第3話

二週間後ハリー殿下との婚約は無事に解消されたと父から報告を受けた。

何年間も辛い日々を重ねていたというのに解放は一瞬で信じられない気持ちでいっぱいだ。しかし王城に通わなくなり王太子妃教育も公務もなくなった事が間違いなく婚約解消を意味していた。


「本当に解消したのね」


学園から真っ直ぐ家に帰り、自室でぼんやりする。

今までは王城にて教育を受けているか公務をしている時間帯であった為か妙な感じがする。しかしこれからはこれが当たり前になっていくのだろう。

好きな事を出来る時間を持てる事が嬉しくて頬が緩む。


「アイリス様」

「どうしたの?」


扉の外からレクシーの声が聞こえて返事をする。

何かあったのだろうかと一人首を傾げていると聞き慣れた声が聞こえてくる。


「アイリス、カイだ」


カイ・ハーバート。

私の幼馴染であり、母方の従兄弟でもある三歳上の侯爵子息。グレーブラックの短髪とヘーゼルナッツを彷彿とさせる瞳を持つ高身長の青年だ。優しい性格の持ち主で昔から私を甘やかしてくれるのはいつも彼だった。それから私の初恋の人でもある。

扉を開けば「久しぶり」と片手を上げて笑うカイの姿があった。


「久しぶりね」


最後に会ったのは一年前だ。

その前までは週に二、三度のペースで会っていたけど、昨年からは文官の職に就いた彼と王太子の婚約者として忙しい毎日を送る私では会える時間など皆無に等しかった。


「急にどうしたの?お仕事は?」

「アイリスの顔が見たくなってね。仕事は片付けてきたから心配しなくて良いよ」


大きな手で頭を撫でられ懐かしさと擽ったさで変な感じがする。でも悪くない。

小さい頃はよく撫でられたのだ。しかし私は婚約者を持つ身であった。幼ければ従兄妹同士の無邪気な戯れだと許されるが十歳も過ぎると周りからは止められてしまう。その為、彼が私に触れる事はなくなった。

自分の置かれた状況を理解していた私もカイに撫でて欲しいなど我儘を言えるわけがなかった。

しかし今は私もカイも婚約者のいない身だ。これくらいは許されるだろう。

久しぶりなのに心地良く感じる手に身を任せているとぴたりと彼の手が止まる。


「忙しかった?」

「いいえ。退屈してたところなの」

「それならお茶にしよう。アイリスの好きなローズティーを持ってきたんだ」

「嬉しいわ。レクシー、先にガゼボに行って準備をしてきてくれる?」


畏まりましたと笑顔で礼をして、素早く立ち去るレクシーを見送った後にカイを見れば蕩けるような笑みでこちらを見ていた。

彼は初恋の人だ。どきりとしてしまうのも無理はない。


「アイリス、手をどうぞ」

「ありがとう」


カイのエスコートを受けながらガゼボに向かった。

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