5話 かくれんぼと鬼ごっこ

 まず隠者の基本とは何か。

 その名の通り、気配を消して隠れること。

 シュバルツ城と呼ばれる壮大にして絢爛な城の地下には何故か擬似的な村とその周辺があった。

 空も太陽も再現されたそこは聞かされなければ外と勘違いをしてもおかしくない。

 擬似太陽が真上で燦々と光る中、目に入ろうとする汗を拭き取ることもせずに家屋の陰に身を潜める。


「クロツキ様、見つけましたよ」

「くっ……」

 手を後ろに組んでゆっくりと歩く老執事と目が合う。

 町では通用した隠密は効力が発動しているのか些かの疑惑が残る。

 だが、嘆いている暇はない。

 隠れることができなければ次は、鬼ごっこへと移行するだけだ。

 敏捷向上アジリティアップを発動、動作速度を上昇させてその場から離れる。

 周りの景色がゆっくりと流れる。


 老執事のゆっくりした歩みはより遅くなったはずなのに……

「残念ですね」

「カハッ」

 目の前にいた老執事の声が背後から聞こえると同時に首に激痛が走る。


「ハッ……」

 嫌な夢を見た。

「では始めましょうか」

 夢ではなかった。

 一体何度気を失ったことか。

 ただ、ただ、一日中繰り返されるそれにはブラック企業で鍛えられた社畜根性も限界に達する。


 太陽は沈み、村には誰もいないため明かりも灯らない。

 月明かりの微かな光だけにも関わらず、かくれんぼから鬼ごっこに早変わり。

 しかし、今までとは違う。


 地面に映る影が揺れた瞬間に振り向いて、溜まりに溜まったストレスを発散するよう全力で拳を振る。

「発想はよろしいですが、速度も威力も全く足りておりませんね」

 気力を使い果たし気絶して一日を終える。

 そんな、過酷で面白くもない所業が数日続いた。

 なんとなく続けてしまうのは悪い癖なのかもしれない。


 代わり映えのない毎日だったが、次第に変化が訪れる。

 スキルを使っていなくても体は軽く、どこをどう動かせばいいのかを頭ではなく体が理解している。

 自然と自らの気配を絶って、相手の気配を追う。

 さらに、攻撃の瞬間が僅かに分かるようになってきた。

 しかし、残念ながら著しい成長をしても彼我の力量差は大きくかけ離れ、いつまで経っても赤子のようにあしらわれる。


 あぁ、なんと恐ろしいことか、ほとんど動きが見えず、影だけを残して高速移動する老執事が襲ってくる。

 今回は本気だったのか、ナイフで首を撫でられた後の自分の体を落下しながら逆さまになった視界で見上げる。


「ハッ、ハァハァハァハァ」

「ようやく殺気を感じることができるようになったようですな」

「もしかして、今までもですか?」

「はい」

 老人はにこやかに笑ってそう答えた。

 自分の実力が上がった分だけ相手が遠のいていく。


「わたくしからの指導は以上となります」

「ひたすら遊ばれてただけなような気がしますが……」

「自信をお持ちください。そこらのチンピラ連中にも、モンスターにも遅れは取らないはずです」

「一週間ありがとうございました。とりあえず冒険者ギルドに行ってモンスター狩りをしようと思います」

「ではアドバイスを一つ、目に見えるものだけで分かることなどたかが知れております。気にせずに我が道を歩かれるのが今のクロツキ様にはよろしいのかもしれません」

「はぁ……」

 どういうことかはよく分からないけど、覚えておこう。


「それと、もしそのナイフが偶然だろうとスキルを使用しようと、どのような形でも一度振ることができたのなら次の指導が控えております。あくまでも受けたいという意思があれば、ですが。その際はいつでもお顔をお見せください」

 そう、一週間の地獄の指導を受けても貰ったナイフは満足に振ることができなかった。

 というよりも当初となんら変わっていないような気すらする。


 それでも心軽やかなのは自分の実力が上がっていると確信しているわけで、これから始まる新たな冒険に胸を震わせているからに違いない。

 自身にそう言い聞かせる。

 そうでなければやっていられない。

 なんせあれだけ特訓して経験値を得ることができなかったのだもの。

 そして決して老執事にボコボコにされる日々から解放されることを喜んでいるわけではない、と。


 冒険者ギルドに向かって正式に登録を済ませる。

 ゴブリン討伐に参加したときは仮登録の段階でランクがつけられていなかった。

 ランクはステータスと成功した依頼によって判断がされるわけだが、仮登録から一週間が経過した俺のステータスはレベル1のままだった。


 受付嬢が机の上に置かれた鑑定紙を見て苦笑いを浮かべ謝罪してくる。

「えっ、一週間前に仮登録してステータスがレベル1なんですか!?」

 という驚きとともに受付嬢が大きく口走ったせいで周りにいた冒険者は俺を見て侮蔑の声をあげ、ゴブリン討伐に一緒に参加していた来訪者があいつは1匹も倒せずに泣きながら戻ってきていたと面白そうに誇張して噂を広げている。


「本当に申し訳ありません。レンタル用の武器は仮登録の冒険者に初回だけ貸し出す制度でして……」

「いえいえ、大丈夫ですから」

 謝罪をしたいと自費で武器を買おうとする受付嬢を止め、簡単な依頼を受けて足早にギルドを出た。


 貰ったナイフは扱えないし、まずは装備を整えることが重要か。

 ゲームの基本だし、揃えなければいけないアイテムも意外と多い。

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