くさった死体は電気羊の夢をみるか

竹野きのこ

第1話 エピローグ

「あぁ……彼女の方が早かったか」


 襲いくる彼女を見つめながら、僕はそう考えていた。抵抗することもなく勢いのままに押し倒され、彼女は僕に馬乗りになる。窓から差し込む西日が、彼女の赤黒い顔をうつし出していた。ああ、この少し吊り上がった目の形が好きだったな。今は赤く血走っていて焦点が合っていないようだ。きっともう、僕のことは僕だと認識できていない。

 彼女の細い腕のどこにそんな力があったのだろう。肉がそげるほどの力で肩をつかまれる。皮膚が破れ、赤いものが染み出すのを感じる。次の瞬間、彼女の顔が目の前に広がり、固いものが僕の頭部にあたった。――歯だ。これが噛みつかれるという感覚か……。そんなどこか拍子抜けた思いが頭をよぎった。


 僕にはもはや痛覚は存在しない。彼女がいなくなった世界では、死に対する恐怖も存在しない。彼女に食べられれば、彼女とひとつになれる。僕に残っていたのは、そんな安堵の気持ちだけだった。




(つづく)

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