂れた。
ダカットの指示で、ニャウたちもそれをまねて頭を下げる。
「人族の子よ、なぜゆえ我らの地を訪れた?」
老人の声は、穏やかだがよく通るものだった。
「ジル爺、ニャルねえさんたちは、おらの話を聞いて村を助けに来てくれたんだ」
ロタが顔をあげ、老ゴブリンに話しかける。
「ロタよ。わしは人族の口から直接言葉を聞きたい。もちろん、われわれに通じる言葉でな」
そんなことできるわけがないと思っているのだろう。ゴブリンたちの顔には、からかうような、あるいは馬鹿にしたような表情が浮かんでいる。
だが、ニャウが話しだすと、その顔が驚愕に染まった。
「こんにちは、私はニャウといいます。タイラントの街から来ました。ロタから聞いていましたが、あなたがジルさんですね」
「ばっ、馬鹿な! なぜ人族が我らの言葉を!?」
「あの生きものはなんだ? 光の玉から急に現れたぞ!」
「もしや、言いつたえにある精霊の御子か……?」
ジルが答えるより先に、ゴブリンたちが騒ぎはじめた。
「みなのもの、静まるのじゃ。わずかばかりの間、我らの言葉を話すこの娘の話に、耳を傾けようではないか。誇り高き我らの言葉をつかう人族など初めてじゃ。
村が危機にある今この時に、そのような者が現れたのは、きっと精霊様のおぼしめしによるものじゃろうて。人族の娘よ、約束通りそなたの話を聞こうではないか」
「ジルさん、どうもありがとう。それでは、人族の街で魔獣退治を仕事にしている人たちからの意見を伝えるね」
こっからは、ニャウにかわってダカットがゴブリンたちと話すことになった。
ミャンを抱えたニャウが隣に立っているので、彼が話す言葉もゴブリンに伝わることになる。
「人族の中で魔獣相手の仕事をしている者を冒険者と言います。その集まりであるギルドは、今回の件に関し、あなたがたに次のような協力をお願いします」
ゴブリンたちは、ダカットの言葉におとなしく耳を傾けていた。
「半島のつけ根には、砂州があります。あそこは細くなっていて、魔獣の群れが一度に渡ることはできません。ゴブリンのみなさんには、少しの間でよいから砂州のところで魔獣をくいとめてほしいのです。その隙をついて、冒険者たちが群れの背後をつきます」
さすがに、ここまで聞くとゴブリンたちが黙っていなかった。
「どういうことだ!? 人族を信じろとでもいうのか?」
「その作戦だと、もし人族が戦いに加わらないと、この集落は全滅だぞ!」
「そんなことより、人族が助けにくるかどうか怪しいもんだわ!」
人族に対するゴブリンの不信感は、ニャウが思っていた以上だった。
このままでは、冒険者とゴブリンの連携が取れない。それは、ゴブリンたちにとっても、タイラントの人たちにとっても、破滅を意味していた。
ニャウはダカットとは相談せず、自分の考えを伝えようと決めた。
「ゴブリンのみなさん、今までいろいろなことがあって人族のことが信じられないのも理解できます。ここにいるロタのお父さんも、人族に殺されたと聞きました。
それでも今だけは、お互いに協力して魔獣と戦ってくれませんか? この後、私たちの仲間は街へ帰りますが、私だけは最後までここに残り、みなさんと一緒に戦うつもりです」
「お、おい、ニャウちゃん! なんてことを! なんでそんな約束をしてしまったんだ!」
冷静沈着なダカットらしからぬ慌てた声が聞こえてきたが、ニャウはそれに耳を貸さなかった。
「みなさん、どうか私たちを信じてください。この地を守るために、あなたがたの家族を守るために、一緒に魔獣と戦ってください。勇敢なゴブリンのみなさん、どうか力を貸してください。よろしくお願いします」
ニャウが頭を下げ、話はそこで終わったが、ゴブリンたちは三々五々に分かれ、議論を始めた。
緊張が解けたニャウは、力をつかい果たして地面に座りこんでしまった。
その周囲をダカット、テトル、タウネ、バックスがとり囲む。
「ニャウちゃん、君は本当にここに残るのかい?」
ダカットは、明らかにとがめる目つきでニャウを見ている。
「ニャウ、緊張しなかったか?」
テトルは先ほど何が話しあわれたか十分には理解していないのだろう、いつも通りお気軽な感じが抜けない。パーティリーダーとして頼りないことこの上ない。
「あんただけをここに残すなんて許せるはずないでしょ。あたしもここに残るからね」
タウネは断固とした口調でそう言った。さすが頼りになるお姉さん役といったところか。
「魔獣の足止めをするなら、大楯がきっと役に立つと思うぞ。おいらもここに残るぞ」
タウネとバックスの意見を聞いて慌てたのはテトルだ。
ここに来てやっと事態の深刻さがつかめてきたようだ。
「えっ? みんなここに残っちゃうの? それってめちゃくちゃ危なくない? 一度、みんなで街まで戻ろうよ。ボクら、いや、俺たちってただの連絡役だろう?」
「テトル君の言うとおりだよ。君たちにそこまでの仕事は依頼していない。ここに残れば命の補償はないよ」
ダカットのことさら鋭い口調は、彼が口にしたことが冗談ではないと強調することになった。
そんな彼らのところへ、七、八人の老ゴブリンが近づいてくる。
「ニャウといったかの、人族の嬢ちゃん。感服したぞ。そなたの言うことなら信じられる。ともに魔獣と戦うてくだされ」
「こんな若い娘さんに恥ずかしいとこ見せられないよ。あたしらも協力するよ。ぜひ村を救っとくれ」
「人族とは思えぬ勇気じゃよ。娘さんがゴブリンなら、ぜひ
それを聞いたダカットが天を仰ぐ。
「ああ、こうなってしまうと、もう断るのは無理ですね。ニャウちゃんが残らないなんて言ったら、ゴブリンたちの協力を得ることはできないでしょう。君の発言を止めなかった自分自身が許せませんよ。護衛役として失格ですね」
最後に思わず秘密をばらしてしまったダカットだが、ニャウたちがその言葉をとがめることはなかった。
冒険者としてはるかに格上の彼が同行すると決まった時点で、彼の立場はそういうものだろうとパーティで話しあっていたからだ。
「ゴブリンからの協力を得られたとは、すぐにギルドへ伝えなければなりません。私は、今すぐここをたって街へ戻ります。同行したい人は、申しでてください。ここに残れば、命の危険にさらされることをよく考えて行動してください」
ダカットの言葉に答えたのは、タウネだった。
「冒険者になったとき、いつか命の危険にさらされることはわかっていました。ご心配はありがたいのですが、私たちのパーティはここに残ります。シスターから、冒険者はどんなときでも生きのびなければならないって言われました。今がその時だと思います。
それでも万が一のことがあったら、孤児院のシスターに私たちの最期を伝えてください」
いつになく丁寧な口調でそう言い、ダカットに頭を下げるタウネ。
続いてニャウたち三人も頭を下げた。
「ニャウちゃんだけでなく、パーティ全員がここに残るってことだね?
君たちが決めたことだ。私がとやかく言う筋合いはないな。だけど、どんなことをしても生きのびるんだよ。では、お先に失礼するよ」
駆けだしたダカットは、跳ねるような足取りで、砂州へ続く森へ近づいていく。
ゴブリンの戦士が一人、そんな彼を止めようとしてか大きく両手を広げたが、ダカットはまるでそれを擦りぬけたとした思えない速度で、あっという間に森へ姿を消してしまった。
さすが銀ランク冒険者である。
後に残されたニャウたちは、ロタ少年の案内で彼の家まで案内された。
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