好奇と流布
「行方が、わからない……?」
シオンが目を見開いて聞き返した。鳩崎は弱った様子で視線を落とすと、頷いた。
「本日は朝から記者会見が開かれることになっておりまして。その関係で会社の者が旦那様に連絡を取っていたのですが、何度電話をかけても通じないとのことでした。不審に思った者が旦那様のマンションを訪ねたところ、そこに旦那様のお姿はなかったのです」
「そんな、どうして……?」
シオンは心配そうに眉根を寄せた。鳩崎はちらりとシオンの方を見やると、しばらく逡巡するように口元に手を当て、やがて声を潜めて言った。
「……これは内密に願いたいのですが、どうやら会社の者達は、旦那様が故意に姿をくらませたのではないかと考えているようでございます」
「どういうことですか?」
シオンは困惑して鳩崎の顔を見返した。鳩崎は辺りの様子を窺うように廊下を見回すと、シオンの方に顔を近づけて小声で言った。
「実はこのところ、旦那様の会社は経営状態が悪化していまして、多額の負債を抱えている状態なのでございます。マスコミでは連日旦那様の経営責任が取り沙汰されており、近頃は坊ちゃまもその対応に追われておりました。
本日の記者会見は、高瀬川不動産としての公式の見解を初めて述べるもので、世間でも注目を集めていたのですが、それだけに旦那様も重圧を感じていたのではないかと……」
「それで……麗二は、麗二はどうしたんですか!?」
シオンが鳩崎にすがりつくようにして尋ねた。鳩崎の難しい話の中でシオンが理解できたのは、麗二が何か大変な目に遭っているということだけだった。だが、麗二あの慌てぶりからして、彼の置かれた状況がさらに厳しいものになったことは間違いない。
「坊ちゃまは会社の方に向かわれました」鳩崎がため息をつきながら言った。「旦那様の所在が知れないということであれば、今日の会見は中止にせざるを得ません。ですが、マスコミからの批判は避けられないでしょうな……。坊ちゃまも経営に関わる立場のお方ですから、坊ちゃまに矛先が向けられる可能性もあり得ましょう。ですが坊ちゃまは繊細なお方。厳しい批判にさらされ、どこまで心身がお持ちになるか……」
「そんな……」
相変わらず難しい鳩崎の話の中で、麗二が何か恐ろしいものに立ち向かわなければならないということだけは、シオンにも痛いほど理解することができた。
シオンは麗二のことを想った。疲れた様子で肩を落として、暗く沈んだ瞳で虚空を見つめる彼の姿が浮かぶ。シオンは麗二が心配だった。父親がいなくなっただけでも辛いはずなのに、さらなる苦しみを重ねなければならないなんて――。
シオンはやるせなかった。麗二が置かれた状況もさることながら、麗二から離れたところで、これ以上彼を苦しめないでほしいと願うことしかできない自分が、何よりももどかしかった。
鳩崎の予想した通り、マスコミからの糾弾は凄まじいものだった。
博文の失踪を報告した途端、マスコミはこぞって経営陣が説明責任を放棄したという抗議を繰り返し、会社側の釈明を聞き入れた者は一人もいなかった。
直ちに警察による捜査が行われ、その結果、博文が本当に失踪したらしいことがわかると、今度は彼個人に対する凄まじいバッシングが巻き起こった。ニュースや新聞では連日この事件が取り上げられ、高瀬川不動産のこれまでの経営の在り方や、博文の人となりについて、各社が独自の見解と称した憶測を書き連なっていた。
マスコミの中には、会社側が故意に社長の存在を消したという途方もない説を取り上げる者もいた。経営の問題が明るみに出るのを防ぐために、内部の者が社長の口を封じたのだと。
容疑者として様々な人間の名が取り沙汰されたが、中には麗二の名を挙げる者までいた。父親の補佐という役割では満足できなくなった麗二が、会社を自分のものとするために父親を手にかけたのではないかと。良識で考えれば馬鹿げているとしか思えない説だったが、刺激に飢えた一部の大衆はこの話題に飛びつくことになった。
そんな経緯があり、今や麗二の姿をメディアで見ない日はなかった。数多くのマスコミが彼の行き先に現れ、容赦ない質問の雨を浴びせかせた。経営者の一端としての責任を問い質す声、父母の両方を失った被害者としての心情を求める声、父親の失踪に関する容疑者としての弁明を求める声。多くの心ない声が、麗二の繊細な精神を確実に蝕んでいった。
どこに行ってもマスコミにつけまわされる麗二は、今やほとんど屋敷に帰ってくることはなかった。シオンは彼の姿を〈テレビ〉や〈新聞〉ごしにしか見ることができなかったが、その姿は日に日にやつれていくように見えた。
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