身だしなみ

 今日の睦月は少し大人っぽい。そう感じてしまうのは、きっと今の服装のせいだろう。

 黒ヒールとグレンチェックのコート。そして、ライトグレーのニットとオフホワイトのワイドバンツで柔らかさを加えている。

 ヒールとコートが男前さを見せているのだが、中に明るさを加えることによって見事に中和され、女の子っぽく洗礼された大人の雰囲気を与えている。


 普段子供っぽい明るさを見せているからこそ、こういったファッションでギャップを見せてくるのは本当に上手いと思う。

 睦月のファッションを見てたまに小説の勉強をさせてもらっているぐらいには、上手いと思っている。


「先輩、今日の私の服ってどうですか?」


「正直、似合ってて可愛いという言葉しか浮かんでこない」


 具体的かつもう少し褒めてあげられたらいいのだが、生憎とまだまだそんなスキルは持ち合わせていない。

 こうして電車に揺られている間、文章にして纏める時間をもらえれば可能かもしれないが。


「ありがとうございます! では、嬉しいことを言ってくれた先輩には『試着室に一緒に入れる』権利をプレゼントします♪」


「わぁありがとー」


 裸を見せたいだけじゃねぇか。

 そんな権利を行使したら欲情の果の獣に進化する自信があるぞ。童貞舐めんな。


「先輩って、普段はジャージですよね」


「家にいる時限定な」


「それに、和葉くんのお家に遊びに行く時は普通の格好ですよね」


「悪かったな普通で」


「でも先輩、私と出かける時はちゃんとした格好をしてくれますよね?」


 そう言って、隣に座る睦月が俺の体をマジマジと見る。

 今の俺は黒のロングコートに白のパーカー、白のスニーカーに黒のパンツといった今日のマイコーデ───と言いたいところだが、ぶっちゃけ通販のマネキン買いを見に纏った姿。


 残念ながら俺はファッションに疎いし興味もない。

 睦月の言う通り、家ではジャージを着るし和葉の家に行く時や一人で買い物をする時は適当なパーカーを羽織っている。

 けど───


「そりゃ、睦月と一緒にいる時ぐらいは気合い入れておめかしはするさ。睦月の隣に立つ男がダサかったら嫌だろ? ただでさえ睦月は可愛いんだから、負けないように力を入れるのは当たり前だ」


 デートをする時に気をつけることに『ファッション』というものがある。

 印象というものは恐ろしく、顔や髪よりも先に服装からその人の印象が決めつけられてしまう。

 己に自信を持てば外見など関係ない───そう思うのは結構だが、世の殆どが主観とイメージによって物事を構成されてしまう。


 仮に睦月が気にしなくとも、周りにいる人間が『恥ずかしい奴』などと思うかもしれない。

 そうなれば俺だけでなく一緒にいる睦月までもが同じ印象の括りに当て嵌められてしまう可能性があるのだ。

 睦月は俺にもったいないくらいに可愛い。そんな睦月の評価が下がるなど、許されるわけがない。


 ……ということで、俺は睦月と外出する時は外見には気をつけるようにしている。

 マネキン買いは、ある程度似合えばファッションに疎くてもやっていける便利な買い物方法だ。


「今日の先輩、とっても格好いいですよ♪ こんな先輩が見られるなら、週五ぐらいで一緒に出かけてもいいですね!」


「やめて、髪をセットするのがめんどい」


「いいじゃないですかー! 減るもんじゃないですし!」


「ワックスの消費量が俺のメンタルだと思え」


 外出する度に減っていくワックス……それと同時に、身なりを整えなければいけないという使命感───面倒臭がりの俺にとっては心がすり減る原因だ。


「大丈夫です、先輩……減ったら私が補充してあげますから!」


「ワックス買ってくれんの?」


「いえ、心を満たしてあげます!」


 なんという魅力的な言葉なのだろう? こんなにも彼女に「満たしてあげる」と言われてしまえば、男として身を委ねてしまいそうになる。


「さしあたって早速───疲れた体を私のお家で癒してあげます!」


「余計に疲れそうなビジョンが……」


 想像できる、ホールドしながら俺の頭を撫で回す睦月の母親の姿が。

 この前は睦月が助けてくれたが、初めて遊びに行った時は睦月が料理を作り終えるまでずっと続いたからなぁ……いかん、何もしていないのにメンタルの疲弊を感じる。


「あ、そういえば睦月。買い物終わったら本屋寄っていい?」


「いいですよ〜! だったら、ついでにお茶して帰りましょう! モールの中に新しい喫茶店ができたらしいんです!」


「ほぅ……? それもいいな」


「はいっ!」


 それから、俺達は本当にたわいのない会話で盛り上がった。

 数駅というのはあっという間だ。

 誰かと誰かが話していれば、いつの間にか目的地に辿り着いてしまう。

 余韻や電車に揺られる心地良さを感じる必要なのないのだが、その感覚を味わえないというのはどこか損をした気分になる。


 それでも睦月と話してしまうのは、損よりも大事なものが隣にあるからなのだろうなと、嬉々とする睦月を見て思ってしまった。

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