第27話 嫉妬?

まだ、『ことだま』での出来事が頭から離れないでいる。

しかし、今日わたしには行かないといけない場所がある。

金曜日の夜が来た。確かめなくては……


しばらく歩いていると、一軒の店が見えてくる。

店の戸には、のれんがかけられており、そこには『おあいそ』とある。

奇妙な寿司屋は、今日も同じ場所に存在していた。

かなえは、店の戸を開けた。


数人の男性客が黙々と回転寿司を食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。

奥では店主らしき人物が寿司を握っている手が見える。

かなえは、店内を見回すと、すでに小鯖の姿があった。

かなえは小鯖の隣へと向かった。


「かなえさん!嬉しいなぁ。まさか、かなえさんから隣に来てくれるなんて」


「あの……、小鯖さんって右利きですか?」


「はい?まぁ、はぁ……」


かなえは鞄からメモ帳を取り出し、小鯖の前に突き出した。


「ここに、左手で文字を書いてもらってもいいですか?」


「はい??」


「『鋤柄』って書いてもらっていいですか?」


「左手で!?難しいなぁ……。これ書けるかな……?サイン集めでもしてるんですか?なら、僕の名前小鯖なんだけど……。かなえさん、この文字がお好きなんですか??」


ぶつぶつ言う鯖に、左手で“文字”を書かせてみた。

それは、想像以上にとんでもなく下手クソだった。

“文字”というよりは、汚い落書きだった。

これは絶対に鋤柄さんではない!!

ついに証明された!!

これで、安心してお寿司が喉を通りそうだ。


回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。

回転する寿司レーンの中に一冊のノートとボールペンが乗った皿が現れた。

やがてそれは、かなえのもとへと回ってくる。

そこには、『書いたらお戻しください』とあった。


そうだ、今日このノートで尋ねてみるという方法がある。

鋤柄さんに、マグカップの絵柄はいつもどちらを向いているか、是非尋ねてみよう。


かなえは動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。

かなえは、ノートを開く。

そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”が書かれていた。


『そういえば、かなえさんに聞きたいことを書くのを忘れていましたね。あなたにはもう、素敵な方がいるのではありませんか?』


!!!

えっ……、鋤柄さん!?

なにそれ!?どういうこと??

てか、これが、鋤柄さんからのはじめての疑問文!?


なんで知ってるの?知ってるってのもおかしいけど。

これって、横で鯖を食べるこの鯖男のこと?

いや、それとも大河原さん!?

違うの、これは!!

待って、鋤柄さん、一体どこで見てるの!?

まさか、今、この中に鋤柄さんがいる!?


かなえは、立ち上がって辺りを見回す。

周囲は黙々と寿司を食べている。かなえのリアクションにも無反応だった。


ダメだ、もはや全員が鋤柄さんに見える……。

もしかして、鋤柄さんは、わたしのことを知ってる??

わたしが“中条かなえ”だって知ってる??

でも、その可能性は十分にあった。

何故ならわたしも“鋤園直子(仮)”だからだ。

知ってて近くで見ている可能性だってあるんだ。

鋤柄さんは、いつも身近でわたしを見ている人?

急に怖くなった気もする……。


え?というか、これ、鋤柄さん拗ねてる?

もしかして、嫉妬?これ、嫉妬してるの?

そんなことあるのかな……。

いや、そんなことあるわけない!

わたしはそんなイイ女じゃない。嫉妬されるような女じゃない。

なら、逆に恋のキューピット?

鋤柄さんは、この横にいる鯖男との恋のキューピットってこと!?

そんなの、めちゃくちゃ嫌!!


「あーー!鋤柄さん!!」


店内にかなえの声が響いた。

周囲は黙々と寿司を食べている。かなえの声にも変わらず無反応だった。

一人だけ反応したのは、隣にいる小鯖だった。


「大丈夫ですか!?」


わたしはこんな鯖男全く好きではありません!!!

わたしが好きなのは……

わたしが好きなのは、鋤柄さんです。


書けない……

そんなこと、このノートには書けない。

だって、鋤柄さんまた消えちゃうでしょ?


ん?あれ?これ裏にも何か“文字”が書いてある!?


かなえは慌ててノートをめくった。

そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの更に続きの“文字”が書かれていた。


『僕は、魚鋤なべをします。鋤柄なので。せっかくなので、今度は外に出て、河原で鯖でも入れて煮込んでみますか?』


かなえは驚きのあまり、ノートを落とした。


鋤柄……さん?

突然、こ……怖すぎる!!!

“河原”で“鯖”でも入れて!?!?

鯖って……この横にいる、鯖男のこと……!?

鯖を煮込む!?

河原で?河原って……あの大河原さん!?


怖い怖い怖い!!

え、どういうこと!?

こんな鋤柄さん、見たことない!

まぁ、本当に一度も見たことないんだけど。


鋤柄さんの、はじめての質問は恐ろしいほど怖かった。

え、これ……。わたし、どうお返事するの???


結局、お寿司は喉を通らなかった。

あの、わさびなすですらも。


“鋤柄さん、『ことだま』にも行かれてるんですか!?”

その返事は、直接ノートには書かれていなかった。

けど、ノートの“文字”が全てを物語っていて、鋤柄さんはわたしの全てを知っているかのようだった。


かなえはしばらく考えた。

そして、ノートにある“鋤柄直樹(仮)”の“文字”に返信でもするように続きを書いた。


『わたしは、ラーメンが鋤です。お寿司が鋤です。そして、目に見えないものが鋤です。わたしはやっぱり怪人じゃないみたいです。素直に生きられない。このノートの中でだけ、鋤柄さんの前でだけ、わたしは素の自分でいられるんです。』


かなえはノートを閉じると、回転するレーンにノートとボールペンを戻した。


かなえは、好きなのは“小鯖”でも“大河原”でもないと思わせることに必死だった。

鋤柄の“文字”は怖かったが、これでまた鋤柄が消えてしまうことも怖かった。

好きだとは書けない。逢いたいとも書けない。

“好き”と書けないからこその、せめてもの“鋤”だった。

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