第18話 日本で一番…… (かつての投稿時テーマ 近畿)
土ころびを御存知でしょうか?
中国地方から中部地方に広く住んでいたという妖怪で、峠を越えたりする旅人に悪戯をして道に迷わせることがとても好きなのです。
少し前までは、色々な土地の道々に沢山居たのですが、道路や標識が整備されていくに従って徐々に見かけなくなってきました。
ただ、土ころびの数が減ってしまったわけではないのです。
土ころびたちは、ある場所に移り住んでいったのです。そこは、土ころびたちにとっては本当に天国場所なのです。
広くて、沢山の人が居て、そして人たちは易々と道に迷って、途方に暮れてしまうのです。特に、土ころびの好きな旅人なんて、必ずと言っていいほどに道に迷ってくれます。
だから、そこへは、各地から土ころびが続々と越してきます。
その場所というのは、大阪にあります。「 ホワイティうめだ」を中心とする地下街が、それです。
この地下街は、JR大阪駅のある梅田の地下に広がっています。ホワイティうめだは、ドージマ地下センター、ディアモール大阪という地下街につながり、果ては隣接するビルの地階の店々さえも取り込んでいます。広大な地下街の面積は十五万平方メートルを超えています。しかも、その地下街に伸びる路地は、本当にわかりにくいのです。梅田は斜めに交差する通路が多いからだ。まずは交差点がややこしいのです。少し歩いている間にも、次々と二股三股の分岐点が現れてきますし、果ては五差路の広場があったりします。路地自体も決して真直ぐではなくて、微妙にカーブしていたりして、知らぬ間に進んでいる方角がわからなくなってしまうのです。
こんな変てこな作り(失礼)の地下街です。ただでさえ迷う人が出てき易い環境なのです。
そんな場所を、土ころびたちが見逃すはずもありません。続々と集まってきて、今では、数百体に及ぶ土ころびたちが梅田地下街には移住してきているのです。
それこそ、あらゆる辻々、すべての案内看板の傍らには土ころびがいて、道行く人たちにちょっかいを出しています。
その様子は見ていてとても面白いのです。土地勘のない旅の人が地下街に入って来ようものならば、それを数体の土ころびが取り囲んで、間違った方向へ、間違った方向へと誘っていきます。旅の人は、いつまでも道に迷い続けて、遂には泣きそうになって、手近な地上への出口から逃れていくのです。……とは言え、それが本当は出口とは限らないのも梅田地下の醍醐味なのですが。
では、なぜ、地元の大阪の人は迷わないのでしょうか。
簡単です。土ころびのちょっかいを受けないように足早に通過するからなのです。
大阪の人の歩く速度が日本一速いという由縁はここにあるのです。
【蛇足的な補足】
「梅田地下オデッセイ」が元ネタです。「梅田地下オデッセイ」は堀晃氏の短編SFの名作です。
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