第8頁 尊厳と憐憫のあいだ

 あれほど不用意に物音を立てていたにも関わらず、トロールは依然として座禅ざぜんを組んだまま、目をつむりじっとしている。

 寝ているのか、まだ気づいていないのか、それとも―――


ニトライド:「…レイン、静かに今の状況をみんなに伝えてやってくれ」


レイン:「…みんな、左側にトロールがいるみたいだ…まだ気づかれてはいないようだけど…」


バーバラ:「なんだって…!?ええっと…どうする?さっきみたいにぐるぐる巻きにするかい?…無理かな?」


アミラ:「さすがに無理じゃないか…?」


レイン:「一旦下がるかい?」


フーリィ:「ここでやるしかねぇだろ…仲間を呼ばれたらまずい」


レイン:「挟み撃ちになってしまうね…」


バーバラ:「あいつ、なんとか話は通じないかい?」


フーリィ:「相手は蛮族だぞ?」


アミラ:「戦うしかないんじゃないか?」


ニトライド:「とりあえず、目の前の人たちを助けるか?戦うにしても安全な場所まで運ばなきゃ」


フーリィ:「でも、これ以上音を立てたら起きるんじゃねぇの? 奇襲したほうが…」


バーバラ:「そもそもあれは寝てんのかい?むしろ集中しているように見えるよ」


レイン:「少しでも音を立てたら気づかれてしまうかも」


フーリィ:「それに助けるにしても牢屋の鍵が無いことには…」


PL/ニトライド:ちなみに牢屋は開くんですか?開くかどうかだけ試してみてもいいですか?


GM:開くわけないじゃん。


一同:(笑)


PL/ニトライド:そりゃ開いてたら逃げるよな(笑)


フーリィ:「牢屋に入ってくれていた方が彼らも安全だよ」


アミラ:「助けるにはこいつを倒すしかないよな?」


ニトライド:「仕方がない、やるしかないか」


レイン:「僕らが取れる選択肢は『戦う』か『話す』かだけど…」


バーバラ:「…あたし話しかけてみたいよ、あいつちょっとだけ旦那に似てるんだよ」


一同:(笑)


PL/ニトライド:そんなこと言われたらもう話すしかないでしょ(笑)


PL/アミラ:戦うことになったら情が沸かない?(笑)


一同:(笑)


バーバラ:「じゃあ話しかけてみるよ、いいかい?」


フーリィ:「あぁ…話が通じるとは思えないけど…あたしらは身構えておくよ」


 バーバラは二歩前に出ると、溌剌はつらつとした声で話しかけた。


バーバラ:「おい、あんた!」


 トロールがゆっくりとまぶたを開く。眼前にバーバラ達がいることに対して驚いている様子はない。


バーバラ:「あんた、ここの看守かい?」


 …蛮族は何も答えない。トロールはしばらくの間、バーバラの姿をじっと見据えると、その巨体をむくりと起こし、大剣を構えた。


バーバラ:「なにぃ…!やる気かい?」


ニトライド:「お、やっぱりやる気満々だな!」


 トロールは人差し指を上向きにクイクイと2回折り曲げ、何かを呟いた。

 その言葉の意味を理解できるものはこの場にいなかったが、この蛮族が戦いを望んでいることだけは誰もが理解できた。


PL/ニトライド:かっこいいな!


バーバラ:「言葉が分からないよ!」


アミラ:「やるしかないみたいだな…」


バーバラ:「そうだね、仕方ない…」


ニトライド:「5対1だけど、悪く思うなよ!」


PL/ニトライド:じゃあ、先制判定!(ころころ)…10!…あ~……。


PL/レイン:トロールの先制値は14…ニトの出目が下がってきたな…。


ニトライド:「先手はくれてやるよトロール!5対1だしな!いや、6対1か? さぁ、どっからでもこい!」


レイン:「その前に…!新しく覚えてきたものがあるんだ。これを使わせてもらうよ!」


 レインはローブを勢いよく捲り上げると、左腰に付いていたアルケミストホルダーから、一枚のカードを取り出した。


レイン:「【バークメイル】だ、バーバラ!」


 レインは辛うじて視認できるバーバラの人影に向かってカードを放り投げる。放たれたカードはバーバラの着用するハードレザーに張り付くと、その表面を硬化させた。

 賦術【バークメイル】。一時的に対象の防護点を上昇させるアルケミストの技能だ。


バーバラ:「こいつはありがたいねぇ!」


  直後、トロールがバーバラに向かって駆け寄り、持っていた大剣を大きく振り上げた。その動きはまるで、他の冒険者など眼中にないというような勢いだ。


PL/バーバラ:おぉ!?


PL/アミラ:えぇ!?指名制なの!?


PL/ニトライド:あーでもなんか良いね!


 トロールは大剣をで振り下ろした。その一撃は大振りながら、素早く的確にバーバラの頭上を捉えている。

 バーバラは回避が間に合わず、咄嗟に盾を掲げたものの、盾だけでは受け止めきれない重たい衝撃がバーバラの肉体を軋ませた。


GM:(ころころ)…19ダメージ!


一同:うわーーー!


PL/フーリィ:追加ダメージ+14!?


PL/ニトライド:ふざけんな!(笑) オレがくらったら普通に死ぬぞ!


 バーバラ HP37→25。


GM:《全力攻撃》だからね。トロールの攻撃はこれで終わりです。


ニトライド:「よくも姉御をやりやがったな!この野郎!」


 ニトライドは練技【マッスルベアー】によって筋力を向上させながら、トロールの顔面目掛けて右拳を振りかぶった。

 トロールはバーバラに全力で剣を振り下ろした直後だったので、いかにも隙だらけに見えたが、頭を仰け反らせる最小限の動きによって、間一髪その拳を回避した。


PL/ニトライド:クソ~!ダイスの出目が悪い!でもこいつ、回避は低そうだな!


GM:《全力攻撃》をしてるので回避に-2のデメリットがついています。今回は避けられましたが。


PL/ニトライド:なるほどな、じゃあ―――


ニトライド:「二発目は避けらんねーだろ!」


 続けざまに放たれた左拳までは流石に避けきれず、ニトライドの拳はトロールの顔面にクリーンヒットした。


PL/ニトライド:(ころころ) …1回転!23ダメージ!


PL/レイン:おぉ!回転!


バーバラ:「こっちも反撃させてもらうよ!アミラ、いつものやつかけるよ!」


アミラ:「うん!」


 バーバラがメイスをゆらゆらと回すと、アミラの持つフランベルジュが薄ぼんやりと発光し始めた。

 物理ダメージを上昇させる操霊術【エンチャント・ウェポン】だ。


バーバラ:「早速だがこいつも使ってみるかね!『燃えよ盾!』」


 バーバラがそう唱えると、炎の紋章の施されたカイトシールドが、一瞬にして激しい炎に包まれた。


ニトライド:「うわ!カッコいいけど熱そう…!」


バーバラ:「いいや…!キモチイイ熱さだねぇ…!行くよ!!」


 バーバラがメイス・シェルブレイカーを振りかぶる。盾の眩い炎が目くらましとなり、その一撃はトロールに見事命中した。


PL/バーバラ:えい!(ころころ) …16ダメージ!


GM:あ~、死んじゃう死んじゃう。


PL/ニトライド:えぇ~、カッコよかったのに結構弱い?(笑)


 大きなダメージを受けたトロールは、一旦体勢を立て直すためにバーバラから距離を取ろうとする。


バーバラ:「逃がさないよ!ゴーレム!あんたもいきなっ!」


 バーバラの号令によってオークゴーレムが前へ飛び出し、トロールに両拳による攻撃を仕掛ける。

 その動きは上手く対象を捉えているように見えたが、防御に専念し始めたトロールは、木製の拳をすんでのところで回避した。


バーバラ:「外したかい…!もう一発だよ!」


 続けざまの2発目もトロールには当たらない。しかし、トロールがゴーレムに気をとられたその瞬間を、彼女は見逃さなかった。


アミラ:「てぇい!!」


 練技【キャッツアイ】と魔動機術【ターゲーットサイト】を併用したアミラの精密な剣筋は、生半可な動きによる回避を許さない。

 更に、《魔力撃》と【エンチャント・ウェポン】によって剣身を纏った魔力が、フランベルジュの斬撃の威力を爆発的に引き上げていた。

 まともに反応が取れなかったトロールは、紫電を放つ強烈な一閃を肩口からもろに受け、大きくよろめいた。


PL/アミラ:ほい!(ころころ)…24ダメージ!


一同:おぉ~!!


GM:回転していないのにこのダメージ…。


PL/ニトライド:こんなの回転してる数値だよ!なんだこの規格外キャラ…(笑)


 その刹那せつな、よろめいたトロールの、を弓矢が通過する。

 標的を通り過ぎた弓矢はビィン!という音を立て、虚しく壁に突き刺さった。


フーリィ:「あっ…!」


 フーリィの練技【キャッツアイ】と《牽制攻撃》を用いた、狙いすました一射だったのだが、些かタイミングが悪かったようだ。


PL/フーリィ:出目が酷いよ~!フォスター家呪われてんなぁ~!


GM:そういえばこの場所は非常に暗いから、レインは近くの仲間の人影が辛うじて見える程度で、トロールに何かをする事は難しいかもね。


PL/バーバラ:バーバラが盾を燃やしたからその明かりで見えないかい?


一同:あぁ~!


GM:確かに!では盾を燃やしている間は、レインにもトロールが視認できることにしましょう! ※『炎嵐の盾』に明かりの効果はないので独自の裁定です。


PL/レイン:よかった、でも今回はバーバラを回復しておこうかな。


レイン:「聖なる癒しのその御手みてよ 今一度、神の祝福を与えんことを…!【キュア・ハート】!」


 本の表紙に描かれた“聖印”が白い輝きを放つと同時に、バーバラの身体を聖なる光が包み込んだ。

 レインの神聖魔法【キュア・ハート】によって、バーバラの身体の傷がみるみるうちに癒えていく。


バーバラ:「ありがたいねぇ…!」


レイン:「さて、と…」


 レインは手に持っていた本を閉じた。


レイン:「(どうやら僕の出番はもうなさそうだ)」


 トロールは満身創痍の身体を意に介さず、再び大剣を構えると、今度はアミラ目掛けて走り出した。

 この中で最も強い存在は彼女だと、トロールは判断したようだ。


PL/フーリィ:そっか、トロールは強いやつが好きだもんな(笑)


 アミラの脇腹に向かって横なぎの剣が襲いかかる。

 …ズン!大剣が突き刺さった。しかし、それにより飛び散ったのは鮮血ではなく、木片であった。


バーバラ:「ゴーレム!アミラを庇いな!」


GM:(ころころ)…12ダメージ!


 ゴーレム HP 21→11(10点通し)


アミラ:「ありがとうゴーレム!」


 オークゴーレムに剣身が深々と突き刺さり、それを引き抜こうとして隙ができたトロールに対し、ニトライドが距離を詰める。


ニトライド:「今度は二発とも当ててやる!まずは一発目!」


 トロールは剣を手放して避けようとするが、この素早い拳を避けるには、重傷を負い、動きの鈍った身体では不十分だ。

 ニトライドの右拳がトロールの顔面にヒットし、間髪入れずに左拳を前に突き出す。


ニトライド:「もういっぱ…あれ?」


 左拳は空を切った。トロールは避けたのではない。そのままのだ。

 ニトライドは転倒したトロールに向かって、もう一度拳を構えてみるが、その巨躯が起き上がろうとする様子はなかった。


ニトライド:「およ、もう終わりか」


アミラ:「やったみたいだね!」


ニトライド:「思ったよりあっけなかったな…。ま、6対1だったし、当然か」


フーリィ:「何言ってんだ、あたしらが強くなったんだよ」


ニトライド:「成長したな~、オレたち!」


フーリィ:「でも油断してられないぞ、今の騒ぎで他の蛮族が来るかもしんねぇからな」



 バーバラはトロールの傍らで膝をつき、この蛮族がもう起き上がることがないことを確認した。


バーバラ:「…あんたが旦那に似てるって言ったけど、あれは撤回するよ。ウチの旦那はこれぐらいでくたばるタマじゃないからね」

 

 バーバラの夫、ジンジール・イノールはドワーフの鍛冶師だ。ドワーフにしては珍しく大きな体躯をしており、確かにこのトロールと風貌が似ているといえなくもない。

 ただ、見た目以外にもどこか似た雰囲気を感じていたのだが…そのはっきりとした理由までは彼女には分からなかった。


バーバラ:「でもどうして寝たふりなんかしてたんだい、あんた」

 

 そう言って、バーバラはトロールの開かれたまぶたをゆっくりと閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る