第36話 外から内へ (かつての投稿時テーマ 任せ)
Tさんは、結構に酔っていた。
Tさんは泥酔しても乱れることはない。背筋をしっかりと伸ばしたまま、講釈を始めるだけだ。博識なTさんは、相手に合わせた話題を選ぶ。
その姿を傍から見れば、とても酔っているとは思えないのだが、いつもは寡黙で通るTさんが口を開くのだから、やはり酔っているのだ。
「ほら、五色幕と言うのがあるでしょう。狂言の舞台や神社に掛っている色鮮やかな布の幕ですよ。
あれね、五行に由来するんですよ」
私は民俗学に興味があって、Tさんはそれを知っている。
「五色幕に使われている元々の色は、黒、白、黄色、赤、青なんですよ。……まあ、今は別の色に移り変わっている場合が多いですがね。
五色幕にはね、異界と現世を分ける意味合いがあるのです。だから、狂言ではこの世とあの世との場面を分けるのに使ったり、神社では注連縄と一緒で、この先は神様の領域だよと伝えるのに使ったりしている訳ですね」
Tさんは、何時になく饒舌である。こちらの反応に構いなく喋り続ける。大分、深くまで酔いが回っているようだ。
「さて、五色幕はね、実際の呪術にも使えるのだよ。ただし、この場合は、幕の原型を残さない場合が殆どだけれどね。幕の形のままだったら、すぐに呪の要を見破られてしまうだろう……だからだよ。
実は、この江戸、いや東京にも五色幕の呪が施されている訳でね。
命じたのは、件の家光ちゃんで。いつもの如くに、諌めなど聞かないでね。まあ、こちらも首を切られたくないから、渋々従ったのだがね」
Tさんは、杯に残っていた日本酒を飲み干す。
「うん、酒はどんどん美味くなるねぇ。
さてね、家光ちゃんは、日本中から全ての利益や権力を江戸に集めるように命じた訳だ。
その結果、作る羽目になったが、五色のお不動さん。江戸城を囲むように作られた、目黒、目白、目赤、目青、そして目黄の不動尊の話は知っているだろ。あれは、江戸を守る為に建立された何て言われているけれど、あれは間違い。
五色の不動尊を幕に見立てて、江戸の外を現、内を異界として、現の権力と富を異界へ吸い上げる装置なのだよ。
でもね、人を呪わば穴二つという言葉を知っているだろう。
権力と富には、欲望と執着と浅慮とそれに恐怖とが組みになっている訳でね、その後の江戸の町は、エゴの街になっちまってね。それは今でも続いているって訳だ。
今や、欲望も、執着も、浅慮も、恐怖も満ち満ちてしまっているが、それらを外へ出す術がない。この五色幕は一方通行でな。
まぁ、五色幕をとっぱらちまえば浄化も出来るだろうが、出来る雰囲気じゃないしな。
ちうことで、呪を仕掛けた俺も巻き込まれて、未だに、この江戸じゃなかった東京で、力を吸い上げられた格好で、輪廻だけは繰り返しちまっている訳さ」
そこまで言って、Tさんは日本酒のお代わりを注文した。
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