第25話 マリオネットを操る者



 大聖堂の清掃後。


 ロズは演劇会へと向かい、システィはミルクリフトと合流した。そして、そのまま貴族用の食堂にある個室へと案内された。



「おぉ……凄い」

「さあさあ、座って」


 貴族用の食堂は、まるでお城のような装飾で彩られていた。古めかしくも精巧な天井の細工に、立派な絵画と家具。椅子も豪華で、いち庶民からすると落ち着かない。牢屋が恋しくなりそうだ。


 メイドらしき人物がやってきて紅茶を注ぎ、頭を下げて引いて行った。お礼を言うのも忘れるぐらいに現実味が無い。



「お茶を飲んだら帰れって事ですね」

「違うよシスティさん」


 湯気からも良い匂いがする。ゲロマズジュースとは大違いだ。


 ミルクリフトは紅茶を一口飲み、切り出した。



「ふぅ……さて、順を追って説明するよ」



◆ ◆ ◆



 この学園での精霊祭は貴族が物事を決定し、平民はそれに順じて行動する。その全ての元となる意思決定の場が、貴族会から選出されたメンバーによる精霊祭実行委員会だ。


 実行委員会は6名の貴族で成り立っており、修道院側からの注文と平民からの要望を加味してジャッジしていく。



「……なんだか面倒臭そうな会ですね」

「ははっ、違いない。僕とノーザンはその6名の中に組み込まれていてね。貴族の身分も関係なしに、厄介事を調整していた訳さ」


 とはいえ、精霊祭の主体はあくまでも大聖堂側なので、そちらの意向に従って物事を決めて行けばいいため、そこまで苦では無いのだ。



 問題が起きたのは暫く経ってからだ。



「――突然、ノーザンがドレスを着て現れた」

「……」

「まぁあいつはたまに奇行をするから、僕は無視して会議を進めていたんだ。そしたら、ノーザンのアホが急に立ち上がってさ……」



 『わたし……メクセス王が好きかも』



「……今、ゾワッとしました」

「僕は世界の終わりかと思ったよ」


 急に不気味な事を言い出したノーザンに対して、周囲はどん引きした。急に気持ち悪すぎる。疑問に思った実行委員会の一人が『賭け事に負けた罰ゲームか』と尋ねたが、ノーザンは本気だった。


 確かにメクセス王は優れた容姿で、直接その姿を見た生徒の中にも心を奪われた者は多かった。独身という要素も影響しているようで、求婚を願う貴族達からの声も多かったのだ。もちろん、王族相手にはそれは通用しないと分かった上で。



「ノーザンの下手な演技が鬱陶しかったから、さっさと会議を終わらせてノーザンに問い詰めた。ふざける前にやるべき事をやってくれ、あと僕の前でそれは止めてくれと」

「正論です」

「そしたら『わたしは心が入れ替わる呪いを受けたの』と言われた。意味が分からなかったら、その日は諦めて帰ったんだよ。けど次の日、事態は更に悪化した」


 翌日の会議でも、ノーザンは同じドレス姿で現れた。だが、ミルクリフトはあえて無視をしながら会議を進行した。そして会議が終わった後、ノーザンがある用紙を配り始めた。



「『メクセス王の威光を称える為の会』を発足するのだと」

「――はぁ?」


 ノーザンが興そうとしたのは宗教では無く、メクセス王を勝手に応援する非公認の集会だった。配られた用紙には、入会金やその用途、活動内容や王の私物の情報共有など、ギリギリの内容までもが記されていた。


 メクセス王自身は広告媒体を多く利用する王として他国でも有名だった。実績を広く流布し、自信の功績と派閥を強くするためだ。


 王自身は謙虚な性格で積極的ではなかったが、王をサポートする裏方が優秀だったそうだ。新聞に掲載された王の私物は飛ぶように売れて、好きな食べ物も食べ尽くされた。



「しかも不幸な事に、僕とノーザン以外の実行委員は4人とも女生徒でさ、皆本気になっちゃったんだよ。さらに言うと、この会は貴族の女生徒達の間で少しずつ広まってる」

「なるほど、宗教的な事というのはそう言う意味でしたか……」

「天を仰いだよ、本当に」


 そう言って、ミルクリフトは天井を眺めた。

 システィはサッと紅茶を飲み干した。



「美味しかったです。じゃあ私はこれで」

「ちょ、ちょっと!!?」

「ふふ、冗談ですよ」

「たまにそういう冗談を吐くよね……はぁ」


 面倒そうな事態だが、ミルクリフトには助けてもらった恩がある。


 しかし、勝手に応援するだけなら特に被害もないはずだ。貴族の賭け事の方がよっぽど危ない。



「愛の形は様々ですから、もう放っておけばいいのでは?」

「……実は、そうもいかないんだよ。ここだけの話にして欲しいんだけど――先日やって来たメクセス王が、グレルドール城に戻ってからこの修道院を絶賛したらしくてね」

「ほう?」


 『グレルドール・サン・メルヴェイユ修道院は我が国の宝、あんなに素晴らしい場所は他に類を見ない』高らかにそう絶賛したと新聞に掲載されたのは記憶に新しい。とにかく褒めちぎっていたらしいのだ。


 その影響なのか、なんと王の親族がこの慎ましやかな精霊祭に参加する事になってしまった。しかもその後、貴族会や学園にも訪れるという。



「独身であるメクセス王の親族だ。何が起きるかは想像に難くない」

「その人物に取り入りたい者がいる」

「そういう事」


 合点がいった。


 まず、王と釣り合う人物としては……この島に他国の姫は存在しなが、公爵令嬢はいたはずだ。その派閥は妃にしてもらおうと躍起になるだろう。もしくは、物品の紹介でも利益を見込める。王の親族にアピールして王に繋げればいいのだ。


 とにかく、懇意になれればメクセス王という最高の広告塔にあやかれる。



(……ロズがこの場に居なくてよかった)


 王族を嫌うロズには言えない。ロズの人生もそれなりに壮絶だ。メクセス王に対しては寛容だったが、いつその糸が切れるかは分からない。



「私は何をすればいいんです?」

「んー……まず、ノーザンは金儲けは好きだけど知恵は回らない。こんな企みをノーザン一人が図るとは思えないんだ」

「ほう。つまり、誰かに入れ知恵をされたと」

「多分ね。そしてそれは――」


 事の発端である実行委員会の誰か、もしくはその裏側に潜む誰か。



「ノーザンは心が入れ替わったとかで口を割らない。裏に潜んでいる真の発起人が誰なのかを突き止めれなければ、また同じ事が起こりかねないんだ」

「中々に困った状況ですね」

「まったくだよ」


 ミルクリフトは紅茶を一気飲みした。

 すかさずメイドがやって来ておかわりを準備する。


 システィは自分の空のコップを見た。ここに注がれていないのは、身分の差を現しているのだろうか。それとも、お茶を飲んだら本当に帰ってもよかったのか。



「幸い、先生方にはまだ情報が出回っていない。可能ならここで塞き止めて、報告もしたくない。もし報告する事になっても、犯人は少ない方がいい。だから、僕は実行委員会を脅すことにした」

「脅す? どうやるんです?」

「――内容次第で、に告げるかどうかをシスティさんが決定する、と」

「ちょ、ちょっとそれは大事では!?」


 異端審問会。


 要するに、宗教に離反していないかを確認するのだ。もし離反したと判断されてしまうと、とんでもなく重い罰が圧し掛かる。それはこの寛容な島とは別の、もっと強い組織からだ。


 ミルクリフトはそれを盾にジャッジの場を設けた。5人の委員全員を集めて一人一人に質疑応答を行うという、犯人捜しの場を。



「いいかいシスティさん。ノーザンは単なるマリオネットで、彼を操っている人物が黒幕だ。メクセス王が謀略に巻き込まれてしまう前にどうにかしないと、全責任が僕に降って来るんだ!」

「お、最後に本音が出ましたね。もしかしてノーザンさんを推薦したんです?」

「……そうなんだよぉ……」


 ミルクリフトはがくりと項垂れた。



 ノーザンが興したのは単なるメクセス王ファンクラブ、本来ならそれで済めばいい話だった。


 だが、今回は王族に媚びを売るチャンスが到来してしまった。これはタイミングが良すぎる。しかも、それを主導する人間はミルクリフトの推薦したノーザン・モリス。隠れ蓑としては十分だ。


 裏側に潜む者は、どうにかして王の親族と仲良くなろうと策を練っている。そう考えると、精霊祭が始まると同時にこの会も公になるだろう。『何馬鹿な事をやってるんだ』と先生からお咎めをくらうのはノーザンとミルクリフト。


 そしていざ追及が始まると、例の貴族の賭け事とやらに辿り着く事も……。



 システィは溜息を吐いた。


 今は深く考えない方がいい。

 やるのは犯人捜し。

 厄介なのはノーザンのドレス姿だけ。


 名付けるとしたら――。



「『女装ノーザンミルクリフト事件』」

「やめてよシスティさん!!」


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