第4話・ご指摘はごもっとも


「……アリーはすっかりここの生活には馴染んだようだね?」

「ええ。とても快適に暮らしているわ。ずっとこのままここで一生を終えてもいいくらいよ」


 二人の間には相容れない距離のように、細長いテーブルの端と端に席が用意されていた。私の言葉にキランはスクッと席から立ち上がり、直立不動で深々と頭を下げた。


「済まなかった。僕はきみに最低なことをした」

「頭を上げて。キラン。それは何の為の謝罪かしら?」

「僕はきみのことを何も考えずに婚約解消を求めた。君の事を相当、傷つけたと思う。悪かった」

「今更、謝られてもね。なにも変わらないわ」


 見事なお辞儀角度だ。90度。初めて見た。でも今更だ。謝るなら彼女を連れ帰って来た時にすべきだったのに彼はそれを怠った。その事は私にとっては過去となっている。関係ないねと言えば顔を顰められた。


「本当に済まなかったと思っている」

「……」

「僕は回りが見えてなかった。国王の一人娘であるきみが僕と婚約解消されたなら行き場が無くなると言うことを分かってなかった」

「別にもう気にしてないわよ。ここでの生活は気楽で良いわ。王城で色々、あること無いこと耳にして気にする必要もなくなったしね」

「その事なんだけどアリー。もし、きみさえ良かったら僕の側妃──にならないか?」

「はああ?」


 キランがこちらを窺うように言ってくる。あなたは馬鹿ですか? 思わぬ言葉に言いそうになった。


「いやあ。僕はオリティエを王太子妃にしてしまったから空いている席はそこしかなくて。駄目かな?」

「お断りします」

「どうして? オリティエがその方がきみも喜ぶって」

「あなた達は私をどこまで馬鹿にするのよ。頭湧いているんじゃないの?」

「アリー? 怒っているのかい?」


 私の指摘に、キランは目を丸くしていた。


「考えてみてよ。尚更、私が惨めじゃない」

「そうかな? きみは僕の許婚だったし、僕との結婚が無くなったことで他に嫁ぐ相手もなくて困っているだろう?」

「誰が言ったのよ。そんなこと」


 大きなお世話だ。私は国王の一人娘でキランはその夫となり王位を継ぐことを約束されていたから幼少の頃より教育が施されてきた。

 それが解消となって父王と宰相が頭を抱えていたのは確かだ。キランを王位継承から廃すのは簡単だけど、他に後継となれる者がいない。皆、既婚者となっていたのだ。しかもこの国では男子継承なので王女である私は王位を継げない。

 キランが妊婦を連れて帰城したことはあっという間に国中に広がってしまった事で、渋々キランを王太子にし、連れてきた女を妃に就かせてことの収拾を試みたが、当の本人がこんなだったとか呆れた。


「姑と嫁は成さぬ仲と言うしね。それにお父さま達から見れば可愛い一人娘の婿を奪い、娘がなるはずだった王太子妃の座さえ奪ったのだからオリティエは憎まれて当然だわ。彼女もその覚悟があって私からあなたを奪ったのだろうし」

「オリティエが泣いているんだ。針のむしろだって。こんなことになるならあなたと一緒にならなければ良かったって」

「彼女も実に自分の考えが甘かったことに気付いたんじゃない? 子供が生まれれば絆されるとでも思ったのでしょうけど、生まれた子供はあなたに似てなかったし、新たな悪評が増えただけだったみたいね」


 別に結婚だけが女の幸せとは限らないでしょうに。


「オリティエが王妃さまから顔を合せる度に嫌みを言われて辛いと言っていたんだ。あなたが横取りしなければアリーは行き遅れになることもなかったって」


 母のせいか。ご指摘はごもっともだけどね。どこの国でも共通だと思うけど、許婚がいる相手に言い寄り寝取るなんて最低な行為だからね。オリティエが嫌みを言われても仕方ないと思うよ。

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