第21話:幼馴染は知る「ぶー……」
俺たちは再び、キッチンに降り立つ。
さて、俺が今回教えるものは、東城が作ったようなシンプルなクッキーではない。別にシンプルなやつでもいいのだが、そこは気分。凝ったクッキーが食べたかったのだ。凝ったといっても簡単だけどな。
「というわけでラングドシャチョコクッキーを作っていきたいと思います」
「よろしくお願いします」
俺の脳内に、3分クッキングで有名なBGMが流れ始める。
ラングドシャと言えば、そのサクサクとした軽い食感が特徴のクッキーだ。そのまま食べても良し、チョコをサンドしても良しの葉月も大好きなクッキーの一つでもある。
「じゃあ、まずバターから」
俺は東城によく見ておくようにいい、無塩バターをボウルの中でクリーム上になるまで泡立て器で混ぜ合わせていく。
そこに粉糖を投入し、さらに混ぜる。
俺がやっていることと同じことを俺の隣でやらせた。
次は卵白だ。ここで二回に分けて卵白を入れ、同じように混ぜ合わせる。
「なんで卵白だけなの? 卵黄は使わないの? もったいないわよ」
「ああ。それは、使う部分によって食感が変わるんだ。卵黄が加われば、生地がそれだけ脆くなる。普通のクッキーならそれでもいんだが、ラングドシャの場合、薄めに作るから卵黄を混ぜると割れるんだ」
「へぇ……そういうもんなのね」
「……東城って何か作る時、レシピ調べないの? 後、分量とか」
「何が必要かくらいは見るけど、後は大体分かるでしょ。分量も勘よ。勘」
ああ……。なんで美味しくないのか分かった。
というか、基本的にちゃんとレシピ通り作れば、マズいわけがないからな。その勘、全く当てになっていないことにいつになったら気づくんだ?
「そういうのはしっかり調べて、測ってこそ美味しいものができるんだ。プロや、数をこなして慣れてるならまだしも、東城みたいなド素人はそんなの以っての外だ」
「ド素人!?」
東城はこちらをギロッと睨んだ。
「事実だろ。そういうところを変えないといつまで経っても桜庭に美味しい料理を提供なんてできないぞ」
「む……分かってるわよ。悪かったわ」
「そうそう。素直な方が可愛いと思うぞ」
「──かわっ!?」
何慌ててんだか。桜庭もそういう方が好みだろうよ、多分。あ、いや。桜庭の前ではある意味、素直か?
「じゃあ、続きをやっていくぞ。次に薄力粉とアーモンドプードルをふるいにかけながら入れて混ぜる」
「プードル? 犬?」
「もうツッコマないぞ」
「……じゃあ、なんでこれを使うの?」
東城は顔をしかめながら、ふるいを差して言う。
「薄力粉が玉になるからな。細かくしてから混ぜ合わせるんだ」
「ふーん?」
「まぁ、これをちゃんとしないと食感もおかしくなってくるからちゃんとするように」
東城が分かっていないような顔をしていたが俺は気にせず、ボウルの中のものを混ぜ合わせる。
そして混ぜ合わせたものを後はクッキングシートに乗せ、適度なサイズにして、オーブンに入れる。170度で10分ほど。
「な? 簡単だろ?」
「ま、まぁ、そうね! 思ってたよりかは」
「さて、その間にチョコレートを湯煎して溶かすぞ」
「……電子レンジは使わないの?」
また、俺に何か言われると思ったのか、少し躊躇いがちに聞いてきた。流石にこれまで自分がやってきた方法に疑問を持ち始めたのだろう。学ぶ姿勢があるのはいいことだ。
「レンジでもできなくもないが、チョコの滑らかさを保つ適正な温度調節がレンジじゃ難しいんだ。湯煎の方がやりやすい。少し、手間かもしれないがそうした分だけ美味しくなるって思っておくといい。それに今オーブン使ってるし」
「な、なるほど!」
東城はスマホでメモを取る。勉強熱心なことで。
「じゃあ、チョコを細かく刻んでボウルに入れて、湯煎で溶かすぞ」
オーブンでラングドシャを焼いている時間を使ってチョコを滑らかになるまで溶かして行った。
そして10分後。出来上がった、ラングドシャにチョコを塗り、挟み込んで……固まったら完成だ!
「で、できたぁ!!」
「ほら、一つ試しに食べてみろよ」
「う、うん!」
そして東城は一つ作り上げたそれを手に取り、口に運ぶ。
ザクッという心地の良い音が俺の耳にまで届き、うまく焼き上がっていることが分かった。
「ん〜〜〜っ!! おいっしい!! ねぇ! これ美味しい!! もう一個食べていい!?」
「はいはい。食べすぎると太るぞ。イテッ」
「失礼ね! これでも体重には気を遣ってるわ!!」
蹴られた。まぁ、東城の場合、もう少し肉付きがあってもいいかもしれん。特に胸。
じゃあ、俺も一つ頂こう。
俺も同じように一枚手に取り、それを頬張った。
ザクザクとクッキーの軽い食感とチョコレートの甘味が口いっぱいに広がる。これだよ、これがクッキーだよ。うんうん。うまいうまい。
俺は自身が作ったクッキーの出来に満足し、思わず頬が緩んだ。隣にいる東城もキャッキャと騒いでいる。
「むぅ。なんだか、二人で楽しそう……」
「お、おう!? 葉月?」
そうして二人で完成を喜んでいると葉月が、スッと現れた。
「私なんて一人でテレビ見てたのに……」
どうやら一人で放って置かれて拗ねているようだ。
「悪い、悪い。いい出来だったものでツイな。ほら、葉月も食べてみろよ。うまいぞ」
俺は苦笑しながら、ラングドシャの入った皿を差し出した。
葉月の大好きなラングドシャ。きっとこれでご機嫌も取り直してくれるだろう。
「ぶー……」
葉月は不機嫌な顔を崩さないまま、仕方なさそうに皿に手を伸ばした。
葉月は黙ったまま、ラングドシャを食べ終えた。
……あれ? 葉月の表情は変わらない。
てっきり、不機嫌な顔からいつもみたいにパァっと明るい顔になると思ってたんだけど……。
「どうした、葉月? 美味しくなかったか?」
「……おいしかった」
「じゃあ、なんでそんな不機嫌なんだ?」
「……」
「黙ってちゃ分からないぞ」
「わかんない。私もわかんないよ」
まただ。
「ねえ、葉月! どう! 美味しかった!? 私の自信作なんだけど!!」
それさっきも聞いた。というかほとんど俺が作ってたからな?
「うん! 美味しかったよ!! すごいね、あかりちゃん! これなら桜庭くんも喜んでくれるよ!」
「ふふ、ありがと!」
「じゃあ、私、そろそろ帰るね」
「あれ? 葉月、もう帰るの? もっとゆっくりしてけばいいのに」
まるで自分の家のように東城はそう言った。
「ううん、二人の邪魔しちゃ悪いし」
「邪魔ってそんなこと──」
「それに用事思い出したから! じゃあね! 後はごゆっくり!!」
葉月は逃げるように出て行ってしまった。
なんだ急に? 気を遣ったのか?
「……」
「……」
俺と東城は顔を見合わせた。
「とりあえず、片付けするか」
「ええ。そうしましょ」
それから俺たちは散らかったものを片付けていった。
ちなみに今回は試作で賞味期限も一週間程度なので、もう一度前日に作るように言っておいた。
そこまで難しいものではないし、次からは一人で作れるだろう。……作れるよな?
しかし、東城が帰った後、俺が心配していたのは、そのことより葉月の様子が変だったことだった。
◆
こーちゃんの家を出た私は自分の家に戻らず、街へ繰り出していた。
「ああもう!!」
なんでかな? なんでこんなにイライラするのかな。
本当に自分がわかんない。
私は二人がキッチンでお菓子を作っているところを遠くから眺めていた。
私のことなんてまるでいないかのように二人っきりで楽しそうに。
「ねぇ、き──」
そりゃそうだよ。カップルだもん。むしろ邪魔なのは私。そんなことわかってたのに。わかってたはずなのに……。
なんでこんなにモヤモヤしてムシャクシャしてるんだろ……。
私はそんなことを考えながら宛てもなく、歩をどんどんと進めていく。
そういえば、誰かに声をかけられたような? まぁいいや。
気がつけば、私は駅前にまで出てきていた。
そこで私はいつも行っているお気に入りのカフェが目に入る。
私は他の店には目もくれず、その店を目指して一直線に進む。
そして店内に入り、店員さんに誘導されるがままにソファ席についた。
メニュー開き、店員さんに注文をして、私は注文したものがくるのを待つ。
モヤモヤ。イライラ。ムシャクシャ。私の中に今までは感じなかったような認めたくないネガティブな感情が支配する。
「はぁ……」
それを少し吐き出すように小さくため息をつく。
こうイライラする時は──。
「お待たせ致しました。デラックスギャラクシージャンボパフェです」
甘いものだよね!!
私は店員さんの運んできた超巨大なパフェを一心不乱に掻き込んだ。
「ふぅ、お腹いっぱい……」
パフェの容器はもう底が見えていた。それにしてもやはり甘いものは別腹だ。1kgなんて普通の食べ物だったら食べられない。
私は満腹になったお腹を摩っていた。
するとどこからか聞いたことのある声が聞こえてきた。
「いっちゃん、それどんだけ食べるんや?」
「ふみくんも食べたい? あーんしてあげようか?」
「いや、ええわ。俺はもうお腹いっぱいや」
私の後ろの席には史哉くんと一花ちゃんがいた。
先ほどまで私はパフェに集中していたからか、気づかなかったがさっきからずっといたようだ。
声をかけようかな? そう思ったけど、せっかくのデートで二人きりなんだやめよう、とまた少し寂しい気持ちになった。
「にしてもあの二人、今頃お菓子作りでもやってるのかな〜」
「ああ、洸夜と東城? 昼一からやる言うてたし、もうそろそろ終わっててもええ頃やと思うけどな」
むっ?
私は先ほどまで一緒にいた二人の話題が出たことによってそちらに耳を傾けた。
どういうこと? なんで一花ちゃんと史哉くんは今日二人がお菓子作りすることを知ってるの?
「最近は、桜庭もいい感じに東城に優しいみたいやしな」
「いい調子だね! あかりんにはうまくやってほしいよね!」
「そうやな」
あかりちゃん? うまくやるって何を? 桜庭くんにお菓子を渡すことを?
普通に考えればそうだが、たかだか幼馴染にお菓子を作って渡すだけにしては二人の声のトーンは真剣そのものだった。
「まぁ、協力してる甲斐があるってものだよ! ちょっとはづはづにはかわいそうだけど……」
「その割には楽しんでるやろ?」
「……てへっ?」
ううう、何? 一体、何の話をしてるの!? 私がかわいそうってどういうこと!?
私の中で疑問は深まるばかりだった。
「それにしても偽装カップルか。よく考えたもんやな」
「そうだよね〜。初めはどうなるかと思ったけど、意外とうまくやってるのがビックリだよ!! これであかりんがはるとんと結ばれれば、万々歳だね!! あ、ふみくんそろそろ時間!」
「ほんまや、すみません! お会計お願いします!」
二人が席を立ち、レジの方へ向かう音が聞こえてくる。
「ありがとうございましたー」
そして私は一人ポツンとカフェに取り残された。
「偽装カップル? こーちゃんとあかりちゃんが……? あかりちゃんは桜庭くんが好き……?」
私の顔は一体どんな顔をしていただろうか?
自分では分からなかったがきっとニヤけていたに違いない。だってその日の夜は顔が引きつってすごくだるかったから。
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