第6話 成人したら性質が変化するらしい

今日の夜会は、おばさまが懇意にしている伯爵家のタウンハウスで行われた。

私の友人である伯爵令嬢のケイトリンは、この家の娘である。


ジュードが成人して初めての夜会ということで、私もジュードも慣れている場所がいいだろうというおじさまの判断だった。


「やぁ!ジュード、ルーシー、よく来てくれたね」

「お久しぶりですわ。ジュード様、ルーシー様」


まずは主催者一家にご挨拶をする。

亜麻色の髪の男性は、ご嫡男のフェルナン様。ジュードとは幼少期から親しく兄のような存在である。私のことも妹のように扱ってくれて、おじさまからダンスを踊ってもいい相手として認定済みだ。


ケイトリンは桃色のドレスがよく似合う色白の美女で、眩い金髪を大人っぽく結い上げていた。

私は今日は紺色を選んできたので、色が被っていなくてちょっとホッとした。


ジュードは、普段私には見せない爽やかな笑顔で挨拶を交わす。


「お久しぶりです。フェルナン、ケイトリン嬢。今宵はお招きいただき、光栄です」


「君がようやく成人するとは、ご令嬢方が待ちかねていたんじゃないか?」


「まさか。私のような若輩者は、フェルナンの足元にも及びませんよ」


「世辞だとわかっていても、美男子にそう言われると今日こそ恋人が見つかりそうな気がするよ」


この数年で見慣れた光景ではあるけれど、ジュードはとても外面がいい。誰もが見惚れるほどの容姿を持ちながら、ツンデレの性質は微塵も見せず、貴公子としか思えない優雅な笑みを浮かべてそつなく会話をこなすのだ。


ケイトリンは私から義弟の本性を聞いているので、この外面と中身の違いを分かっているから大丈夫だけれど、うっかりジュードに出会ったご令嬢は皆この人を好きになるのではと心配になってくる。


モテすぎると婚期を逃すとおばさまが言っていたので、ジュードの将来はどうなるんだろうといらぬ世話を焼きそうだ。


「ルーシー、ついに弟が成人したね。姉として気分はどう?」


フェルナン様が私に話題を振ってきたので、扇子で口元を隠しながら笑顔で答えた。


「とてもうれしいです。ふふっ、ですが私はいつもジュードに色々と教えてもらう側なので、もう成人していると思っていました。まだ十六歳なんて、実はちょっと驚いております」


「そうか。まぁ、ジュードは過保護だからね。そろそろ姉離れしないと。お互い婚約者も見つけないといけないだろう」


婚約者を見つけないと。そのフレーズに、ジュードがぴくりと反応する。


「どうした?もう相手がいるのか?」


もしかして、お相手の名前を教えてくれるの?

私は期待のまなざしで義弟を見つめた。

ケイトリンも興味津々で、じぃっとジュードに注目している。


「いえ、まだ婚約はないですね。強いて言うなら、姉次第でしょうか」


にっこりと笑ったジュードは、なぜか恋人にするように私の腰を引き寄せた。

まだ酔っていないから、支えてもらわなくても大丈夫なんだけれど?


きょとんとしていると、フェルナンが目を丸くして言葉を失くしていた。

いけない。

成人したのに、姉のお守りをがんばっていると思われる。


私は慌ててジュードから身を離し、おほほほと笑ってごまかした。


「もうジュードったら、私のことを心配しなくても縁談は来ているそうだから大丈夫よ。自分のことだけ考えて欲しいわ」


やはり弟の方が先に婚約、というのはよろしくないのかなぁ。

でもジュードは跡取りなんだから、子どもの頃に婚約者が決まっていてもおかしくない。


必死になって政略結婚をしないといけないような弱小貴族でないとはいえ、跡取りの彼の結婚の方がよほど大事だと思う。


姉っぽいことを偉そうに言われたことが不満だったのか、ジュードは笑顔をキープしつつもその目は笑っていなかった。


「へぇ、自分のことだけ考えていいんだ。姉上は心が広いね」


「ふふふふふ……。大事な弟のことが一番よ、当たり前でしょう?」


微笑み合っているはずなのに、空気がピリッとしているような気がする。

ケイトリンに視線だけで助けを求めるも、小さな声で「無理」と匙を投げられた。


一体ジュードは何が気に障ったんだろう。

周囲には、私たちが談笑しているようにしか見えないからまだいいとしても、フェルナン様が引き攣った笑いになっているからちょっとかわいそうだ。


「そうだわ。ジュード、早くファーストダンスを踊ってしまわないと。ご令嬢たちが待っているのに」


成人前だと、顔見知りでないと誘えないという決まりがある。

ジュードが十六歳になった今、こちらの動きをじっと窺っている気配を全方向から感じていた。


姉である私と一曲踊った後、ジュードの身体が空くのを待っているのだ。


私は自分の相手を見つけることも大事だけれど、ジュードの邪魔だけはしたくなかった。


「わかった。踊ろう」


ジュードは私の手を取ると、曲が変わったタイミングでホールの中心へと移動する。

いつも一緒に踊っているけれど、今日も義弟は流れるような足運びで私をリードしてくれた。


身長差が開き始めてから、私が義弟に負担をかけているのがわかるのでいつも一曲しか踊らなかったが、本当なら何曲でも踊っていたいくらい楽しい。


ドレスの裾が花のようにふわりふわりと舞い、まるでお姫様になったような気分だ。

自然に口元が弧を描く。


ふと見上げると、じっとこちらを見下ろすジュードとぱちりと目が合った。


「ルーシー」


「何でしょう?」


二人にしか聞こえない声量。義弟はやはり私を名前で呼んだ。


「しばらく踊っていないうちに、ダンスがヘタになっている」


「えっ」


近頃は、夜会に出ても歓談ばかりで踊っていなかったから……と思い当たる節はあった。

でもレッスンはまじめにしているのに急にヘタになるなんて、もしかして私は太ったのだろうかと嫌な予感が頭をよぎる。


「こんな状態で踊っても、婚約者候補にいい印象を持ってもらえないと思う。だから今日はルーシーが勘を取り戻すまで、何曲でも踊るから」


「えっ、そんなの悪いわ。私はともかくジュードの出会いを奪ってしまうじゃない」


今だって、数多の視線を感じるというのに。

けれど義弟はこだわりが強いタイプなのか、言い出したら引くことはあまりない。


「いらない、そんなもの」


「いらないって……」


「唯一の人なら、もう出会っているから」


真剣な眼差しに、私は一瞬だけれど息が止まった。

ジュードはツンデレが発動していないときでも麗しく、そして尊い。


「必要ないんだ、これ以上の出会いなんて」


何かを懇願するような声音に、かすかに力の篭る大きな手。

見つめ合ったままダンスをすれば、ジュードの考えが伝わってくるかのようだと思った。


「ジュード、あなた」


「……」


「学院に好きな子がいるから、私のダンスの練習を口実にして誰とも踊らない気ね?」


「なんで伝わらないかな!?あぁ、もう……」


まったく伝わってなかったらしい。

以心伝心だと思っていたのは私だけだった。


けれど、私は結局のところ義弟に甘い。

理由は何であっても、ご令嬢方と踊りたくないと思っているジュードに無理やり踊れとは言えなかった。


もうそろそろ曲が終わるという頃になり、くるっとターンをした私は諦めに似た笑いを漏らす。


「ふふっ、いいわ。ご令嬢方と踊りたくないのなら、協力します」


そう告げて微笑むと、ジュードは驚いた顔になった。


「そうか」


「ええ」


「でも協力するのはこっちだからな?練習するからには今より多少マシになるまで解放できないからな?」


妙に饒舌になるジュードは、まだ一曲目なのに頬がかすかに染まっているように見える。


「今日は他の誰とも踊れないかもしれないから、それは覚悟しろよ?テンポの速いワルツも一緒に踊るんだぞ?」


私の苦手とする種類を持ち出され、本当に全曲踊るつもりなんだなと驚いた。


テンポの速いワルツは、密着状態のままターンしたり移動したり動きが激しいため、婚約者や夫婦でなければ踊らない。結婚したら踊ることになるかも、とダンスレッスンの先生から教わってはいたけれど、夜会で踊ったことはなかった。


私が結婚した後、夫にヘタだと思われたら……と心配してくれているのだろう。


「がんばってジュードについていきます。ヘタなままでは、公爵家の恥になりますものね」


すべてわかっています。がんばります。

安心させたくて笑顔を向けると、ジュードはぐっと何かを堪えるように苦しげな表情になった。


「恥だなんて……思っていない。思うわけがない」


ツンデレがない。

ツンの部分が行方不明ですよ!?


唖然としていると、ジュードは真剣な目で訴えかけた。


「ルーシーを誰にも見せたくない」


「ものすごく恥だと思っているじゃないですか!」


衝撃的なお知らせだった。

人様に見せたくないと思われていたなんて。


「誰もそんなこと言っていないだろう!?どうしてそう……!」


嘆かれても困る。


一体ジュードはどうしたんだろう。今日はほとんどツンデレが出ていない。

成人をきっかけに、声変わりならぬ性質変わりをしてしまったの?


次の曲が始まってしまい、悩んでいる暇もなく私は慌ててジュードと共にステップを踏む。


「ルーシー、君が何を考えているか……、いや、僕のことを何も考えていないことはわかった」


「えええ、私だってジュードの将来のことを真剣に案じていますよ?」


この想いが伝わっていないとすれば、それはいくら何でも悲しい。


「卒業するまでは、って思っていたけれど、父上の言ったようにそんな悠長に構えている暇はないようだ。ルーシーは予想以上にぼんやりしていて、色恋に疎すぎて、これで十八歳かと思うと嘆かわしい」


「嘆かわしい!?」


義弟に呆れられたのかと思った私は、思わずぎょっと目を見開く。

すると「言い過ぎた!」と気づいたジュードが、目を逸らしながら言った。


「違う、その……。全部こっちの力不足だから。ルーシーががんばっているのは、ずっと見てきたから」


あぁ、神様。

お願いですからツンデレを取り上げないでください。

成人しても、このままでお願いします。


確実に減りつつあるツンデレの神々しさ。私は堪能するように、彼の一挙一動、その照れた頬の色も記憶の中に焼き付ける。


「ルーシー?」


黙って俯いていた私を見て、ジュードが不安げに声をかけた。

まだワルツの途中なのに、私は半ば脱力して義弟のリードに身を任せてしまっている。


「はぁ………………好き」


「!?」


「ジュードは本当にかわいいわ」


今すぐ抱きついて頬ずりしたいくらい、本当にうちの義弟はかわいい。

ジュードは顔をさらに赤くして、何か言いたげだったけれど結局何も言わなかった。


ただ、散々に踊って疲れ果てた頃、ようやく休憩室へと向かった途中で「見てろよ……!」と何やらぼそぼそと呟いていた。

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