第5話 ―『灯喰らい』―


  ◆



 空がある。


 一面に雲が広がる空だった。太陽は出ているが雲に隠れて見えない。


 今日は曇りだった。



  ◆



 街の中を二人が歩いている。

 大きなショッピングモールのある街だった。

 男子は全身を黒で包み、女子は白で全身を包んでいた。

 二人は買い物の帰りらしく、男子は紙袋をいくつか手から提げている。女子は笑っていた。よほど楽しかったのだろうか、足取りが軽い。


「はーあ。なんで俺がお前の買い物に付き合わなきゃいけねーんだよ」


 男子はめんどくさそうな声で言う。それに対し、


「えーっ、いいじゃん別に。天気は曇りだけど涼しくて買い物日和だよー?」


 と女子は言った。

 男子は呆れた顔をして、そうかなぁ?と呟いた。


「俺お前が新央都に行くーって言うからついてきたんに……。俺はヤグモがここらへんで〈邪神〉が出たって言ってたから行きたいなーって思ってただけなんですけど……」


 女子は一瞬真顔になったが、また笑顔になった。そして小声で、


「……うん、そういえばヤグモさんそんなこと言ってたね。――あの女……」


 と呟いた。


「ん?花厳、なんか言った?」


 花厳ははっと我に返ったような顔をして、焦る手振りで否定する。


「う、ううん。何でもないよ!漆葉君。ほ、ほらあっち、ヤグモさんがい――」


 花厳の指の指すほうを見ると、黒のロングヘアーを風になびかせこちらを驚いた様子でこちらを見るヤグモと思われる女子が立っていた。


「あれは……ヤグモか?だとしたら何で?」


 ……どうにかしてあれが本物か確かめないとなぁ。

 漆葉はヤグモの真上に魔法陣を展開する。周りの人々、そしてヤグモの見えないくらいの高さに魔法陣は展開された。そして撃つ。

 放たれた魔法は真っ直ぐにとんでいく。だが現れた魔法陣でそれは防がれた。


「どうやら花厳、あれは本物らしいぞ……。って花厳?」


 花厳のほうを向くと彼女は固まっていた。それもニコニコしながら。

 漆葉はため息をつき、ヤグモを呼ぶ。少々戸惑いながらもこちらへ来た。


「よっ、ヤグモ。リアルで会うのは危険だが会っちゃったんだ。仲良くしよーな」


「なっ……名前で呼ぶなっ!……お前はイリヤダストでいいんだ……よな?」


 ヤグモはなんでか焦るような恥ずかしむような表情をして訊く。 

 彼女も買い物の帰りだったのか、紙袋を持っている。


「ああ、せっかく会ったんだし言っちゃうと、本名は漆葉君月うるはくんげつっつーんだ。よろしく」


 ヤグモは本気で焦った。まさか本名を言うなんて思ってもいなかったのだろう。花厳も驚いた顔でこちらを見た。


「ちょっ、漆葉君⁉」


「い、イリヤダスト⁉ひ、人が、たくさんいるんだぞ⁉」


 漆葉は首をかしげる。


「別に何ともなくね?すでに防音魔法張ってあるし」


 二人ははっとした表情で辺りを見回す。すると足元には三人がちょうど入る大きさの魔法陣が展開されていた。いつ展開されたのかが二人にはわからなかった。


「いつ張ったんだ……?」


 ヤグモの呟きに漆葉は答える。


「お前に魔法を撃った時だよ。あん時一緒に張ったんだ。気づかなかったか?」


 二人は首を縦に振る。そしてヤグモはこちらを見る。が、目が合った瞬間頬を赤くして顔を逸らした。


「――そっちが名乗ったんだ。わ、私も言おう。私は倉崎八雲くらさきやぐもだ。よ、よろしく頼む」


「私は……花厳夢依かざりむい。……言うことはそれだけかなー」


 花厳は笑顔、しかし興味のなさそうな顔をして言った。


「うん、よろしくな!ヤグモも用事があるんだろ?じゃあ解散し――」


 よう、と漆葉が言おうとしたその時、苦しそうに胸を握りしめて歩いてきた男性がばたりと倒れ、それが引き金となったかのように周りの人々も倒れていった。



  ◆



「お前、具体的にどうするんですか。先に行くと言ったのはお前でしょう」


「うん、もうどうするかは決まってるよ。それは――」


 それはある地点を中心に結界を展開し結界内にいる人間の‘‘エーテル”をじわじわと奪っていき、短時間で膨大な量の‘‘エーテル”を手に入れるという方法だった。

 ‘‘エーテル”は動物が生きるために必要な、言わばエネルギーである。これは赤ん坊のころからだんだんと生成量が増えていき、二十歳前後の年齢で最大値に達する。そこからは下り坂。寿命というのは‘‘エーテル”を生成できる時間までのこと、老衰というのは‘‘エーテル”が体内で生成できなくなり、死ぬことだ。能力はこの‘‘エーテル”を材料にして発動できる。つまり、‘‘エーテル”が多ければ多いほど強力な能力が使えるということである。


「――うん、ボクながらいい考えだと思うな!」


 しかしイラは表情を曇らせた。結界の中心とする目印を決めていなかったからだ。イラは悩む。

――人間がたくさんいて、わかりやすいトコ……

 それはただ一つこの街にある、ショッピングモール。

 イラは口を弓のように吊り上げ、目を閉じた。

 目を開いたときにはすでにショッピングモールの屋上にいた。


「じゃあ、始めよっか!――結界『灯喰あかりくらい』」


 足元に褐色の魔法陣が展開される。それは美しく、また複雑だった。内容は単純であるがこれほどまでに絡まっていて巨大なものは第七層の魔法に匹敵するだろう。魔法陣から一般人には見ることができず、術者であっても気にしなければ探知することもできない褐色のベールが広がっていた。


「――半径一キロの結界、こんだけあれば十分だよね。気づかれないようにするための術式を組んであるから効果が表れるのは一時間くらい後かな。まぁ、大丈夫でしょ」


 結界が展開されたのは、八雲と漆葉達が出会う約一時間前のことだった。

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