第3話 感染

 ゾンビに噛まれたらゾンビになる。


 古来から伝わるゾンビのしきたりは今回も通用するようだった。だから人々はまずはゾンビに接触をしないことを心がけた。でもゾンビになるのは噛まれた人だけではなかった。いわゆる「空気感染」をしているようだ、という情報が駆けめぐったのは、隕石の落下から1週間ほど後のことだ。


 ゾンビに噛まれたわけでも、傷をつけられたわけでもない。ただじっと室内に隠れていた人々でも、ある時、急に苦痛を訴え、そのまま死亡にいたる。その後、しばらくしてゾンビになって甦るというケースが散見されたのだ。

 何かの粒子なのか、空気中を漂うウイルスなのか……原因もわからなければ、対処法もわからない。それでも生きたまま噛みつかれて、脳みそを吸い出されるれよりは、部屋にじっとこもってゾンビになるのを待つ方がずっといい。人々はそう判断し、街を出歩くものは誰もいなくなった。


 街にうごめくのはゾンビだけ。大半の人々は、ただじっと部屋にこもり、訪れる運命を受け入れることを選んだ。





 僕と彼女が「感染」したと思われるのは10月15日のことだ。


 同棲するこの家で、テレビから流れる有様に恐怖していたときに、唐突に気分が悪くなった。その後、体中に杭を刺されるような激しい苦痛があり、耐えきれなくなって意識が途絶えた。横で同じように苦しんでいる彼女になんの手助けもできなくて、悔しかったのを覚えている。


 ――そして、僕たちは数日たったのち、意識を取り戻した。同じようなケースはニュースでたくさん流れていたから慌てることはなかった。僕たちは死んで、よみがえったのだ。こうして動いているのだから「死んだ」とは言えないかもしれないけれど、僕も彼女も、体は冷たく、心臓がまったく動いていないのは確かだった。


 そうやって、文句を言う暇も、抵抗する間もないまま、僕たちはゾンビになった。



 僕らの状態は、丁度、僕と彼女がゾンビになったその時ニュースでやっていたように、意識を失い、ただ本能に従い、人に襲いかかるという姿からは程遠かった。ゾンビに噛まれて死んだわけではないから、外見もほとんど生前のままだ。もともと「色が白い」とよく言われていた僕なんかは、多少顔色が悪くなった程度の変化だ。

 個体差が大きいのか、何か別の要因なのかそれはわからない。とにかく意識も理性もあったし、今、知り合いに会って、「死んだ」と言ってもすぐには信じてくれないだろう。


 ただ一つ、明確に変わったことがある。それが「脳みそを食べたい」という欲求だ。決して大きな欲求じゃない。でも口の上側が、ずっと、少しだけかゆい。軽度の花粉症やアレルギーの人が感じるようなそんなレベル。容易に意識から締めだすことができだし、我慢するというほどのものでもなかったけれど、紛れもなく、その欲求はそこにあった。


 聞いてみたら、たしかに彼女にも同じような欲求があると言っていた。程度も同程度で激しいものではないらしい。 赤の他人に襲いかからないように君をしばりつける必要はなさそうだ。安心した。そう彼女に伝えたら、肘で小突かれた。


 ――良かった。彼女もまだ彼女のままのようだ。

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