08

「秀一さんたちが帰った後、お兄さんたちのほうは大丈夫だったんですか?」


 話を逸らすかのように、真理は宮野家の話を求めてきた。


「うちはあんまり変わらんな。むしろ仁美の話ができるようになった分、ちとせもヒロさんも、肩の荷が下りたくらいだ」


 しょうがないので黙って話を逸らされてやった。


「ほんと、良い家族だ」


「まさに家族の絆ですね」


 と、二人は手放しに称賛の声を上げた。


 だがなにもなかったわけではない。あれはまさに自分の活躍があったからこそ、変わらぬ家族でいられたのだ。そこはやはり自らの活躍を教えて、その賞賛を独り占めしたい所存であった。


「ま、父さんを一度ぶん殴ったけどな」


「は?」


「え?」


 良い家族の絆と表現されるに至る、重要イベント。まさかの暴力沙汰に、二人は唖然としながら声を漏らした。


「あんまりにも情けない姿を見せてきたからな。母さんが俺に乗り移ったんだ。この情けない男を引っ叩けって」


 霊媒師に目覚めた自分の大立ち回り。その活躍に十秒ほど、二人は声を出せずに呆然としていた。


「君の母親の注文は、引っ叩けだったんだろ?」


 笑いを噛み殺しながら、秀一は矛盾を突いてきた。


「俺は指示待ち人間じゃないからな。仕事ができる男は、ただ言われたことをやるんじゃない。言われた以上のことをやってこそだ」


「ははっ、酷い息子がいたものだ」


 今度こそ笑いを堪えきれないと、秀一の両手は腹を抑えていた。まさにかつての遺憾の意を表したときを思い出させる。


 ちなみに同じようなことをちとせに言ったが、またそんな減らず口をと呆れていた。


「やっぱり、お兄さんは凄いですね」


 一方真理は、そんなことを口にする。皮肉でもなんでもない。潤ませたその目こそが素直な賞賛だと示していた。


 冬が始まって早々に各々の家族に起こった事件とその後。


 一通り語り終えたところで、一つ思い出した。


「そういえば、ちとせとはどうだったんだ?」


 ノックアウトゲームの犯人、それを捕まえたその日。まさに糾弾されるように、真理との縁を繋げとちとせに求められた。真理もそれを了承し、その日の内に二人は再会を果たしたのだ。


 事件のせいで忘れており、ちとせからはその辺りを聞きそびれていた。


「おかげさまで、ちとせちゃんとは沢山仁美ちゃんのお話ができました」


 真理の満面には喜色が彩られていた。


 かつてはちとせさん、と呼んでいたのが、今はちとせちゃんになっていた。それが今の二人の仲を示している。


「後、お兄さんと同じことを言われました」


「同じこと?」


「仁美ちゃんが認めてくれたものを、錆びつかせちゃ絶対にダメだって」


 どうやら自分が言ったことをなにも知らぬちとせも、同じことを真理に告げたようである。やはりそこは兄妹だと実感する。


「半年近くもなにもしてなかったんです。かつて出た音は喉から出ないし、手も思うように動かない。ほんとに、すっかり錆びついちゃってました」


「でも、リハビリはしたんだろ? その後の経過はどうだ」


「おかげさまで、先月末に完治しました。仁美ちゃんが認めてくれた、内田真理は完全復活を遂げたんです」


 胸すら張るその様に、それは良かったと笑ってしまった。


 初めて出会ったときと、そして二度目の再会。いずれも自分は、空元気な姿しか見られなかった。


 それが今や、その元気は心の内から湧いてきている。エネルギッシュな元気溌剌な女の子。本来の内田真理に、三度目にしてようやく出会えたようだ。


「なら、次は新たなバンドを探さないとな」


 人前でライブをしたい。曲作りをしてみたいと前に語っていた。だから次の目標はこれだなとばかりに言ったのだが、


「実はもう、バンドを結成しようって話は決まってるんです」


 どうやら探すどころか一から立ち上げるらしい。


 あれから四ヶ月も経っていないというのに、もうそこまで動いているのか。完全復活を遂げた内田真理の行動力には、思わず舌を巻いてしまった、


「話が早いな。デビューはいつ頃だ?」


「一年以上先の話です。なにせ来年は、大学受験で忙しいですから」


 すぐにでも活動を始めるかと思ったが、現実はしっかり見据えているらしい。金持ちエリアに住み、お嬢様学校に通っているのだ。全ては大学に受かってからと、自らを律しているようだ。


 大学受験の兼ね合いから、立ち上げは一年以上先の話になる。それまで相手は待ってくれるのかと思ったが違うのだろう。一緒にバンドを立ち上げようとしている相手は、きっと同年代に違いない。


 まずは大学へ入ってから。ちゃんと現実と未来を見据えた、真理に相応しい友人なのだろう。


「でもその前に、一度だけライブに参加する予定ができました。そのときに披露する曲を、今は作っている最中なんです。といっても、わたしがやってるのはお手伝い程度ですけど」


「お手伝い?」


「どうしても形にして、披露したい曲がある。だから協力してほしいって頼まれたんです。拙い身ながら、色々とやらせて貰ってます」


 真理が主導で動いていると思ったが、どうやら違うようだ。今回はあくまで手伝いに徹しているようである。


「それでも、自分がやりたかったことができてるんだろ? 大きな前進じゃないか」


「前進どころじゃありません。大躍進です。まさに仁美ちゃんと仲良くなったときのような、普通なら手に入らない凄いチャンスを得ました。


 それも全部、お兄さんのおかげです。本当にありがとうございました」


 頭を下げるほどの感謝を真理から差し出された。


 お兄さんのおかげ。立ち直れて前に進めたことについて言っているのだろう。あの日、偉そうにした甲斐があったというものだ。


 そうやってお互いの近況報告が終わると、気づけば外が暗んでいることに気がついた。人の営み、その灯火が綺羅びやかな絶景となって広がっている。


「さて」


 そうやって真理と共に、景色に見とれていると秀一がそんな声を上げた。


「したい話も終わったし、僕はそろそろ行くよ」


 なんて言って、急に立ち上がったのだ。


「支払いのことは気にしなくていいから、ちゃんとエスコートをするんだよ」


「は……?」


 思わずそんな間抜けな声をあげてしまった。


 ちょっとトイレに行ってくる、なんて話ではないのはわかる。


 自分は察しがいい、界隈で評判の占い師である。


 その全ての過程をすっ飛ばして、秀一の行動の真意に辿り着いた。


「……女か?」


「野暮なことは聞かないでくれ」


 肩をすくめながら、おどけるように秀一はからって笑った。


 何度も何度も繰り返すが、今日は十二月二十四日。


 秀一ほどの男だ。当然とはいえ、しれっと彼女持ちだったのだ。聖夜を共に楽しむ相手がいるのである。きっとホテルを予約しており、今日は家に帰らないに違いない。


「それじゃ、後は頑張って」


 と、秀一は真理の肩をポンと叩いて、あっという間に去っていく。


 人を呼び出し、話が終わったらもう終わり。それじゃあ僕は聖夜と性夜を楽しんでくるよと、自分たちを放り出していったのだ。自分勝手な無責任な男である。


 自分はともかくとして、こんな場所でいきなり男と二人きりだ。顔を俯けるようにして、真理も困っている。ハンサム王子に触れられたせいか、その顔はどこか赤かった。


 それじゃ、後は頑張って。


 秀一が最後に言い残したその言葉。一体なにを頑張れというのか。


 自分のことに関しては察しが悪い、そんな占い師。


 その意味を知ったのは、来年のバレンタイン。悲願たる可愛い彼女ができた後の話であった。

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