第12話 偽装告白のセレナーデ①



 今回与えられた議題は、『人類に多大な貢献をした貴族は、通りすがりの怠惰な農民を殺しても罪になるのか』。



 模擬討論会の流れはこうだ。


 ①肯定派立論 ⇒ 否定派の反対尋問

 ②否定派立論 ⇒ 肯定派の反対尋問

 ③否定派反駁はんばく

 ④肯定派反駁

 ⑤否定派最終弁論

 ⑥肯定派最終弁論

 ⑦ジャッジ


 反駁はんばくというのは、相手の主張・批判に対して論じ返すことだ。それも含めて予め流れが決まっているため、準備をして臨まなければ質問を跳ね返せないのだ。


 そして、双方の立論はミルクリフトとノーザンが巧みにこなした。まるで示し合わせたかのように、お互いに質問をさせたい場所をあえて脆くした立論だった。



「続いて、否定派反駁」


 騒がしくなったのは、ここからだった。



「――つまり、そもそも多大な貢献というのは人類への愛そのものだ! 無償の愛なんだよ! この課題を通して、ノーザンは私に愛について語ってくれたよ。『この世には、奇跡など存在しない。全てを説明できるはずだ。だが……僕でも説明できないものがあった。本当に分からないのは、愛だけだ』」

「いや、そんな事言ってませんよ!」


 ロズは暗記していた原稿を身振り手振りで熱弁し、会場を燃え上がらせていた。それも、やり過ぎな程に。


 芝居がかったロズの演説に、会場にいた人々は魅了されていた。言っている事は支離滅裂なのに、それっぽく言うのはロズの得意技だ。



「貴族にだって愛はある! 確かに、親が決めた相手と愛を育むのも素晴らしいものだろう。だが、恋に落ちた人間はどうなる? 愛人と嘘にまみれた人生は、果たして幸せと言えるのか? 本当の愛ってのは、恋に落ちた瞬間に生まれるんじゃないのか?」



(滅茶苦茶、私情を挟んでますね)


 話題のすり替えも強引だ。ロズは子猫のようにウルウルとした眼差しで、傍聴席を見回している。あまり見れない面白い顔だ、一体何をしているのか。



「つまりノーザンは甘い恋に落ちた。禁断の恋だ。そのお相手は――!」

「ちょちょ!! 司会!!!」

「ひ、否定派補佐人! 時間だ、反駁はそこまでとする。続いて、肯定派反駁」



(……あ、危なかった)


 その一言が発せられていたら、正直終わっていた。まさかロズが告白を代行するとは……意外性の塊というか、余計なお世話の塊だ。



 続いて、システィはスッと立ち上がった。

 ただそれだけで、一斉に衆目を浴びる。



 エスメラルダ王家の呪い姫。

 亡霊のような銀髪。

 遅刻常習犯。

 本の獣。



 いい噂など無い。

 傍聴席に座る生徒達はそんな認識でシスティを見つめていた。



(まるで見世物ですね)


 普段なら緊張してしまう所だが、ロズのお陰か不思議と緊張しない。むしろ、このアホな友人の暴走を止めるのは自分しかいないのだと使命感に燃えていた。



「――まず、人は人です。殺しの罪は消えません。それを裁くのも人ですから、先ほど否定派立論で仰っていた裁判の結果が貴族を守ったものだというのも、一つの結果でしょう。ですが、その裁判は後に議論を巻き起こしました。裁判官が貴族のお抱えだったからです。そこに正当性があると言えるのでしょうか?」


 システィの透明な声が会場に響き渡る。



「……私は常々、世界が平和にならないのは何故なのかと考えています。皆様ご存知の通り、私の国は戦争で負けて滅びました。燃える建物と死体の山が、今でも目に焼き付いています。あの時は、貴族も平民もみんな同じ姿でした」

「異議あり!!」

「い、異議?」


 突然声を挙げたロズに、司会が驚く。

 裁判でも無いのに異議が唱えられた。



「異議だ異議! ずるいぞシスティ! お前、そこから悲しい身の上話で会場を同情させて味方に付けようとしているだろ!」

「ロズだってやったじゃないですか!!」

「勝てるわけないだろ、その話に!!」

「ひ、否定派補佐人、静かに! まだ反駁の時間は続いているのだ!」

「ぐっ……汚いぞ、システィ汚い!!」


(ぐへへ、いいですね司会)



「こほん……貴族が農民を殺す、それが罪にならない世界とは一体どんな世界でしょうか。最終的に、貴族しか残らないのではないですか? それでは、真の平和とは言えません。もちろん逆も然りです。人を殺める事こそが罪であり、そこに人類への貢献度や身分は関係が無いのです」

「(君も大概、私情を挟んでいるね)」


 ミルクリフトがボソッと呟いた。


 だが、これでいいのだ。ロズの鼻をへし折って告白を避けなければ、自分がここにいる意味が無い。何よりも、ロズには負けたくない。



「先程の愛についても反駁いたします。貴族云々というよりも、それはご家庭の事情でしょう。好きな人物との婚姻が許されている貴族もありますし、むしろ私はそちらを奨励します。ですが、でしょう?」

「(お、いいぞシスティさん!)」


 すると、ロズが再び手を挙げた。

 今度は静かに、真っ直ぐ司会を見ている。



「司会、頼みがある。真面目な反駁をしてもいいか? とても重要な事だ」


 司会は一度システィを見た。

 システィは頷いて了承の意を表した。



「……2つ教えてくれ。まず、その貴族が何万人もの命を救った英雄だとして、たまたま酔っ払って人を刺したとしても罪になるのか?」


 これは反駁ではなく単純な質問だ。だが的を射ている。これこそがこの議題の中で最も意見の割れるポイントで、問題の根幹でもある。


 システィは一度目を閉じた。

 そして開いた。



 こういった状況の場合は、必ずどちらかが腑に落ちない結末を迎える。それを罪とする場合もしない場合も、誰かが妥協しなければならないのだ。


 問題となるのは、その妥協点と納得できる内容だ。揉め事というのは元来、当事者同士が納得すれば解決するものなのだ。



「……私が王であるならば、まずは罪にしたいと思います。その上で、もしその何万人もの救われた命が反旗を翻したら、それを潔く呑むでしょう」

「そんなの、貴族達から反感を買うぞ」

「私は貴族制度そのものに疑問を抱いています。私は王族だったので交渉のカードとして牢獄で生かされましたが、平民だったら燃えて死んでいました。この命の違いは一体何なのでしょうか。私ではなく、他に生きるべきである善き人がいたのではありませんか?」


 システィの言葉が少しずつ会場に浸透していく。


 システィの判断が正解なのかは分からない。だが傍聴席の人々は、まるでそれが正しいのだと思わせる不思議な威厳をシスティから感じ取っていた。



 貴族制度自体が終焉を迎えようとしているのは、生徒達も薄々感じ取っていた。それをこうして言葉に表されると、改めて考えてしまう。自分達の世代がどうなるのかを決めるのは、未来の自分達なのだ。



「ふっ、お前らしい。会場の全員が敵だな」

「ふふ。学園じゃなかったら不敬でまた牢獄に送り返されますね、私もロズも」

「まぁ世の中、そう上手くはいかないよな。だってこのノーザンの好きな人は」

「ちょちょ!! 司会ぃいい!!!」

「否定派補佐人、静かに!!」


(ああああ危なかった……!!)


 完全に油断していた。ちょっと会話のバトンを渡したら、何の脈絡もなくノーザンの代理告白をしようとする。もう喋らせること自体が駄目なんじゃないか。


 というか、先程からノーザンもロズを止めにかかっている。ロズと上手く協力出来ていないのは、ロズが暴走しているからだろう。



「待て待て。最後にもう1つだけ聞かせてくれ。お前にとって、愛とは何だ?」

「愛……とは」


 一度関係が無いでしょうと言ったのに、ロズが再び尋ねてきた。

 だが、このタイミングは



 システィはミルクリフトの相談から、愛について考えていた。それは単純な意味では無く、一般的な視点から宗教的な視点まで、多角的に捉えた意味でだ。



 愛はどの本にも素晴らしい感情だと記されていた。人を思いやる心や大切にしたいという心、どれもが美しい言葉で表現されていたのだ。


 だが、本当の愛とは果たして優れた感情なのか。愛によって壊れるものがあるのではないか。疑問に思ったシスティは、愛を失った時に見えたものを考えた。失くした時に初めて気付く喪失感というか、『あの感覚は自分にとって何だったのか』を想像したのだ。



「――――渇き」



「……渇き?」

「はい。多分、本能に近いものです。無いと辛いもの、心が痛むもの、逆に与えられると幸せなもの。食事や睡眠、人間活動に必要なものと同列にあるものです。ですので――」


 システィはそこで言葉を留め、一枚の手紙を取り出した。ノーザンからミルクリフトに宛てられた愛の手紙だ。


 この手紙自体が不自然だったのだ。



 システィは手紙を掲げて、言い放った。



「愛を求めるが故に、をしてしまう」


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