第5話・不安

 俺は親の畑で農作業を手伝っていた。

 雑草を抜いたり、水をやったり、あるいは駄目そうな所の土をまるごと取り替えたり。

 俺にそういった知識は無いので、一つ一つ親に教わりながら進めていく。

 しかし、ちゃんとできていたかは不安で仕方ない。

 何しろ、一週間後に控えた決闘の事で、気が気じゃなかったのだから。


 最初は口約束だった。

 その話を親にしたら、青い顔をしていた。

 最初は何事かと思ったが、その原因は翌日分かった。

 エルバと、その世話役と思わしき老師が俺の家を訪ねてきたのだ。

 その手には、何やら文書が。

 老師はその文書を開いて、俺達一家に差し出してきた。

 読めない文字もあったが、両親の手助けもあって何とか理解した。

 書いてあったのは、決闘のルールのようなものだ。


・これは原初はじめの決闘である。

・これは魂の契約に則った決闘である

・制限時間は無し

・攻撃手段は問わない

・審判に再起不能だと判断された時点で、その者は敗北とする

・審判が判断する前に相手を殺した場合、その罪は不問とする

・審判は両家の中立の者であるものとする

・以上を一つでも違えた場合、魂の契約に則り、審判が血判の糸を切り、断罪するものとする

・この決闘は逃れる事はできない。規定時間に決闘が始動しない場合、現れた方の不戦勝とし、敗者はその場で罰が執行される


 幾つか気になるところはある。

 この契約は向こうが用意した物だ。向こうが何かしら細工していないとは限らない。

 審判にしても、この村の人間で中立な者はまずいない。大多数は必ず村長側になるはずだ。偉い奴に逆らうメリットは、この村には無い。

 何より気になるのは……。

「原初の決闘と魂の契約……?」

「文字通り、命懸けの決闘って事だ……」

 アルハスは頭を抱えていた。

 この男がここまで青くなるとは……。

「エルバ。ウチの息子が何か粗相をしたのか? だったら謝る。何とか、考え直してもらえないか?」

「粗相はされていない。むしろしたのはこちらだ。常日頃から泥を投げつけていたのだからな」

「君はまだ五歳だ。ウチのだってまだ四歳。こんな、国レベルの戦争でやるような物を持ち出してまで、命を懸ける理由は無いだろう。君はこれの意味が分かっててやっているのか?」

「理由が無ければ、こんなもの持ってこない。意味が分かってなければ、爺やは止めてくれる」

 アルハスの問いに、エルバは淡々と答える。

 昨日までの威勢が嘘のように、今日は静かだ。

 こちらが素なのだろうか。

 俺はいたたまれなくなって、聞いてみる。

「あのー、結局これは何なんです……?」

「これは原初の決闘と言って、太古の昔からある決闘だ。血判を押して、両者の魂をルールブックに繋げて決闘するんだ。勝った方は接続が消え何も起こらず、負けた方はルールに記された罰を魂に刻まれる。それは永遠に切ることができない。人生をかけた、たった一度の決闘だ」

「さっき国レベルの戦争がとか言ってましたけど……」

「あぁ……。昔の戦争では、軍の大将が敵軍へのトドメに敵軍大将にこれを申し込むんだ。勝てば国取り、負ければ逆転されて敗戦。そういう命懸けの戦いなんだ」

 今はないらしいが、昔は戦争終盤でこれをやったそうだ。

 勝てば敵軍を殲滅できる。が、自分が負ければ自軍が全滅する。

 大将に兵士全員の魂が懸かっているのだ。

 つまるところ、兵士達は優勢であっても大将がしくじる危険性に常にさらされているのだという。

 それって医療班とかも……? って思ったけど違うようだ。各国医療班は貴重だ。殺す事なく隷属させるらしい。良いんだか悪いんだか。

「そんなもんが何で農村の村長の家にあるんですか……」

「俺も気になる……が、村長も元貴族だ。そういう物を持っていても何ら不思議じゃない」

 貴族なら誰でも持ってんのかよ、こんな危ない契約……。

 そう思いながらその下、勝者の特典と、敗者の罰を確認した。


・この決闘において、両者は子供であり、決闘の特典となる物を支払うのは困難である。よって、互いの血縁に当たる者が勝者への特典を支払うものとする

・勝者は望む物を与えられる。財産、権利、土地など、可能なものを支払う事。ただし相手を殺した場合、特典はそれを考慮する

・敗者は勝者が特典を確定するまで罰は執行されない。その後、勝者が敗者を害することない特典を望んだ場合、敗者は事前に指定された罰が執行される


 勝者への特典は指定なし。

 敗者への罰は事前指定があって、勝者が敗者を害すれば罰は免除されるってことかな?

「この、事前指定の罰って……?」

「勝者への隷属です」

 それを聞いた瞬間、アルハスが立ち上がった。

「本気で言ってんのかテメェ! 自分とこの主人のガキに、奴隷になるかもしれないような決闘やらせんのか!」

「それがエルバ様のお望みじゃ。それに、エルバ様が負けることなどない。貴様のせがれにどれだけの力があろうと、エルバ様には及ばんよ」

 この老師は余程エルバの才能を信じているらしい。

 アルハスのこの気迫に動じないということは、やはりこの老師は強いのだろう。

 アルハスと同等か、あるいはそれ以上に。

 しかし、アルハスがこれ以上何も言わないとは。

 エルバはそれほどの天才なのだろうか。

 だが……。

 昨日抱いたドラ息子としての印象とは明らかに違う。

 エルバの目には覚悟がある。

 俺は魂だけは少し大人で、エルバはまだ五歳の子供だ。

 でも、前世でエルバと同じような覚悟ができる大人は、俺を含めいないだろうと思う。

 立場がある。その立場故のプライドがある。

 それを振り切って、奴は今、俺に決闘を申し込んだ。

 なら、それを断る理由は無い。

「分かりました。その決闘を受けます」

「「ソル!?」」

 父と母は驚愕していた。俺が意味を分からず決闘を受けたと思ったのだろう。

 でも、ごめんね。

 俺は覚悟を決めた奴には弱いんだ。

「どうすれば契約は成立しますか?」

「血で指を濡らし、この枠に押し付けてくだされ」

 枠は二つあり、一つには既に指紋が押されていた。これはエルバのだろう。

 俺は空いている枠に血判を押した。

 すると契約書が光った。

 やがて二つの光に分かれ、俺達の左手に魔法陣みたいな模様を浮かび上がらせた。

「これで魂の契約が定まりました。一週間後の日が一番高くなる時間、決闘始めの合図を出しますので、それまでに準備をするように。ではこれにて」

「おい、ちょっと待て!」

「せがれは覚悟を決めたようだぞ」

 老師の言葉にハッとしたようにアルハスは俺を見る。

「父さん、僕は大丈夫です」

「おま、あぁもう! 分かってんのか!? お前今村長に喧嘩売ったも同然なんだぞ!?」

「売ってきたのは向こうです。それに、断ってもどうせまた来ます。だったら受けるしかありませんよ」

「そういう事じゃなくてだな……!」

 何をそんなに焦っているのだろう。

 確かに負ければ酷い目にあうはずだ。

 俺とエルバの実力差の心配だろうか。だが、昨日のエルバを見ていれば、今の俺ならまず一方的な勝負にはならないと思う。

「あぁもう、受けちまったもんは仕方ない、か。ソル! 父さんも覚悟を決めたぞ! こうなったら意地でも勝て! 平和に終わらせるにはそれしかない!」

「はい」

 こうして決闘が決まった。


 とはいえ。

 やっぱり不安はある。

 あの老師やアルハスが俺の負けを確実だと思うくらいに、エルバは強いのだ。

 恐らく向こうは俺を殺せる程の力があると見ていいだろう。

 となれば、俺もエルバを殺すくらいの気持ちで挑まねばなるまい。

 しかし本気でやれば大人気ないのではないかと。

 そういう思考で板挟みになり、気が気じゃなくなる。

 もしかしたらエルバは本当に怪物クラスで、俺なんか一瞬で負けてしまうのではないかと思ったりもしてしまう。

 浮足立った考えのまま農作業を終え、帰りの道中。

 先に帰ってきていたであろうアルハスが、家の前で誰かと話している。

 その長髪を見て女かと思ったがどうやら男らしい。

 背が高く、華奢には見えるが、その佇まいを見れば凄く強いんだろうなぁと思える。

 アルハスがこちらに気付き、それに釣られてこちらを見る長髪の男。

 えっ怖っ。柄悪。

 殺し屋か何かなのかと疑う程の強面だ。

 しかしこれ筋肉質か。華奢に見えるくらい引き締まってんだな。

「アルハス、コイツか?」

「あぁ。俺の息子、ソロバルトだ。ソルって呼んで仲良くしてやってくれ」

「あぁ……」

 近くまで寄ってみる。

 何を話していたのだろうか……。

 きっと怖い人なんだろうな

「ソルちゃーん! よろしくなぁー!」

 違うイカれた人だった。

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