【リメイク版】第1章「大学生の馴れ初め」

第1話「幼馴染が必要だ」


 まだ風が寒い、三月十五日の卒業式。


 混沌と化した、「さよなら」と「おめでとう」が飛び交う日の午後2時だった。



「ごめんね、私——他に好きな人がいるんだ」


 そっか……そうだったよな。

 

 こんな気持ち、高望みだったよな。


 そっかぁ……。


 人生で初めての恋だったのに、フラれるなんて情けねぇな俺も。


 でも、学年一の美少女に恋をしたんだから――告白できただけマシなのかもしれない。それが普通なのかもしれない。相手は数々の男子を蹴落としてきた高校のお姫様的な存在だ。


 そんな彼女を俺みたいな一般庶民が頂けるわけもない。


 それなりに長い黒髪、そして陰湿な顔。自らの顔を自己採点しても六割もいかない程度だとなんとなく思っている。


 ほんと、自分を見誤り過ぎだ。自分が隣に座れる、居座れるなどと……少しでもスペースがある‼‼ なんて思っていたことが今になっておこがましく感じる。

 

 恥ずかしい。


 しかし、それ以上に悔しかった。

 そんな思い込みで払拭できるほど俺は単純な人間ではなかった。


 悔しいがそれが事実だ。


 微かに震えていた彼女の肩を見て、さらに虚しくなるのは辛かった。怖いとか、痛いとか、そうじゃなくて。自分が好きな女が自分のせいで震えている。その構図を見ているだけで胸が苦しくなる。


「……ぁ、そ、そ……そう、なんだ……」


「うん」


 簡素な返事が耳に入って、刹那に直感した嫌な予感。

 まるで、これが最後である——そんな顔をしていた。


「じゃあ、またね……」


 そう言い残して、彼女は儚い背中を俺に見せる。


 スラリと伸ばした黒髪が微風そよかぜに揺れて、風に乗ったシャンプーの優しい香りが俺の鼻腔をたぎらせる。


 ——くそぉ。


 割り切れるわけ、ないじゃないか。


 一番好きだったんだぞ。


 何度も、何度も——俺が打ち砕かれそうになった時にいつも君の笑顔に助けられた。


 サッカー部のマネージャーも務めていた君は怪我をしたら真っ先に駆けつけてくれて、手当だって、看病だってしてくれた。


 色々な思い出が走馬灯のように俺の頭の中を錯綜する。


 ——なんでだったんだろう。


 そう思えば思うほど、考えれば考えるほどに精神はすり減っていく。


 崩れゆく膝、近づいてくる地面。


 そして、目の前がモザイクの様に見えずらくなった。


 ポタリ、ポタリ。


 俺は、人生で初めて声をあげて泣いていた。




 ☆☆




 ふらつかせて帰る俺の隣にいてくれたのは人生の半分以上を共にしていた幼馴染、御坂葵みさかあおいだった。


「うおっ……大丈夫?」


 恥ずかしい。


 心を許しているはずの幼馴染にそんな思いがふとぎって、思わず視線を逸らす。しかし、彼女は何も言わずに肩を優しく支えてくれた。


「……ほら」


「……」


 今にも泣きそうな瞳を擦って、俺は頷いた。


「っく、悔しいなぁ……」


「……?」


 悔しいとは思っている。しかし、そう言ったのは俺ではなく、隣で儚げに歩く御坂だった。立ち止まると、数歩進んで振り返り、夕焼けの蜜柑色の空を見上げて、指を指す。


「見える?」


「……え?」


 その指の先を俺もまたなぞったが、そこにあったのは雲一つない空。何もかもが見えて、何もかもが見えない空がその先に広がっていた。


「あの向こうにある星々が見えるかな?」


 質問の意味は分からないが、未だに明るい空に星は一つも見えない。だから、俺は首を横に振った。


「でしょ?」


「……うん」


 それはそうだと思って、今度こそ頷いたが御坂からの返答はない。一秒二秒、そして十秒と時間が進んで、居てもたってもいられなくなった俺は悲しそうに見上げている御坂の瞳を覗く。


「な、なんだよ?」


「——それだけだよ?」


「え?」


「ほんと、それだけ? 単純でしょ?」


「……はぁ」


 意味が分からない。


 普段から意味の分からない言動はするが、それは天然の類だ。こんなにも無駄で理解不能なことはしない。そう思った俺に、御坂は見透かしたかのように言ってきた。


「世の中ね、単純なんだよ。無駄なことなんてないし、みんな自分の事ばっかり考えてるの。隼人の告白は良かったと思うし……それに、今の隼人も悔しいじゃん? フラれて……さ。でもね、私、隼人の思っている以上に悔しいんだ」


「え」


「隼人は見た目こそ普通かもしれないけど、アレンジしたら化けるし、かわいいところだってたくさんある」


「……ほ、褒めてるのか?」


「っふふ、ほめてなぁい?」


「……これでも心に傷があるんだぞっ」


 へへっと苦笑いをして謝る御坂。


 そんな彼女を見て、真意には気付けていなかったが宝石の様な碧眼は少し潤んでいた。


「まあ、本当のところは格好いいし、優しいし、頭もいいし、なにより思いやりがある私の大切な人なの。そんな隼人がさ、フラれるの見ててさ私……っ、く、くや……じ、くてぇ……」


 すると、我慢できなかったのか、御坂は涙を流していた。


「え、え……えっ」


 あまりに急すぎて何もできなかったが、固まった脚をどうにか動かして御坂の肩を掴んで抱き寄せる。


「ど、どうして——御坂がっ」


「だって‼‼ 隼人、良い人だよ‼‼ なんで振っちゃうのかなぁ、なんでなのかなぁ‼‼ すっごいやさしくて、こんなに格好いいのにっ——あの人‼‼」


 揺れる銀髪に、瞳から飛び出た大粒の涙。

 美しい御坂のまなこを見て、俺は石にされたかのように固まった。


「っく、悔しいんだよ私‼‼ こんな隼人を悲しませるなんて‼‼ 許せないよっ——‼‼」


「ま、待てって……」


「待たないよ‼‼ 私、絶対……隼人がっ」


「お、おれが?」


「い、いや……なんでもない……」


 しかし、俺が問うと御坂はぶるぶると頭を振って、俯いた。


「そ、そうか……。まぁ、帰るか」


「うん……っ」


 そう頷いて歩き出した俺たち二人。


 気がつけば、すでに。悲しかった心はどこかに消えていた。


 前を向くと、光沢のある滑らかな銀髪を揺らした幼馴染の背中がくっきりと見えていた。


 そして、いつの間にか俺は普通に歩けていて、涙も枯れ果てていた。


 まるで、フラれたのが御坂だったかのような、そんな風にさえ思える瞬間だった。







<あとがき>


 甘くて、ほろ苦いそんなラブコメを目指しています!

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