第16話16.龍の背に乗って


 アレが龍の背に乗ると、龍は飛び立った。


「私の背とおまえの胸の間に本を挟んでしっかりつかまれ」

「はい!」

 

 アレは言われたとおり、龍をギュッと抱きしめた。

 龍は、図書館の扉を抜けると大空へ舞い上がる。

 朝の冷たい空気の中、皇宮の上を旋回する。初めて見る景色にアレは興奮した。

 いつもは北斗苑の木々の間から、皇宮を巡回する兵士たちに気づかれぬよう覗き見ていた明るい庭。

 上から見るとなんと大きな庭なのだろう。


「わぁぁ……! すごい!」


 アレが感嘆すると龍が説明してくれる。


「竹林に囲まれたこの四角全体が、紫微城と呼ばれている。大きな道の西側は臣下などが住む町。東側は元後宮で華蓋(かがい)と呼ばれる。現皇帝になってからは、後宮は廃され、現在は各国の要人が住む町だ。いわゆる人質だな」

「人質……」

「人質とはいってもそんなに悪い生活ではないぞ。基本城内は自由に歩けるし、子どもはこの国の教育も受ける。そして国に戻ってジンロンの文化を広めるのだ」

「そうなんだ」


 マジマジと城内を見る。様々な建物、庭などが見える。綺麗に整えられた華蓋(かがい)は、アレの住む北斗苑よりもはるかに住み心地が良さそうだ。


「そして中央の四角い池にそびえ立つ九重の塔。それは、執務をするための天鉞(てんえつ)楼だ。その奥に、皇族の住む北辰宮がある」


 北辰宮は、黒い瓦に赤い壁で、黄金の装飾できらめいている。豪華な建物が建ち並び、美しい庭がいくつか作られていた。

 対してアレの住まいは忘れ去られた北斗苑の小さな小さな土蔵だ。


 龍はグルリと皇宮の上を旋回する。

 すでに霧は晴れていて、皇宮の兵士たちが空を見上げ龍を指さしている。龍は吉祥の証しだ。しかし、中でも黄金の龍は伝説上の存在で、実際に見た者はいなかった。その龍が飛んでいるのである。皇宮は大騒ぎだ。


「どうしよう……みつかっちゃったわ。殺されるかも!!」


 不安になるアレを横目に龍は笑う。


「なに、私の背に乗るものを兵士ごときが咎められようか」

「でも……」

「心配か?」


 いつ殺されても良いと思ってはいるが、リュウホまで矢に撃たれるのは嫌だ。


「はい」

「では、兵士の入れぬ場所におろしてやろう」


 龍は見せつけるように大きく三度旋回してから、北辰宮へ向かって降りていく。


「あ! 私の家はそっちじゃないの」

「知っている。なもなき皇女よ」

「パパに怒られるわ!」

「やつはいない」


 龍はそう言うと、北辰宮の奥にある庭ヘ降り立った。

 小さな花々が咲き乱れるまるで野原のような庭である。人工的に作られた丘のてっぺんには大きな標樹が立っていた。この樹にはつぼみがついていない。


「素敵な庭……」


 アレは思わず感嘆した。


「ここは皇族の私的な庭「標樹苑」だ。兵士は入ってこられない。フェイロンもいないから誰も来ないだろう。さぁ、ここへ来い。わからないことは教えてやろう」


 龍はそう言うと、木の下に寝そべり自分の脇をトントンとたたいてみせる。

 腹ばいになった龍の横に、アレとリュウホは座り込んだ。二人を包み込むようにして、龍がとぐろを巻く。龍の鱗がアレの腕に当たる。


 龍の鱗は冷たくてサラサラね。気持ちが良い……。


 リュウホは額をアレに擦り付けてあくびをした。


 リュウホは相変わらず温かい。


 いろんなことがありすぎて緊張していたのだが、龍の体に包まれてアレはほっとした。


 本をめくり、木札を覗きながら龍に教えを請う。

 龍はアレの持つ木札を見て少し驚き、満足げに頷いた。


「葛籠箪笥を開けたのか」

「はい」

「何を選んだ」

「本です」

「……そうか。あの中から選んだものは一生困らないのだ。お前はお前の欲する知識に困ることがない」

「そうなんですか!?」

「宝石にすれば良かったか?」


 金竜は笑う。アレは笑って頭を振った。


「いいえ。宝石をいくら持っていても、生き残れなかったら意味ないです」

「……そうか、だから私はお前に出会ったのだな」

「?」

「さあ、何が知りたい?」

「……えーっと」


 アレ姫の質問に答える龍の声が、優しく心地よく響く。歴史など見てきたように語る龍にアレは驚いてしまう。


「……何でも知ってるのね」

「人の心はわからん」

「わたしも」


 ぶっきらぼうに答える龍に、アレは笑った。

 あふ、と一つあくびをする。体は三歳児で、朝も早かったのだ。疲れてしまった。


「少し寝るが良い」


 龍の言葉が聞こえるか聞こえないか、アレはスウッと眠りに落ちてしまった。


 金の龍は少し考えるような顔をして、眠りについたアレをマジマジと見た。この年で殺されることにおびえなければならない幼子を可哀想に思ったのだ。 


「お前にこれをやろう」


 パキリと自分の鱗を一枚取り、アレの左耳の後ろに押し当てた。その鱗はアレの皮膚に食い込むように張りつき、肌の中へ沈んでいった。



(!)


 リュウホが驚いて唸る。金の龍はリュウホを見て笑った。


「炎虎よ、これは『逆鱗』だ」


 金の龍はリュウホに言い聞かせる。


「五歳で皇族と認められた者は、名字以外に逆鱗を与えられる。この逆鱗が皇位継承権の証しだ。どんな者でもむやみに手を出せなくなる」


 リュウホは唸るのを止めた。


「私はいつでも側にいられるわけではないからな」

(俺が守る)


 金の龍の言葉にリュウホは素っ気なく応えた。金の龍はクスリと笑う。


「ああ、頼んだぞ」


 リュウホは不機嫌そうに鼻を鳴らし、尻尾で地面を叩いた。





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