Previous spring

9.ぬくもり

 暖かくなって、明るくなって、桜が咲き始めたなんてテレビで聞くようになった頃のあの日の話。



 今日は一人の帰り道。先生が雑用なんて頼んでくるから、さやかちゃんと一緒に帰れなかった。中学最後の春をもっと大事にさせてもらいたいものだ。


 そういえば、そろそろ桜が咲き始めているらしい。見に行ってみようかな。咲き始めだしそんなに綺麗じゃないかもしれないけど。それならまだ見に行かなくてもいい気もするが、なんとなく今日行かなきゃいけない気がする。


 なんの根拠もないけれど。


 遠回りになってしまうのは仕方ない。真っ直ぐ家に帰っても宿題しかすることないし良しとしよう。今楽しめることを楽しむをモットーにしよう。


 家の方向とは違う方向に歩いていく。日差しが暖かくて歩いているのに眠たくなってくる。春だなぁと改めて実感。

 

 桜の木までもう少しというところで、地面に桜の花びらが落ちているのに気付いた。花弁が舞うくらいには咲いているらしい。

  

 そして桜の木が見えた。満開とはいかないものの木はピンク色に染まっていた。


「うわぁ、綺麗」


 思ったものの何倍も綺麗で、そう呟いた後はただただ見入ってしまった。こんなに綺麗なのになぜか人は全然いない。もったいないなぁ。


 もしかしたら、レジャーシートを広げられるところでは人がいるのかもしれない。でもわざわざそこに行く必要はないかな。独り占めしているというこの状況のほうがなんだか気持ちがいい。


 さてそろそろ帰ろうかと思ったとき、風がピューと吹いた。少し冷たい風でプルッと震えた。寒いと思ったときに足にふかふかしたものがさわさわした。


 茶色の猫だった。毛が長めの猫。


 私が猫に気付いたことに気付いた猫はかまってほしいとばかりに足にすり寄ってくる。


「どうしたの?」


 そう聞いて背中を撫でると、ゴロゴロ喉を鳴らした。人懐っこい子だ。しゃがんで撫でると、太ももに前足を置き乗せてほしそうにニャーと鳴いた。


 寒いし猫で暖でもとろうかと抱っこする。猫は大人しく抱かれている。


「猫って暖かいなぁ」


 そう呟くと、猫もニャーと鳴いた。猫も、人って暖かいと言っているのかもしれない。


 何分かそうしていると、もぞもぞし始めた。降りたいのかな? ゆっくり地面に降ろしてあげた。


「バイバイ、またね」

 

 私が最後にこう話しかけると、猫もニャーと返してくれた。お礼でも言っているのかななんて勝手に想像する。


 猫はそのまま歩いていってしまった。私も帰ろう。そのまままっすぐ帰ったが、さっきの猫が足を少し引きずるように歩いていたのが少し気になった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る