その7 エルフと猫


 「お猫様? どういうことだ?」

 「みゅー」

 「みゃー」


 正座するネーラの膝に三毛猫が乗り、サバトラが俺のところへ来てごろごろと喉を鳴らす。


 「あわわわわ……お、お猫様が……!?」

 

 するとネーラはどうしてか両手を上げて慌て始めた。『お猫様』発言となにか関係があるのか? このままではまた気絶しそうな勢いだったので、俺は三毛猫を回収し、二匹とも俺の膝へと乗せる。


 「二匹も……」

 「そんなに驚くことか? でもまあ、少し冷静になってくれたなら助かる。俺は永村住考、ここは地球の日本という国だが分かるか?」


 子ネコを名残惜しそうに見るネーラは俺の言葉に小さく首を振る。警戒は解いていないのは当然として、とりあえず嘘を言っているような感じは無さそうだ。子ネコをじっと見ているので、興味は俺よりもこっちの方が強いらしい。


 「すまないがもう少し質問していいか?」

 「……」


 ネーラはソファの上で正座をしたまま今度は頷く。慌てなければいい子なんだろうな……


 「ここは今言った通り日本という場所だ。で、あの裏庭は数日前まで普通の庭だったんだが、最近出たら森のような場所になっていた。夢かと思ったが、今度はお前が来訪してきた。あれはどこなんだ?」

 

 とりあえず何となく、信じられないがある程度は理解できているがここは現地人から話を聞きたいと裏庭について質問をした。するとネーラが少し考えた後、口を開く。


 「ニホン、という場所は知らない。私の住む世界は‟フォーリアピリス”という名で、扉の向こうにある森は‟神樹の森”というわ。この家は私の住む村からほんの五分ほどの距離で、気づいたら崖から生えるようにできていたの。数日見張っていたけど誰も出てくる気配が無かったから調査をしにきたらあなたが出てきたという訳」

 「……ひとりは危ないんじゃないか?」


 調査に一人で来るだろうかと俺が訝しんでぽつりとつぶやいたところ、ネーラは「うっ」っと呻く。

 滝のような汗を流し、いたずらが見つかった子供のように目を泳がせるところを見て恐らく独断でここに来たのだろうと推測された。


 「ったく、俺が悪いやつだったらどうするつもりだったんだ? 真面目な話、孕ませられていてもおかしくないぞ。このままお前を家に帰さないって言ったらどうする?」

 「うう……」


 もう半分泣きべそをかいているので、いじめるのは止めておくかと俺は頭を掻きながらため息を吐く。


 「まあ、そんなことはしないよ。もうウチに来ないと約束してくれれば帰り際に武器も返す」

 「え!? わ、私を売ったり牲奴隷にしたりしないのか!? 人間なのに……」

 「しないよ!? どんだけ凶悪なんだよそっちの人間!?」

 「おじいさまから『人間に捕まったら最後』だと言われているわ……」

 「殺伐としているな……ま、そんなことはしないから安心しろ。それじゃ早速帰るか? 人間と一緒なのも不安だろ」


 お猫様の件は気になるが、このまま何も無かったということで帰したほうが良さそうだ。裏庭は残念だが、出られないようコンクリで固めるくらいした方がいいかもしれない。

 俺は立ち上がりながらそんなことを考えていると、やはりじっと子ネコを見つめるネーラの視線に気づく。

 その瞬間、部屋にきゅ~と小さな音が響き渡る。


 「おっと、そういや昼がまだだった……って今のは俺のじゃないな。お前等でもないよな?」

 「みゃー!」

 「みゅ~」


 抱きかかえた子ネコ達が鳴きながら俺の腕でもぞもぞと動くのを見た後、ソファに目をやると顔を赤くしたネーラが俯いていた。


 「腹減ってるのか?」

 「……夜通し見張っていたから何も食べていないの……」


 そこまでして危険なことをしていたということに俺は再度ため息を吐き、子ネコを抱えたまま台所へ行くと、ハンバーガーとコーラを手にしてリビングへ戻る。

 まだ、ほんのり暖かいハンバーガーを取り出して目の前に差し出す。


 「食うか? 口に合うか分からないけど」

 「……! 物凄く美味しそうな匂い……」


 ネーラは震える手で俺からハンバーガーを受け取ると、あ、きちんと包み紙を取って一口食べた。俺も床に座り、子ネコを膝に乗せてからダブルチーズバーガーを開く。


 「みゃーん」

 「こらこら、お前達には食べさせられないからな? またミルクをやるから大人しくな?」


 俺のハンバーガーに興味があるようで、俺の胸を使って立ち上がり、ひょいっと手を伸ばしてくるのをやんわりと諌める。

 

 「んー、久しぶりに食うとうまいなやっぱ! どうだ、食えそう、か……」


 ネーラが大人しいのでそちらに目を向けると――


 「……!」

 「な、泣いている……!?」


 ハラハラと涙を流しながらひと口ひと口を味わうように噛みしめ何となく後光が差しているような気さえしてくる。服が汚れているので、森を捜索するならこんなものかと思っていたけど、腕が細いのはあまり食べられていないからなのかも、という感じがする。


 「牛の肉をパンに挟んで食べるとは……それにお肉もパサパサしていないしお野菜も美味しい……」

 「最近のハンバーガーも肉が厚くなって中々ジューシーなんだよな。ほら、ポテトも食うか?」

 「ジャガイモがこんなに美味しいなんて! ……ゲホゲホ!」

 「ははは、焦って食うからだ。ほら、これを飲め」


 俺はグラスに氷を入れて追加で飲むつもりだったコーラをネーラに渡す。


 ……だが、これがいけなかった……


 「んぐ! ひっく!? なんかシュワシュワしてるわこれ! やっぱり人間は信用できない……!」

 「ああ、炭酸はさすがにないからびっくりしたか? 慣れると美味いぞ」

 「みゅーん」

 「お前もコーラもダメだぞ。仕方ない、ほらミルクだ」

 「みゅー♪」


 三毛猫にスポイトを差し出すと嬉しそうに飲み始め、サバトラと転がっていく。ほっこりしながらハンバーガーを食べていると、ネーラが静かなことに気づく。そういやこっちの世界の食べ物を与えてよかったのかと脳裏に浮かび、まずいとネーラに目を向ける。


 「だ、大丈夫か!?」

 「ふあぁい、だいじょうぶですよぉ? んふふ、もう食べちゃったぁ♪ あ、そっちも美味しそうーねえ、それくれたら、いいことしてあ・げ・る……」


 ……大丈夫じゃなかった……

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