第6話 春のイベント


 桜の下で笑いあう推しの姿を今年も見られてあたしは満足です。


 たとえ今回のイベントのメインキャラではなくても、SSRでかわいいほのかちゃんの春服と花びら舞い散る中で爽やかに微笑む錦くんがゲットできればいい。


 イベントのストーリーにたいして絡んでこなくても、ガチャで出てくれた二人のカードイラストのデザインが対になってるのに気づいたり、バッグにお揃いのキーホルダーがつけてたり、瞳の中にお互いのシルエットが映っているのを見つけられただけで!


 もう色んな妄想が捗るってもんじでしょ。


 いやぁ。

 運営も神絵師さんもいい仕事をしてくださる。


 ありがたやありがたや……。


 電車の中でも推しを眺め、会社までの道のりを楽しい想像で乗り切り、エレベーターに乗ってスマホを開いて“らぶふる”の検索をして情報集めをしてると一日がんばろってなるなぁ。


「ああ……今日も推しが尊い」

「なんだよ。またいつものあれか」

「黒岩おはよ」


 呆れたような声を聞きつつもあたしの目はスマホの画面の上。

 今ちょっと神絵師の二次創作漫画読んでるので目が離せないんだよね。

 この方の絵が公式なのでは!?って疑うほど美麗だしどの角度もどの構図もほんとに神だし、なによりこのキャラへのリスペクトと解像度に加えてストーリーが切ないのよ。

 時々入るギャグもかわいくてセンスがいいんだ。

 今回のも現行の春イベの裏でほのかちゃんと錦くんがどんな甘酸っぱい青春してたのかを丁寧に描いてくださっていて、きゅんきゅんが溢れて止まらないんですけどぉお!?


「しかし、ポエむんさん筆がはやいなぁ」


 春イベ始まって三日でこのクオリティの漫画を六ページ仕上げるってすごくない?

 そのどれもが一枚絵レベルの美しさ。


 学生さんかなんかかなぁ?

 もし社会人なら寝食に休憩時間や通勤時間も使わないとムリなのでは。


 そんなの普通にヤバイよ。

 死んじゃうよ。


 ポエむんさんになにかあったらほのかちゃんと錦くんの幸せな漫画が読めなくなるじゃないの。


 そんなの困る。


「”今回も最高でした!いつもほんとにありがとうございます!どうかお身体を大切に活動なさってください“っと」


 送信。

 摂取するだけでなく応援コメントは送っておかないとね。


 クソリプ送るやつはみんな死ねばいいんだ。

 筆折ったら人類の損失になるぞ!


「……お前、口に出すのやめろよ。誰に聞かれるか分からないぞ」

「え?口に出てた?ごめん。でも別に隠してないからいいんだよ」

「いや、気にしろよ」


 満足してスマホを閉じバッグに突っ込む。いつの間にかエレベーターを降りて開発部の前まで来てた。

 黒岩の後ろを無意識について歩いてたみたいだ。

 カルガモの親子みたいだななって思ったら面白くて笑ってしまった。

 黒岩が眉をしかめて振り返ってきたのでごめんなんでもないって謝っておく。


「そういや今日の花見出席するのか?」

「あたしはパス。春イベ残りのエピ回収に忙しいからさ」


 推しのエピソードでなくても“らぶふる”はストーリーが素晴らしいので全部見ておきたい。

 特にイベントの時は普段見れない姿や組み合わせでカップルの可能性が広がったりもするから気が抜けないんだよね。


「そればっかだな……ほんと」

「それしか楽しみないからね」

「ま、今回は出席したくなくても桐も参加させられるだろうから覚悟しといた方がいい」

「え?なんで?」


 今まで自由参加だったし、無理に出席なんてさせられたことないのに。


「忘れてるようだが、お前は今、営業部じゃなくて開発部のメンバーだからな?」

「あ」


 そうでした。


「今回の花見、金光さんが指揮とってるから」

「マジか」

「逃げられん」


 それは逃げられんよね。

 ウソでしょ?


 会社の花見なんて新人の時に参加して以来なんだけど。


 やだなぁ。

 あたしの“らぶふる”ライフが。


 しかし宇宙人には逆らえない。

 あの人聞く耳持たないからなぁ。


「宇宙人の花見ってどんなの?」

「別に普通」

「普通?お酒飲んだらどうなんの?金光さんって」

「飲まなくても酔っぱらってるみたいな感じだからあんまし変わらん」


 ふむ。

 確かに。


「参加逃げられないんだったらせっかくだし宇宙人の観察させてもらおうっと」

「物好きめ」

「せめて好奇心旺盛といって」


 強制参加なら楽しまなくちゃもったいないじゃないか。

 参加費払うんだからその分いっぱい飲んでたくさん食べてやるんだからね。


 むふふ!

 待ってろよ宇宙人!


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