蒼い海に青い空。それらは何も現世の者たちだけの物ではない。現世に限りなく近い所に現世ではない場所……【道】と呼ばれるその場所に、人に望まれ人に想われて生じた【艦霊ふなだま】と呼ばれる神々。彼らは人と共に海に生き空に焦がれ暮らしている。そして、別れには時として痛みが伴うことがある。



陽凪はるなが死んだ。安らかとは言い難いその死に顔が、魂抜きを拒んだ【艦霊】の末路を表していた。彼を看取った者たちは皆一様に言葉を失い、彼の終の住処の主であった【座敷童マイノ】も沈痛な面持ちで消えていく体を見送った。勿論、その中にはDDHだった彼を親のように慕っていたSH60-jの【フナダマ】彰の姿もあった。彰は陽凪の体が見えなくなると、ふらりとどこかへ行ったきり戻ってこなかった。


彰が居なくなって三日が経った。航空機のお守役であるDDHは、他艦種の干渉を拒否し捜索に当たっている。これまであまり意識はしていなかったが、彰は他者に依存するタイプの【フナダマ】だ。慕っていた者の消失で不安定ならば、早く見つけてケアするべきなのではと俺は思う。しかし、DDHたち……【ひゅうが】と【いせ】は依然として見つけたような素振りは見せない。ただ、彼らの従える【魚】たちだけが忙しなく働いているように見える。

「ちょっとだけなら、いいよな」

机に書きかけの書類を残し、外へ出る。頭の中で『来い』と命じると、俺の使い走りの【魚】たちが集まってくる。

「彰を探せ」

【魚】たちに命じると、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの思う方へと捜索に向かう。ああ見えて優秀な【魚】たちだ。きっと早い段階で彰を見つけることができるだろう。俺も彰の痕跡を見つけるべく、周りを見る。ほんの少しの違和感も、探す手がかりにはなるだろう。灰がかった砂の地面に面白味もない雑草が生えた特に異常のない風景が広がっている。風に揺れる木の上から燕の形をした【鳥】が俺を見つめている。あの【鳥】は彰の【鳥】ではないだろうか。後にでも役に立つかもしれない、【鳥】のいた位置を記憶し、航空機の好む樹上を重点的に見ていく。その間も【鳥】は俺から目を離さず、そればかりか着いてきているようだ。

「……お前、なんか知ってるか?」

聞いてみるが、【鳥】はプイッと顔を背けてしまった。航空機の【鳥】は気難しい事が多いので期待はしていない。そのまま捜索を開始しようとした時だった。視界の端に黒いものが掠める。【魚】が帰ってきたのだ。【魚】は俺の制服の端を咥えてひっぱる。どうやら発見したらしい。

「案内しろ」

【魚】は袖を離し空を泳いでいく。それに従い駆け出せば【鳥】もその後を追ってくる。【魚】もだが【鳥】が考えていることも俺には一切分からない。しばらく走ると【道】の外れの磯に着いた。あまり手入れされていないためか、どうしても海苔や牡蠣で足場が悪い。それでも【魚】は迷わずに俺を先導する。足を踏ん張り、牡蠣をたまに踏みつつ進む。【魚】は奥の岩場を示した。小さな岩穴のようになっているそこを覗きこめば、潮でドロドロに汚れた彰が岩の壁にもたれ掛かり目を閉じていた。

「……【はるな】?」

蚊の鳴くような声で彰が言う。【フナダマ】の中でも、無口な部類にはいる彼の声を聞いたのは実に久しぶりだ。

「残念。 【こんごう】だ」

「……【こんごう】」

「帰らないのか?」

「…………」

俺が答えると彰は感情の読めない声で俺の名前を繰り返したきり黙りこんでしまった。

「みんな心配してるから帰るぞ」

そう声をかけ、彰を岩穴から引っ張り出す。少しは抵抗されるかと思ったが、軽いその体は素直に俺の背中に納まった。ずっと後に着いてきた【鳥】は彰の肩に留まり、主を確かめるように二、三度つつくと屋敷のある方へ飛び立った。もしかしたら先触れになってくれるのかもしれない。背中からは安らかな寝息が聴こえる。想像していた以上に元気そうで少し安心した。足元の海苔と牡蠣に注意しながら帰路に着く。屋敷にてDDHへ彰の身柄を預ければ、俺のできることはなくなる。この時の俺は本気でそう思っていた。


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