覚醒神化 デジャイヴァー ~並行世界を喰らいあう機動兵器は、精霊と科学技術の結晶~

椿堂 もぐら

第1話 漆黒の機動兵器


「みぃぃつけたー!」


 人狼を連想させる漆黒の人型機動兵器——ケルベロスから聞こえる少女の声。


 ケルベロスは大地を駆け、その勢いのまま拳は大きく振られた。


 拳の先には、象に似た真っ白で巨大な化け物。

 その化け物は拳をなんなく受け止めた。


「なんでっ!?」


 ケルベロスを操る神喰かんじきマリは困惑をあらわにした。


 このネメシス装甲は強い。

 そういってたじゃない!


 マリをつつむ漆黒の装甲。

 精霊の力と科学技術の結晶。

 それは確かに白い化け物——狭間の番人ヘイムダルに対する唯一の対抗手段。


 しかしいまは、その真価を発揮できていなかった。


 ヘイムダルにつかまれた腕などお構いなしに、もう一方の拳でも殴りかかろうとするマリ。


 その意思に反して、ケルベロスはヘイムダルの腕をほどき後方へと飛ぶ。


 マリは苛立ち叫んだ。


「じゃましないで! ベルさん」


 マリの眼の前にホログラムのように浮かぶ長い銀髪の青年。

 精霊ベルゼブブ。

 ベルゼブブは張り付いた笑みで淡々といった。


『焦らないでください。

 いまのマリさんが真正面から攻撃してもあたりませんよ。

 ケルベロスは確かに攻撃特化型ですが……』

 

 マリは眉間にしわを寄せ、ベルゼブブの声を遮る。


「ベルさんは黙ってて! これはわたしがやらなきゃいけないの」


 そうだ。

 わたし以外に誰がやってくれるのだ。

 誰も覚えていないのに。

 まるで、最初からいなかったかのようにいうくせに。


「このぉぉぉ!」


 マリはベルゼブブの制止を振り払い、再びヘイムダルに襲い掛かった。


 しかし、その拳は空を切る。


 ヘイムダルは、がら空きになった胴体に触手を使ってカウンターを入れた。


 くの字に折れ曲がり吹き飛ぶケルベロス。

 マリに訪れる激しい衝撃。


 咳き込みながら、腹をおさえた。

 

 折れてない。

 このスーツもすごい。

 これなら大丈夫。


 ケルベロスと同じくフェムト粒子で構成されたマリのスーツには傷ひとつなかった。


 ケルベロスは再び大地を駆けた。

 大地を蹴って宙を舞い、その勢いのまま蹴りを放つ。


 ヘイムダルは触手でその足をつかみ、蹴りの勢いを利用して投げ飛ばす。


 っつ!


 マリに襲いかかる激しい痛み。

 涙ぐみながらも、マリは再度立ち上がる。


 ベルゼブブは首をふった。


『マリさん。

 このままではいけない。

 気持ちはわかりますが、まだまともに訓練もしていないあなたには荷が重い。今回は援軍を待ちましょう』


 マリは顔を伏せた。


「わたしのなにがわかるの」


 顔を上げ、ベルゼブブを鋭く睨む。

 

「パパはわたしが取り戻す」マリは唇を噛んだ。「信じてくれない人に助けてもらう必要ない。助けてなんか欲しくない」


 そうだ。

 助けてもらう必要はない。

 できるだけ一人でいたい。

 そうしないと、自分が狂ってしまったかのように感じる。


 絶対にダメ。

 わたしが狂ってしまったら、パパを取り戻すわずかな可能性さえ消え去ってしまう。


 ベルゼブブは嘆息する。


『せめて、武器を使ってください。説明したでしょう』


 完全に忘れていた。

 もっと早くいってくれればいいのに。


「ケルベロスが持っているのは大鎌だよね? 鎌の形を念じればいいの?」


『そうです。フェムト粒子はヒトの意思によって物質を具現化します。鋭く大きい鎌を強く意識してください』


 意識を集中させるマリ。

 ケルベロスの掌に、鎌の柄が形成されていく。


 だが、それを悠長にまつヘイムダルではなかった。


 武器の生成に意識を割いていたマリは、ヘイムダルの接近に気づかない。


 ベルゼブブが叫んだ。


『マリさん!』


 マリはびくっと身をゆらす。

 視界に映ったのは触手を振りかぶったヘイムダルだった。


 触手はケルベロスの頭部を正確に打ち払った。


 ケルベロスの身体は横に吹き飛び、頭部は半壊していた。


 武器を作ることに囚われすぎていた。

 敵が待ってくれるはずないのに。


 後悔しても遅かった。

 今度は半壊した頭部を修復することに意識を割かなければいけない。


 フェムト粒子で構成されたケルベロスは、たとえ壊されたとしても元に戻すことができる。


 修復しながら戦うことはそこまで難しいことではない。


 通常ならば。


 しかし、この機体は特殊だった。


 ケルベロスのフォルムは、精霊の宿主であるマリの意思が反映されたものではない。


 ゆえに、マリは自らが操る機体について正確なイメージを持てずにいた。


 イメージが一致しなければ、フェムト粒子の反応は鈍くなる。


 いまのマリにとって、修復しながら戦うことは至難の業。


 それは、右手に包丁をもちながら左手で菜箸を持って別々の料理を作ろうとする行為に等しい。


 ヘイムダルがマリの内心を組んでくれるはずもない。


 真っ白な象のようなヘイムダルがさらに追撃をかけてくる。


 体制を崩したままのケルベロスはただ攻撃を防ぐように身を縮めることしかできない。


 っぐぅ!


『マリさん! 修復のことは考えないで。私が機体を動かします』


 ベルゼブブがケルベロスを動かそうとする。


 しかし、動かない。


『マリさん! 聞こえていますか!?』 


 ベルゼブブの声が幾度となく響き渡る。


 マリは、その声が耳に入らないほど機体の修復に意識を向けていた。


 その驚異的な集中力によって、機体の修復は徐々にスピードを増す。


 だが、ヘイムダルの追撃による損傷の方が大きい。


 このままでは装甲が削り取られるのは時間の問題。


 もう、防御を捨てるしかない。


 防御も修復もすべて捨てたうえで、大鎌の生成だけをイメージする。


 削り取られる装甲。

 激しく揺れる機体。

 揺さぶられる身体を無視して、マリは大鎌を作りきる。


 装甲が削られ穴が開く。

 その穴からマリはヘイムダルを肉眼でとらえた。


 ひるむことなく、大鎌を横薙ぎに振るう。


 ヘイムダルは上下に切り離された。


 マリは追撃をしかける。

 しかし、ケルベロスは後退していく。


「ベルさんっ!」


 マリが目を見張る。


 どうして邪魔をするの。

 あと少しで倒せるところだったのに。


 ベルゼブブはヘイムダルを指さした。


『見てください』


 ヘイムダルを見たマリは驚愕する。


 上下に分かれたはずのヘイムダル。分かれた部分から無数の触手が互いに伸びあって、もとの形に戻ろうとしていた。


『あの回復力を理解したうえで戦わなければ、倒しきれませんよ』


 そういえばいっていた。

 ヘイムダルはケルベロスに匹敵する回復能力を持っていると。


 匹敵? どこがだろうか?


 マリの眼にはケルベロスよりもはるかに高い回復能力を有しているように映る。


 完全に修復が終わり、ヘイムダルは地面を蹴ろうと力をこめた。


 その瞬間、巨大な銛が飛来した。

 銛はヘイムダルの胴体を貫通し、地面に縫いつける。


 続けて現れる新たな人型機動兵器。


 その頭部はまるでコブラのようだった。


 両手に持つ巨大な牙のような武器を次々とヘイムダルに突き刺していく。


 次の瞬間。


 太陽と見まちがえるほどの激しい光がヘイムダルからあふれ出る。


 光の輪が一瞬で同心円状に広がり、ビデオの逆再生のように収縮した。


 雷鳴に似た轟音とともにヘイムダルは消滅した。


 ……ああ。なんで。

 わたしが倒すはずなのに。

 わたしがやらなければいけなかったのに。

 パパ……。


 緊張の糸が切れたマリは、そのまま意識を手放した。

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