忘れ得ぬもの 1
「皆様。本日は、お伝えしたいことがあります」
オープニングの挨拶もなく、俺とモカは正座をして口を開く。
「いま、僕たちが西本願寺を散策する動画において、僕がゴミをポイ捨てしたと指摘を受けています」
その件について、まず謝罪をさせてください。と俺は深々と頭を下げる。
「京都を愛し、皆さんに少しでもその魅力を伝えられたらと思い活動をしているつもりがこのようなことになり、申し訳ない気持ちです」
モカは、何も言わない。謝っている間は何も言うなとあらかじめ言ってある。
「弁解をするようですが、わざと捨てたわけではありません。ポケットに入れたつもりが、偶然に落としてしまったというのがほんとうです」
編集でその部分を挿入するつもりだったが、しない。これはライブ配信だからだ。スコッパーに所属するにあたり、今の炎上騒ぎを治めてからと自分たちから申し出た。時間が惜しいのでライブ配信で謝罪を伝え、録画をビューチューブに残しておく。
ライブ配信というのはリアルタイムにコメントが入る。
——いや、あんなのでポイ捨てとか騒いでる奴、動画見てないだけじゃん。
——そこまで謝るようなことか?
と同調的なコメントが次々と画面を横切ってゆく。
——知りもしない人が見当違いに騒ぎ立てて、二人とも可哀想。
十分に、同情を買っている。
——いつもお調子者のハルタ君がげっそりしてる。
それは単に寝不足と過労だけど。
「いかに偶然だったとはいえ、貴重な文化遺産を汚してしまったことは事実です。ですので——」
そこではじめて、モカと眼を合わせる。
「僕たちは、これから一週間、毎日、街の清掃ボランティア活動をします」
——そこまでしなくても。
——マジかよ。
視聴者からのコメントが加速する。
「ネット上の皆さんからの意見を真摯に受け止め、自分たちで話し合った結果です」
ほんとは、モカのお父さんの前で出た思い付きだけど。
「わたしたちは、皆さんに楽しんでもらいたいと思い、動画を投稿しています」
こういうセリフは、モカが言うべきだ。
「わたしたちの動画を観て、笑ってほしいと思っています。そうなるよう、努力を重ねていきます。皆さん、どうか、これからもハルタモカをよろしくお願いします」
再び、二人で頭を下げる。
——応援してる!
——がんばれ!
——モカちゃん、元気出して!
——ハルタ君も!
——ていうか最初に炎上させた奴マジ許せないんだけど。
ライブ配信のいいところは、こうしてリアルタイムでコメントが確認できることだ。俺たちを擁護する声が次々と上がり、内心、胸を撫で下ろした。あとは、実際に俺たちの行動をファンに提示すればいい。誠実でありさえすれば、必ずそれを認めてくれる人はいると信じていたい。
ボランティア。動画撮影。編集、投稿。スコッパーとの打ち合わせも重ね、正式な契約後には事務所所属発表もしなければならない。バイトも休んでしまっているから、明日あたりには復帰しなければ。一日二十四時間しかないのが腹立たしいほど忙しいが、ここで立ち止まってなんかいられない。
そうして、俺は夜通し編集をしてどうにか毎日投稿を途切れさせることなく動画を完成させ、翌日の昼にはアトムの店内にあった。ボランティアは朝イチから行い、その足で出勤だ。
「ほんまに、大丈夫なんかいな」
奥さんが俺の疲れ果てた顔色を見て心配そうな様子を見せる。ブッ倒れて救急搬送され、そのままモカの家でお父さんと対峙。ライブ配信のあと自宅に戻って別の動画の編集をして投稿予約をし、朝八時集合で清掃ボランティアという陸軍特殊部隊のような密度の働きのあとだから無理もない。
「ええ。ご迷惑をおかけしました」
「ちゃんと、休んでんのか」
マスターも禿げ上がった頭をこちらに向け、声をかけてくる。
「すみません。でも、収入が途絶えると辛いので」
「べつに、かまへん。一週間くらい休んでも、給料はシレっと出しといたるで」
「いや、そういうわけには」
「真面目やねえ、相川くんは」
正直、ちょっと点滴をしてもらったくらいで回復するはずもない。しかし、ボランティアをここで止めてしまえば、せっかく消火に成功しつつある火種を再燃させかねない。
モカの、憔悴した顔。それを払拭するように笑う顔。俺と再会したとき。俺が無職なのを知り、眉をひそめた顔。俺のビューチューブをこっそり見たり、入ったコメントのことを心配したり。
正直、結構がさつだし声はでかいし笑うとき大口を開けすぎだし、女性としてはナナコさんの方が十兆倍魅力的だけれど、それでも、モカは俺がいるがために笑えていると言った。
モカに応えること。
誰にも望まれないようになった俺たちが、為しうること。
モカを、笑わせること。大口を開けてもいい。それが、多くの人をまた笑わせる。
俺の力なんて、ちっぽけだ。人を笑わせる才能なんて、たとえばテレビに出ている芸人なら誰でも持っている。
病院で会った看護師さんは、俺の才能のために日々の元気を得ているのではない。ビューチューブという媒体を通した、ハルタモカというあたらしい生命体に触れたがために笑うんだ。
自分たちが楽しむこと。
モカを、もっと笑わせる。
さっきまで一緒にゴミ拾いをしてその様子も撮影していたが、早く会いたいと思った。
モカが笑うと、俺も嬉しい。そう思っている。
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