三 -1-

 遠くの方から、風に乗って人々の喧騒が聞こえる。

 俺は地面に座り込んだまま、ただただ呆然としていた。だが、腹の奥の方を揺らすような、大きな花火の音に我に返った。打ち上げ花火が始まったんだ。

「まっつん……隼人……まっつーん! 隼人ー!」

 立ち上がり、二人の名を大声で呼ぶ。

 当然のことのように、返事はない。謙介がしていたように、持っていたスマホの照明をつけ辺りを見渡す。だがそこは先程とは様変わりしていて、深い藪が茂っているだけだ。木々の影が色濃くなるだけで、二人の姿が見えることはない。

「くそ……何が起こってんだ」

 思わずぼやきながら、こうしていても埒が明かないと、俺は藪を掻き分けながら来た道を戻る。歩いていた時間的には五分程度だっただろうか。元いた舗装道路からそう遠い距離でもなかったようだ。

 視界が開け、舗装道路に戻る。真正面に、金色の大きな花火が上がっていた。

 夏の夜空に浮かぶ、大輪の花。確かにこの山からは、花火が綺麗に見える。

 先程までだったら、この花火を見て、きっと謙介と一緒に歓声を上げられただろうに、今は全くそんな気になれない。

 次に上がった花火の光を受け、俺たちを待ってくれていたらしい、穂香ちゃんと葵ちゃんの影が浮かび上がった。

「大野先輩、大丈夫ですか? お友達は見つかりましたか……あれ、松前先輩は?」

 駆け寄ってきた穂香ちゃんの問いかけを受けながら、しかし俺は周囲を見渡す。

「まっつん、やっぱり戻ってきてねぇのか?」

「はい、大野先輩のこと追いかけていって、それきり」

 その返答を聞き、俺は再び頭を抱えてしゃがみ込む。あの、俺が謙介に弾き飛ばされた瞬間に一体何があった。

 いくら思い出そうとしても、ただ瞬間的に全てが消えたとしか思えない。

「一体、何があったんですか?」

「謙介が消えたんだ。隼人も……女の人がこっちに手招きしてて、隼人を追いかけて行ったら森の中に神社みたいなのがあって。まっつんが戻ろうって言ったのを俺が引き止めて。でも、まっつんが俺を何かから逃がすみたいに突き飛ばして、消えた。隼人もまっつんも、神社みたいな建物ごと消えたんだ」

 問われるままに、口をついて出るにまかせて全てを話しきった。自分でも支離滅裂だったと思う。冗談だと思われるだろう。冗談だとしても何の面白みもない、こんな話。

 話している俺自身だって信じていない。

 だが、何故だか俺と視線を合わせるようにしゃがみ込んだ穂香ちゃんの顔は、真剣そのものだった。

「大野先輩。七瀬くんのところに、行きましょう」

 何かに怯えるように、自分の震える手を抑えて。穂香ちゃんは真っ直ぐに俺を見つめてくる。そこには、俺の言葉を疑っている様子は微塵もなかった。

「七瀬?」

「七瀬白くん。私のクラスメイトなんですけど。大丈夫です、彼なら、きっと助けてくれます。私も前に危ないところを七瀬くんと松前先輩に助けてもらったんです」

 返事に、そんな場合でもないのに思わず笑う。

「また白かよ」

「大野先輩?」

 俺のぼやきに、穂香ちゃんが怪訝そうな顔をしていた。だが、こんな時に妙な意地を張っている訳にはいかない。

「いや、ごめん。そうだな、行こう……俺は、穂香ちゃんを信じるよ」

「はいっ! 私、七瀬くんの家知ってるんです。そう遠くないので、走って行きましょう」

 穂香ちゃんは何か気合が入ったようで、そう意気込んで立ち上がる。

「穂香……?」

 側で全ての話を聞いていた葵ちゃんが困惑した様子で声をかける。

「葵ごめん、私達行かないと……危ないから、真っ直ぐ家に帰って。大丈夫?」

「うん。穂香も気をつけて」

「ごめんね。ありがとう」

 何の話か全く分かっていないはずなのに、葵ちゃんも素直に頷いて送り出してくれる。本当に良い子たちだ。

 次の瞬間、俺は驚いた。穂香ちゃんは履いていた下駄を脱ぎ、その手に持ったのだ。つまり裸足だ。そして俺のことを振り返る間もなく走り出す。

「葵ちゃん、気をつけて帰るんだぞ!」

 後に残す葵ちゃんに声をかけてから、俺も慌ててその後を追う。

 穂香ちゃんの走る速度は、その清楚そうな見た目からはとても想像出来ない位に早かった。浴衣姿だというのに地面を蹴るフォームが良くて、もしかしたら陸上部だったのかもしれないと思う。

 山道から市街地に入るが、祭りで賑わっているところは通らずに裏道を選んで、微塵の躊躇いもなく進んでいく。近くの学校に通っているだけの俺には、どんなルートを通って、一体どこを目指しているのかも分からない。

 ただ彼女の後に続いて走っていると、さっき居た井槌山とはまた違う、確か謙介が神保山と言って指し示していた方へと近づいていくようだ。

 民家が少なくなり、反比例するように緑が多くなっていく。と、道からそれて石段を駆け上がる。俺はそろそろ息が切れてきた。

 石段を上りきった先には、これまた古めかしい大きな日本家屋が現れる。穂香ちゃんが走ってきたそのままの速度で玄関へ近づいた瞬間。戸を叩く前に内側から開いた。

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